文化祭といえば
作:MUTUMI DATA:2005.8.14

多分期待してるだろうっぽい話。でも一矢の性格がああなんで、これが限界。


 かれこれ十数年ぶりの学校の、十数年ぶりの文化祭は僕の記憶に残っていた物とはちょっと違い、なんだかその……馬鹿かも知れないと思わせる物だった。
 騒ぎ方が普通じゃなく、完全に弾けていたのだ。文化祭というよりは、もうあれだ。祭り。うん、これが一番近い。
 各クラスの展示は本当に色々あったんだけど、定番の喫茶店や屋台風テキ屋とか、間違いなく収入が入るだろう飲食関係が一番多かった。
 中には隣のクラス同士でライバル店とかもあったりして、統制の緩さを僕に実感させた。僕が実行委員なら、そんな事は絶対にさせないだろうと思う。隣同士で潰しあってどうするっていうんだ?
 まあ、そんな感想はさておき。午前中はそれなりにあちこちシグマ達と冷やかして歩いていた僕も、午後はそうはいかない。いかないっていうか、出来ないっていうか……。
「はぁ」
 僕は鏡に映る自分の格好に、気が遠くなる。僕が今身につけているのは物凄く可愛い衣装だ。白を基調としたフワフワのレースたっぷりのワンピース。それもミニ丈。ロングソックスがアクセントらしい。
 ………………膝、見えてるんだけど。
 泣きそうになって、いや問題はそこじゃないと自分で突っ込みを入れる。これはどう見ても罰ゲームじゃないか。「嫌がらせかよ」と叫びそうになって、パイから服とウイッグを渡された時に言われた言葉を思い出す。
『これを着て午後だけウエイトレスをしてくれたら、今までの事は水に流すってみんな言ってたわ』
 その言葉の深く淀んでいる意味をようやく悟り、僕はかわいた笑みを浮かべる。
 水に流す……か。つまり、やっぱり罰ゲームなのか。
 ガックリと首が下がる。仕事というか、本業の方が忙しくて、僕はろくにクラスの出し物、喫茶店の準備に貢献出来なかった。まともに手伝えたのは最初の数日だけで、後はもう笑っちゃうぐらい速攻で部隊に帰っていたのだ。
 そんな僕を見てクラスメイトが怒ったのは当然の帰結で……、だって普通はさぼったと思うだろう? 僕への風当たりを心配したシグマやパイが色々皆を宥めてくれたらしいが、あまり効果はなかった。
 唯一僕の本性を感じとっているシドニーだけが、自棄に同情的な眼差しを向けてくれたが、あまり嬉しくもなかった。
 流石に不味いなと思っていた矢先に、不足の事態が起きた。委員会から緊急召集を受けたのだ。文化祭の準備の真っ最中で行きたくはなかったが、統合本部の緊急召集なら足蹴に出来る僕も、流石に委員会のをすっぽかす訳にもいかず……その結果、都合9日間も学校を休まざるをえなかった。
 カーリ星9日間戦役とメディアによって名付けられたそれで、僕とダークのコンビは、軍の提督と機構の星間特使のコンビっていうのも珍しいんだけど、まあそれはいい。僕らは単独特攻を強いられた。
 思い出す度にムカツクが、軍人である限りは仕方のないリスクなのだろう。それに僕とダーク、星間最強の特殊能力者コンビでもって、辛うじて生還出来たという事もまた事実だ。
 あれは僕ら以外なら絶対死んでいた。だからムカツクが委員会を心底恨む気にもなれない。同僚の誰かが死ぬより、僕らが動いて怪我をする方がまだましだと思うからだ。
 そんな訳で、僕は9日間という長い欠席を強いられ、学校への届けは例によって例のごとく病欠扱いで出された。病欠……、毎回お世話になっている便利な理由なのだが、いい加減使い古されてきたかも知れない。
 カーリ星9日間戦役を何事もなく乗り切り、生きて帰って来た僕だったが、案の定学校ではすっかり病弱のレッテルが貼られていた。言い出しっ屁はケンらしいのだが、余計な事を言ってくれたものだと思う。
 良くも悪くもこれによって、皆の僕を見る目がすっかり変わっていた。文化祭の準備を手伝わずに帰宅していたのも、余程具合が悪かったのだろうと皆が推測してくれたのだ。これで反発はかなりおさまったが、それで全てがちゃらになる訳でもなく、…………ワンピースの出番となった様である。
「これを着てウエイトレス……、ウエ……」
 自分で言ってて僕は情けなくなった。クラスの皆にこの格好を見られるのは恥ずかしいけど、まあ我慢出来なくはない。でも一般の外部の客に見られるのは物凄く嫌だ。
 ………………切実に逃げたい。
 敵前逃亡は主義に反するが、僕は真剣にそれを検討した。だがそれは実行に移す前に、あっさりと崩される。ドアが開きシグマとケンが乱入してきたからだ。
「一矢、ちゃんと着た?」
「一矢にも似合いそうなのを選んだんだらしいから、嫌がるんじゃねえぞ〜」
 心配そうなシグマと完全に面白がっているケンの声が更衣室に響く。鏡の前に立っていた僕は、ケンの台詞に硬直したまま振り返った。
「一矢どんな具合?」
 遮光用の立体カーテンから顔を突き出し、シグマがその場で絶句する。シグマの隣に立ったケンも同様に僕を見て言葉を失っていた。
 そりゃあそうだろう。自分で言うのもなんだが、……似合ってるんだよ物凄く! 畜生、なんで似合う!?
 色々な意味で人生を投げ捨てたくなる瞬間が、再び起こった事を僕は自覚した。パイから渡された服を着た僕は、完璧に少女に見えたのだ。それも多分美のつく奴。化粧もしていなにのに、ウイッグをつけただけなのに、美のつく少女に化ける僕って、男としてどうなんだろう? ちょっと、いやかなり情けなくないか?
「うっわぁ。一矢? だよな?」
 ためらい混じりのシグマの声に、僕は黙って頷く。
「すっごく綺麗だ!」
 シグマ、それは男に向かって言う台詞じゃないぞ。ついでに言われても全然嬉しくないし!
「化けたな……。ああ、元から一矢はマル美印だったっけ」
 恍けた台詞を言いながら、ケンが近寄って来て僕の胸に手を伸ばす。
 ペタリ。
 真っ平らな音がした。
「……凹凸がない」
 次いで寂しそうな声が聞こえる。
 ケンーーーー!!
 どこかでブチリと何かの切れる音が僕の中でした。
「凹凸がある訳ないだろうが! どこに目をつけている!?」
 言い様ケンの胸ぐらを掴む。殺気すら瞳に込めて、
「それ以上恍けた事を言ってみろ。簀巻きにして屋上から吊るすぞ」
 つい言い放ってしまった。言い放った後で、子供相手に大人気ないなぁと反省したが、これは正当な怒りだと自分を養護する。ここで怒らなきゃ、男じゃないだろう?
「まあまあ、一矢落ち着きなって」
「悪い。ついジョークでさ」
 僕の怒りを前にシグマが慌てて宥め、ケンも両手を合わせて謝った。同じ男としてやり過ぎたと感じたのだろう。二人は低姿勢で僕を宥めにかかった。
「そんなに怒るなよ。ちょっとだけ我慢すればいいんだから」
「そうそう。午後の二時間だけじゃないか」
 ……それが嫌なんだよ!
 文句を言おうとして、二人の態度が微妙に変わった事に気付く。
 なん、だ?
 奇妙に感じる僕には気付かず、二人は互いに視線を投げあう。そのまま数分、沈黙が落ちた。だから僕の方から逆に聞き返してみる。
「……何さ?」
「あ、うん。その……止められなくてごめんな」
「?」
「今回の悪ふざけの事だよ。幾ら文化祭が弾けてるって言ってもさ……嫌な物は嫌だろう? 一矢の場合は洒落になってないし」
 ケンの言葉を継いで、シグマが溜め息半分に続ける。
「なんかみんな悪のりし過ぎちゃって……。初めは一矢がそこまで体調を崩してるなんて知らなかったから、さぼりの罰をさせようってイザークが言い出したんだけど……。物凄く話が転がっちゃって、一矢が女だったら美人だよなって話になって、それをまた女の子達が物凄く見たがったものだから……」
「み、見たがったの?」
 そういえば、パイが僕に衣装を渡してくれた時、妙に嬉しそうだったような……。気のせいじゃなく、嬉しかったのか?
 僕の頬が引き攣る。その上更にケンが裏事情を打ち明けてくれた。
「女共は嬉々として衣装を選んでたぞ。ちなみに中心はパイだった」
 ケンが指差すのは、僕が着ている白のワンピース。この衣装を選んだ奴を後で一発殴ろうと思っていたが、……完全に殴れなくなったじゃないか。
「……なあ、もしかして僕、遊ばれてる?」
「言い難いけど……」
「イエスだな」
 否定して欲しかった事を肯定され、僕は更に落ち込んだ。
「……ちょっと休んだだけなのに」
 カーリ星9日間戦役の馬鹿ヤロー!! あれさえなければ、もっと上手く立ち回れたのに!
 今更ながら委員会が憎らしくなる。
「本当に物凄く悪いとは思うけど……一矢、我慢だ」
「そうそう。俺等女共には勝てないから」
 それは暗に、パイの尻にうちのクラスが敷かれてるって言いたいのか?
 突っ込みたくなったが、意味のない突っ込み程虚しい物はない。僕は黙って溜め息をつくだけに留めた。
 仕方ない腹をくくろう。とって喰われる訳でもないし、ちょっとの間だけだ。
 この時僕はそう思ったのだが、後で考えればやっぱり逃げておくべきだったとつくづく思う。



 この格好でのクラスデビューは、物凄い歓声を沸き起こした。女の子達の黄色い悲鳴と、男達からの色んな意味での口笛とヤジ。最早何も言うまい。
 さらし者を通り過ぎて笑えない状態だったとだけ言っておこう。ただみんなに共通した感想はというと、「綺麗」だったそうな。
 ……そう言われてもやっぱり全然嬉しくないけどね。ああ、本当にもう。……物凄く情けなかったんだからな!
 



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