海賊退治のしかた
1闇の中

作:MUTUMI

ザー、ザー、ザー。幾重にも響く音がする。
「うーん」
何だ?うっせえぞ。
思わず思い伏せていた目を彼、キッズ・パーキンスは開ける。そこに見えたのは、広大な暗闇と小さな星のまたたきだった。

「う、宇宙?」
ぱちくりとまばたきする。目の前の世界は宇宙そのものだ。美しい世界が広がっている。
手をのばすと強化ガラスに触れた。
「ガラス?何?」

ここはどこだ?

首を巡らす。光がないので何も見えない。けれど俺のいる所がとても狭い空間だというのはわかった。足をのばすと壁に当たったからだ。

「おいおい、どうなっているんだ?」
こう言った俺を誰が責められよう。全くもって何がなんだかわからなかった。覚えていることと言えば、いつもの平和な日常だけだ。

俺は世間でいう所の宇宙船乗りだ。早い話が、船乗り。とどのつまり宇宙生活者と呼ばれる者の一人だ。
特定の母星を持たず、たえず宇宙中を放浪し暮らしている。衣食住全てが宇宙空間を中心に回っていて、惑星に降り立つなんてそれこそ休暇中ぐらいのものだ。 まあ、軌道衛星にはちょくちょくお邪魔するがな。だって、補給は必要だろう?
まあ、そんなこんなでいつもの俺の生活なんて退屈なもんなんだ。

大抵その日の当直に叩き起こされ、愚痴をいわれながら飯を流し込み、いつものように副艦長のロバートをからかい、ぎゃーぎゃーうるさいシイナ、レビ、ミアの三人娘のおしゃべりを聞く。
それでもって夜になって、……あれ?俺眠ったっけ?
あれ?
「寝てないぞ。その前に……」

そうだった!思い出したぞ。宇宙海賊に遭遇したんだ!!

「あー、そうだよ。そう!」
奴ら俺らの船を襲う前にも一仕事していて、人質がいたんだ。だから反撃できなくて、武装解除されて俺の乗る船は強制捕獲された!
俺は薬を嗅がされ意識を失ったんだ。

「うわ。冗談じゃない!」
叫びムッと顔を歪める。
むかつく!何だってこうなる?人が下手に出ていればいい気になって!
「人質が気になって、抵抗するなと言った俺も俺だが……」

奴ら、ずいぶん遊んでくれたな!この落とし前は高くつくぜ!

心の内でかたく反撃を誓った俺は、とりあえずやることを考えた。
「まずは、船を取り戻さないとな」
俺の乗る船は外見上はただの民間商船だ。しかし、一歩内部の艦載システムをちょいと覗けば、ただの民間商船でないことはすぐにわかる。
というか、民間?商船?嘘だろ、と反応がくるぐらい普通の船ではなかった。

カテゴリー的には、特殊船と呼ばれるものだ。民間にはまず売られない、というか誰が買うんだ?というような馬鹿高い船だ。何しろ特殊船の中でも最新の上、普通の船には無い艦載システムがわんさかぶち込んである。
俺的にはうざいからいらないもんが多いんだが……。まあ、実験的な船だから仕方ないかと諦めている。そんなわけで宇宙海賊に船を奪われたままというのは、非常に不味い!

船が戻らないと、まじに俺が辞表を書かないと収集がつかないかもしれないのだ。責任とるのはごめんこうむりたい!

「早いとこ、船を見つけないとな。……問題はここが宇宙のどの辺りかということだが」
外の景色を見てわかるものではないか。しかしな……
「救命ポッドで宇宙空間に放り出すとは奴らもえげつない事をするな。普通なら正気を失っているぞ。俺だからいいものの」
なんて事を思いつつ、俺は救命ポッドの座席上部をごそごそとまさぐる。

「たしか、この辺りに明かりがあったような気がする」
かすかな記憶を頼りに探っていた俺は、ようやくライトのスイッチに触れた。パッと光が俺の視界に広がる。
「よし、明かりは確保した。これでよく見える。さて次は……」
呟き救命ポッドに搭載されたシステムを稼動させる。普通の救命ポッドには無い。だけど、俺の船にとってはあって当たり前の機能だ。

俺は自分が座っているシートのひじ掛け、ちょうど右手を置く位置にあるパネルを押した。かすかな振動がし、目の前の強化ガラスが特殊な鋼壁で閉じられる。と、同時に俺の周りは360度のフルスクリーンモードに変わる。
俗にいう戦闘用の視界認識システムだ。

そしてガクンと小さな衝撃が俺を包んだ。これは俺の座るシートの安全装置が作動したのだ。きっちりと俺の体は座席に四方から固定される。
ノーマルの重力コントローラーしか搭載されていない救命ポッドでは、加速しただけで相当の負担が搭乗者にかかる。何しろ普通救命ポッドというのは、自分からは動けないものなのだ。それを俺は今から動かそうとしている。

俺は今度はシートのひじ掛け、左手にあるパネルを押した。すると、俺の目を包むようにバイザーが降りて来た。
人の視線の動きだけで、機体制御を行うという優れもの、通称GOOD EYEシステムの端末だ。これは使うのにちょっとした技術がいる。まあ、俺にとっては玩具みたいなもんかな。
さらに続いて、両手のひじ掛けの先端から機体をコントルールするための操縦桿がせり上がって来た。

そこまできて俺はようやく、自分の腕にブレスレットとして巻いていた、細いチェーンのようなコードを外す。そしてGOOD EYEシステムの端末、バイザーのリンク穴にそのコードの一端を挿入した。もう一方は俺の右上腕部にある小さな端子穴に突っ込む。
かすかな痛みが脳を突き抜ける。

「後は船の位置だが……。そんなのわけないな!俺の船は独特のビーコンを発している。周波数さえわかっていれば見つけるのはさして難しくないぜ」
余裕の笑みを浮かべ俺は、検索モードを走らせる。ほどなくそれはヒットした。360度フルスクリーンの一端が赤く光っている。
「発見!さーて、返してもらおうか、俺の船を!」

俺は冷然と笑みながら、ゆっくりと加速の命令を出した。この時、俺の手は操縦桿を握ってはいない。
その必要がないからだ。俺の命令は全て、右上腕部から延びたコードによってこの救命ポッドに伝えられている。俺の出す脳波自体がこのポッドをコントロールしていた。

「こんなポッド役になんかたたないと思ってたけど、なかなかどうして使えるじゃん」
俺はそううそぶき、これを置いていった技術部に感謝する。普段散々実験と称してまともでない物を押し付けられているのだ。一つぐらいは役にたつ物もあるだろう。
「これは、正式採用してもいいな。……申告しとこう」
俺は次回のシステム採用検討会で、花丸をつけることを心に誓った。

そして、俺はフル加速に移った。視界は急速に流れ、惑星や衛星、星雲がすさまじい勢いで俺の背後に流れていく。
俺は船までの距離の最短を選び、ハイパードライブモードに突入する。救命ポッドは光の速度を越えた。


□□□□


「ひっく、ひっく。ひっく」
「ミア」
呼ぶ声がする。
「もう、泣き止んで。な?」
優しい声がミアを包んだ。
「ロブさーん。だって、わ、私達どうなるんですか?船、取り上げられて……」
呟くように言い、ミアは再び泣き出す。
「大丈夫だよ」
優しい表情でサングラスの男、ロバート・オーシェは答える。

「でも、でも。キッズ艦長まで、ひっく。捕まっちゃって、その上……宇宙空間に放り出されたんですよー」
「うん。そうだね」
ロバートは冷静に頷き、ちょっとサングラスを押し上げた。

「やっぱりもう終わりよ!私達どっかのわけわかんない奴に売られちゃうのよ!!」
さめざめとシイナは泣く。それを聞き、側の男達は思いっきり動揺する。
「がーん。何?じゃあ、そう言う意味で売れない俺達って……役立たずだから。まさか……」
「殺される??まじ?」
「カル〜」
「ヒュー!俺達って不幸だ!!」
三文芝居のごとく肩を抱き合い泣く男二人を見、ロバートは額に冷や汗を浮かべる。

「お前達いい加減にしろ」
「でも、ロブ!」
「そーよ、どうするのよ!私達宇宙海賊に捕まっているのよ!!」
「その上独房の中なんだが」
レビはぽつりと言い、地面にのの字を書く。
「う、レビ。暗い落ち込みかたね」
シイナは一歩引き、引きつった表情で呟く。

「仕方なかっただろう?キッズが人質優先と判断したのだから」
ロバートは肩を竦めて言い、皆を見回す。
「そうだけど、ことによるわよ。人質を救助するどころか、逆に私達が人質になってるじゃないの!」
シイナは叫びじわっと目に涙を浮かべる。恐怖と言うよりは、恐らくプライドのためだ。
「私達が捕まったら意味ないじゃないのよ」
彼女の噛み締めた唇は青い。

皆それぞれ同じ事を思っていたのだろう、下を向き俯いてしまった。
そんな中、独り冷静なロバートが呟く。
「そこが謎だな」

「は?」
「どこが?」
クルー達は?と顔を見合わせる。薄暗い独房の中彼らは首をかしげた。
「我々が人質という所だ。普通はしないだろう。したとしても、なぜ閉じ込めるだけなのだ?」
「え、あれ。言われてみれば。ねえ、私達あれでしょ?」
シイナはミアを見る。
「うん。そうね。あれよね」
ミアは視線をレビに向ける。いつの間にか、のの字を書くのを止めていたレビが、端的に皆の思いを口にする。

「我々は『SCA(SUPER CLUSTER ARMY = 星間軍)』だ。いわば海賊の天敵」

『SCA(SUPER CLUSTER ARMY = 星間軍)』は星間中の惑星、国家が加盟している『星間連合』の統括している軍事部門の総称である。星間の治安を守るために出動し、宇宙海賊相手に戦うこともあった。

「言われてみると……何でまだ俺達生きてんだ?」
「ロブ〜。なんで??」
クルー達は嫌な事に気付いたという表情で、ロバートを見る。
「民間人と思われているからだろうな」
「は?民間人?」
「どこをどうしたら俺ら民間人に見えるんだ?」
ロバートは苦笑する。

「キッズに感謝でもしろ。俺達の船『カトーバ』は見かけは民間商船だし、俺らは今軍服を着てない。SCAのロゴマークは目に付く所に設置されてないからな」
「!うわ。そう言えばそうじゃんか」
「何か完璧なカモフラージュになってるわね」
シイナは言い、いつもとんでもない事をしでかす艦長を少しは尊敬した。

「あれ?ということは、私達本当の人質?」
人質に本当も何もないが、取りあえずロバートは頷く。
「まあな。SCAとはばれてないだろうな。さてさて、身代金は幾らかな?」
ロバートは独り呑気にそう言い、クルー達は絶句する。
「!!」
「ロブ、お前って、滅茶苦茶人が悪い!こういう時にそんな事言うか?」
ヒューは半分涙目で言い返す。
「何だ、泣いてるのか?」
「っ!泣いてなーい!」
ヒューは喚き、ロバートはヒューをからかえた事に満足したのか話をもとに戻す。

「さて、遊びはここまでにするか」
遊ぶなよ、ロブ!!
口には出さないがみんな心の中で突っ込む。

「それに……向こうも、そろそろ宇宙遊泳にあきただろうし来る頃かな?」
「は?誰が?」
カルは首をかしげる。こんな状況でどこの誰がやってくるというのだろうか?
「宇宙遊泳……、あーっ艦長のことか!」
思いいたり、無理だと叫ぶ。
「ロブ、うちの艦長は宇宙空間に救命ポッドで放り出されたんだぞ。自律航行できないのになんでここまで来れるんだ!」
カルの疑問にロバートはしれっと答える。

「キッズが乗せられたのは俺らの船、カトーバの救命ポッドだ。あれは先週技術部が面白半分に、星間稼動型攻撃機『オーディーン』の機能を組み込んで行った。実験配備らしい」
「何だって?」
まじですかそれは?
クルー達は顔を見合わせる。
「ということは、動けるの?」
シイナは恐る恐る聞いてみる。
「多分な」
あっさりとロバートは返し、再びサングラスを押し上げる。

「カ、カトーバってとことん技術部に遊ばれてない?あれでも一応SCAでは重武装戦艦だろう?」
最近自分の乗る船が、実は重武装戦艦だという認識を忘れそうになるヒューはうろたえ聞く。
「艦船規格が変わったという話は聞かないが?」

今でも、どんなにますます民間船に近い姿にカスタマイズされていっても、その船の持つ能力は重武装戦艦でしかない。
ちゃちな宇宙海賊なら、主砲を撃つ必要がないうちに撃破してしまうだろう。普通の戦略級の艦船なら数百や、数千は軽く破壊できる。それ程の能力を持つ船なのだ。
SCA『宇宙軍』を代表する船である。

「なあ、じゃあ艦長は今ここを目差してるっていうのか?」
ロバートは苦笑を浮かべる。
「キッズが大人しく宇宙遊泳していると思うか?動く手段があるのに」
言い、クルー達をみやる。

「断言していいぞ。あいつは多分もう反撃をはじめてる」
ロバートはそう言い、自分の目を覆っていたサングラスを外す。そこには人にあらざる者の色の色彩があった。紫の虹彩を細めロバートはクルー達に告げる。

「さて、こちらもそろそろ反撃といこうか?」と。



↑目次   次へ→