酒場へは?
作:MUTUMI DATA:2004.1.3
2004年のお正月企画。イサ関係なのでこっちにお引っ越し。


 「いよう、久しぶりだな。イサ!」
「マイキー!」
 俺は久しぶりに会った同期の、マイキー・ザルツと堅い握手を交わした。マイキーは軍の養成学校時代の同期の一人だ。ルームメイトであった事もある。卒業してからは、互いに別の任地に赴任したので、こうして会うのは実に6年ぶりだ。
「随分老けたな、マイキー」
「何を! お前こそ。頭の毛が薄くなってるんじゃないのか?」
 冗談混じりにマイキーが俺の頭を叩く。
「失礼な奴だな〜」
「アハハハハ!」
 マイキーは大声を上げて笑った。俺は苦笑しながらも変わらない、この奔放な性格を心地よく感じていた。この手のタイプは普段俺の周囲にはいないから、物凄く貴重だと感じてしまう。
 まあ何しろ、普段俺の側にいるのが、気が強くて周りに疎いシズカや、厳格でおっかない副官や、何を考えてるのかさっぱりわからない隊長だものなぁ。こう手にとるように理解出来る性格は、なかなか微笑ましい。
「本当にお前は変わらないな」
 俺がしみじみ呟くと、マイキーはそれでも階級は上がったんだと、誇らし気に胸を張った。
「へえ。お前でも出世したのか?」
「まあな。一応軍曹だぞ」
 ……いや、えらく遅くないか?
 俺の疑問を感じたのだろう、マイキーはチチチチチと指を振る。
「先任ってのは、面白いぞ。ぺーぺーの将校なんざ屁でもないからな」
 この発言は、影で将校を虐めていると言いたいんだろうか?
 俺は曖昧な笑みを浮かべる。
「で、お前は? ああ、なんかお前だけは出世してそうだな。同期の中でもピカイチだったからな」
「あ、はは……」
 確かに階級はマイキーよりは上だよ。だが何故だろう? ……とても出世をした気分にならないのは。
「先月、中尉になったよ」
 俺が告げると、マイキーは口笛を吹いた。
「何だ、将校様かよ」
「まあ、一応な」
 しかし俺の属する部隊には将校なんてゴロゴロいる訳で、……恩恵を受けたためしがないんだよなぁ。
 思わず溜め息をつきそうになった俺の背を、マイキーがバシバシ叩く。
「何だ、上と下の板挟みか?」
「ん、いや」
 俺が言葉を濁すと、マイキーは「わかってる、わかってる」と勝手に納得してしまった。
「それよりも飲みに行こうぜ! 久しぶりに会ったんだしな。良い所知ってるんだぜ。イサは今日、半舷上陸なんだろう?」
「まあな」
「じゃあ、とっとと行こう」
 一刻が惜しいとばかりに、マイキーは慌てて歩き出す。俺もそれはそうだと思い、後をついて行った。


 俺が今いるのは、星間軍の補給衛星『フィズ9』だ。俺の属する部隊は、ある作戦行動を終え、船の簡単な整備と補給の為にフィズ9に立ち寄っていた。補給作業に直接関係のない俺は、半舷上陸という形で、衛星の中で寛ぐ事を許されていた。だから、同期のマイキーがここに所属していた事を思い出し、連絡をとったという訳だ。
 マイキーが俺を連れていったのは、わりと大きなクラブだった。ざっと見ただけだが、酒の種類が結構あって良い感じの店に見えた。
「なかなか良いじゃないか」
「酒が安くて旨いんだよ」
 案内された店の奥の方のテーブルに陣取り、マイキーは思わせぶりに漏らす。
「ま、俺達の御用達ってとこか」
 俺達?
 首を傾げた俺は、次の瞬間理解した。俺達とわずかな差で入って来たのが、星間軍の下士官達だったからだ。夜勤あけなのか制服のまま、どこか血走った目をして、酒を注文していた。
「なるほどね。いいのか? 俺がここにいて?」
 こういった下士官達の溜まる店に、士官が顔を出すのはルール違反だとされている。暗黙の了解というか、酒ぐらい仕官のいない所で自由に飲みたい。士官達の悪口を思いっきり言いたい! こういった思惑が津々浦々あるからだ。士官達にしても、自分の悪口を聞きながら、酒は飲みたくないだろう。そういう訳で、このルールは宇宙共通だったりする。
「いいんじゃないの? イサはここの勤務じゃないし」
 マイキーは片目を瞑って言いながら、俺の為にウイスキーのボトルを頼んでくれた。
「とことん飲もうぜ」
「ああ」
 俺とマイキーはグラスを合わせると、一気に喉に流し込んだ。


 それから暫く奥のボックス席で、気持良く飲んでいたら、どこか店内がざわつく気配がした。何だろうと思って、俺はそっちへ視線を向ける。途端に激しく咳き込んだ。
「げっ。ごほっ。うげっ」
「お〜いイサ。もう酔ったのか?」
 御機嫌なマイキーがグラスを片手に、覗き込んで来る。俺の方はというと、それどころではなくて、今迄の酔いも一気に冷めていた。ざーっと一気に血が下がる。
「イサ?」
 不信がるマイキーに返事すら返せない。俺の目はその時、それをずっと追っていたから。新しく店に入って来た黒服の二人組、凸凹の背丈の二人に俺は目が離せなかった。ひくっと俺の頬が歪む。
 た、隊長。副官〜〜!
 その場で叫ばなかっただけでも、俺としては上出来だったと思う。
 隊長と副官は周囲の困惑をよそに、さっさとカウンターに座ると注文を出した。微かに声が聞こえて来る。
「俺はロックで。……一矢は?」
「牛乳」
「……もう背は伸びませんよ」
 隊長の今年の素朴なこだわり、きっとまだ背は伸びるはずだ、という頑な思い込みと可愛い実践を、副官はばっさりと切り捨てる。
「でも、牛乳」
 隊長はなおもこだわり、バーテンに実際に注文している。副官は肩を竦めただけだった。
「何だありゃ? 子供じゃないか。その上牛乳って、来る所を間違ってないか?」
 マイキーの小声に俺は何も返せなかった。その間違いも、誤解も解けなかった。なぜならもっと質の悪い事態が起こったからだ。俺の危惧通り、案の定……絡まれたのだ。それも隊長の恐らく牛乳って一言で。
「坊や〜、ミルクはミルクでも。下のミルクはいかが?」
「美味しいぞ〜」
「俺達が飲ませてやろうか?」
 ケラケラと下品に笑って面白半分に下士官達がからかった瞬間、そいつらの身体は宙を飛んでいた。ガシャーンと派手な音がして、近くのテーブルに突っ込む。
「邪魔だ」
 短い一言を返し、副官がしっしと手を振る。まるで犬を追い払うかの様な仕草だった。
 うわ〜。副官!! 煽ってどうするんですか〜!!!
 俺は一気に青冷めた。案の定他の奴等までもが、湯沸かし器のようにいきり立つ。
「このやろう!」
「ダチに何しやがんだ!!!」
 そう言って飛びかかって来た男二人を、あっさりと床に沈め副官はじろりと下士官達を睨む。二人の男は完全に白目を剥いていた。
「何か文句があるのか?」
 その声はどこ迄も冷静だった。毛程も恐怖を感じていない、そんな感じだった。それを聞いた下士官達は一気に、頭に血が昇る。元々血の気が多いのが定説だ。こんな屈辱を受けて、大人しくする訳がない。
「っ!! やっちまえ!」
「思い知らせてやれ!!」
 そう煽る声に励まされたのか、副官の元に下士官達が詰め寄せた。副官はどこか迷惑そうに、着ていた黒のジャケットを脱ぐ。隊長が手を伸ばしそれを受けとった。
 そして乱闘が始まる。ボキッ、ガキッ。記憶に残る音と共に、男達が次々と吹き飛んだ。下士官達が容赦なく投げ飛ばされてゆく。強烈なパンチや、容赦のない蹴り技を喰らい、次々と床に沈んでいった。
 一方騒ぎの原因の隊長はというと、何事もなかったかのように、バーテンから牛乳を受け取り、その際バーテンに、ありがとうと言うのも忘れずに、呑気に副官の乱闘を見ている。
 た、隊長〜。
 それを見て俺は思いっきり脱力した。緊張感の欠片もなかったからだ。
 副官相手にここにいる下士官じゃあ、役不足だろうけど。……少しは心配するとか、ないんですか?
 俺の葛藤も他所に、勝負は一瞬でついた。わずか5分後、立っていたのは副官だけだった。累々と横たわる屍を無視し、副官は小さく吐息を漏らす。
「馬鹿らしい……」
「じゃあ、乱闘しなきゃいいのに」
 二人の会話が俺の耳にも入って来る。ざわめきのないシンとした空間の中、実に緊張感のない会話が続く。
「俺が手をださなければ、一矢が出すでしょう?」
「まあね」
 牛乳の入ったグラスを両手で持ち、可愛らしく隊長は微笑む。その隣で副官が激しく脱力していた。
「だったら、俺が殴り倒す方がマシってもんです」
 俺はその副官の台詞に、思わず盛んに頷く。
 副官、あなたは正しい!! こんな所で隊長が暴れたら……。ブルブル、ああ、考えるだけでも恐ろしい!
 乱闘に参加しなかった下士官が、唖然として副官と隊長を見ている。マイキーもその一人だ。
「へえ。驚いたな」
 盛んにパチクリと、瞬きを繰り返した。
「すげえな。手際が良いな、あいつ」
 そりゃあ俺達の副官ですから。
 俺は引き攣ったままの頬で、笑う。
「そ、そうだな」
 そう返すのがやっとだった。
「それにしても、あの隣の小さくて可愛いのは何だろうな? 星間軍か?」
 ……あれはうちの隊長だよ! フォースマスターなんだよ〜!!
 思わず言い返したくなったが、俺はぐっと口を閉じた。世の中には、知らない方が幸せってこともあるからだ。
 ……全く。下士官御用達の店には、将校は出入り禁止って法則を、忘れてるんじゃないのか? あの二人は?
 俺はあらゆる意味を込めて、溜め息をついた。幾ら飲んでも、到底酔えそうにない日だと思った。



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