時の夢2
作:MUTUMI イラスト:素材屋ヨコヨコ DATA:2003.1.4

6000キリのT・Aさんからのリクエストです。
キリリク題材は『流星』でした。


最悪の出合いを経験してはや三日。
とりあえず私は幾つかの言葉を覚える事に成功した。でもさぁ、外国語って難しいよ〜。言葉が不自由だと意志の疎通も出来ないんだよ。言いたい事があっても、全然わかってもらえないし・・・。
はぁ。もう本当に泣きたい。
そんな時「カグラ」と私の名を呼び、傍らの青年、イシュメという名らしい、がイチジクの入った器を差し出してきた。
にっこり笑って口に入れる仕種をする。どうやら食べろと言いたいようだ。
「い、いただきます」
日本語で答え返しつつ、私はイチジクを手にとった。じ〜っと眺め、くんくん匂いを嗅ぐ。
どう見たってイチジクだよな〜。私の知っている果物があるってことは、ここって日本と近いんだろうか?
とりとめのない事を感じつつ、いまだにどうしてここにいるのか理解出来ない私は、じ〜っと青年を凝視した。
初めて会って以来どういうわけか、この青年が色々と便宜をはかってくれる。私がここにいる理由を何か知っているみたいなのだが、言葉が通じないのでさっぱり要領を得ない。
まあ、ともかく私がどこかから運ばれて来て、青年の保護下に置かれている事は理解出来た。
何だか知らないけど、色々大切にされているのはわかる。だって、何か他の女の人と扱いが違うんだもん。

それにしてもここって、どこなんだろう?
これが目覚めて以来の私の最大の感心事だったりする。
だってね〜、全然わかんないんだもん。言葉は通じないし。文字は見たことのないものだし。なんか引っ掻き傷みたいな文字なんだよ。だから全然読めないし・・・。
その上、どうもTVでよく視る外国とは違うみたいだ。
この街の家々はレンガで出来ている。よく中近東とかで家を建てるのに使われている、あの日干しレンガだ。街は綺麗に整備されているみたいだけど、見たこともない感じで、しいていえば、世界遺産とかに登録されていそうな古代風かな。
う〜んゲームにも出てきそう・・・。
でも私が一番可笑しい、或いは不思議だって思うのは、ここの人達の服装なんだよ。
だって皆変な格好をしているんだもん。男なのに長い衣を着ているんだ。
詳しく語ると、右の肩はむき出しで、左の肩から斜に布を身体に巻き付けて、ベルトや指輪、腕輪をばしばしつけている。金とか色々な宝石で出来ていて、凄く綺麗で豪華なんだけど、そうなんだけど・・・今どきこんな格好する〜?
普通はしないと思う。私達が普段着ている洋服とは、全然趣が違うんだよ。

はあ、本当にここってどこなんだろうな〜? 全然文化も違うみたいだし。ふぅ。
誰か私に教えてよ〜。


□□□□


じっとイチジクを片手に、何やら考え込んでいる娘カグラに苦笑を向けると、ヤスマフとの中断していた会話を再開する。
恐らく言葉がわかれば青くなるような内容を、我々は交わしていた。
「ヤスマフ、マリ軍の様子は?」
「エカラトゥム包囲を完了しつつあるようですね。放った偵察はほとんど連絡を断ちましたよ」
「そうか」
暗い声で呟き、どうしたものかと熟考する。
「父上はどうするおつもりだ?」
「・・・撃って出るでしょう。籠城しても食料が不足しますし・・・」
エカラトゥム程度の街に籠城しても、しれている。だが、いくら我が父シャムシ・アダドに戦う気があったとしても、果たして兵士達が従うだろうか?
マリに造反する者が出たとしても、可笑しくはない状況なのだ。ただ唯一救いなのは、エカラトゥムの民が父を思慕していること。我々の利はこの程度だ。

この時代の戦争は領土の拡張と富の略奪。そして労働力の拡充が目的に行われる。
破れた側の民が奴隷として、連行される事は珍しくもない。人の力であらゆる労働を賄わなければならないため、国力の拡大に奴隷は不可欠なのだ。豊かな者が豊かな生活をするために、奴隷制が編み出されたといってもよいだろう。

「マリ軍が攻めて来るのはもう少し先だな」
「? 理由があるんですか?」
不思議そうなヤスマフに、イシュメは意地の悪い笑みを向ける。
「アッシュールの部隊に命じてマリへの錫の供給を断たせている。武器を揃えるにはもう少し時間がかかるだろう」
青銅器の原材料、錫を断たれては武器の製造もままならないはずだ。戦争を仕掛けるには大量の武器が必要になる。欠けやすい青銅ならなおさらだ。
「ヤスマフ、いまのうちに攻略点を探し出すぞ。どこかに弱い部分があるはずだ」
「弱い部分か。・・・それって難しいな」
二人は真剣に考え込む。この戦いによって、エカラトゥム、いいや自分達の命運が決まるのだ。真剣にもなる。錫の供給断によって稼げる時間はごく僅か。マリ軍の侵攻が緩まるその間に、何らかの方針を打ち立てねばならない。
猶予はあまりなかった・・・。


□□□□


じ〜っと二人の青年が話し合うのを眺めていたら、何だか二人が二人とも妙に真剣になってしまった。
二人して考え込んでいる。
な、何〜? 私何かした〜?
イチジクをはむはむと食べながら、私は自らの行動を思い起こす。
む〜っ。別に何もしてないけど・・・。何か二人の気に触ったんだろうか?
注意したくても言葉が通じないから、諦めているとか・・・。あ、ありえそう〜。イシュメってなんか私に妙に優しいもん。
そっとイシュメを伺うと視線が合った。イシュメはにこっと笑ってイチジクの入った器をまわして来る。
あう。・・・私って彼に食いしん坊だと思われているんだろうか?
年頃の女の子にそれはちょっときつい。

まあ、ともかく。イシュメの事はこの際置いておくとして。いつまでもこの見知らぬ人達に、甘えていちゃ駄目だよね。衣食住頼りっぱなしだもん。
やっぱ、この状況を自力でなんとかしなくちゃ。
・・・とは言っても、何から手をつければいいんだろう〜? 言葉は・・・。うう、覚えるまでに時間がかかりそうだし。う〜ん、何か良い方法はないかな・・・。
熟考すること数分、私は凄く良い物を持っている事を思い出した。
そうだよ携帯があるじゃない! 電話すればいいんだ!
「イシュメ、私の鞄どこ? 鞄。わかる?」
ああ、もう焦れったい〜。
私はパフォーマンスよろしく、四角い箱を両手で空中に描き、手に持つふりをする。
一度では理解してもらえなかったが、何度も繰り返すとようやくわかってくれたようで、側のおじさんに何か言って、私の鞄を持って来させた。

黒の何の変哲もない学生鞄が、妙に懐かしくて、思わず頬擦りしそうだった。私は急いで鞄をまさぐり携帯を取り出す。勿論、本当は持ち歩いてはいけない、立派な校則違反の代物だ。
もしかすると電池が切れているかもと、ちょっと不安になったけど、液晶はいつもの待ち受け画面で時計だってちゃんと時を刻んでいた。
良かった〜。まだ電池切れてないんだ〜。じゃあさっさとお母さんに電話して、迎えに来てもらおう。無断外泊になってるけど、心配してるかな? うわぁ、お父さんが電話に出たらどうしよう。こってり絞られるよ〜。
ちょっとビクビクしながら番号を押そうと、液晶をよりよく見れば、無情にも・・・アンテナが1本も立っていなかった。
うそ〜、ここって・・・。圏外!?
がくっと私は肩を落とす。
そりゃそうだよな〜。ここの風景、日本じゃない気がするもん。流石に中継局なんてないよな〜。

通じない電話に利用価値なんてない。電池が勿体無いので電源を切り鞄の中に戻しておく。
あ〜あ、いい考えだと思ったのに。圏外なんて・・・圏外なんて・・・。酷いよ〜〜!
あれ。そういえばこんなコマーシャルがあったな。雪山で遭難して携帯を見ると圏外って奴。うわ〜ん、正に今の私じゃん〜。
あまりのショックからか、とりとめのない事を連想していく。
数分後ようやく立ち直った私は、他に何か役立つ物はないかと、鞄を引っ掻き回した。
でもたいした物なんかなくて、教科書は山程あったんだけど、それで私にどうしろと?
唯一何かに使えそうだったのは、美術の時間に使う小刀と、地理の授業で使うのに持ち歩いていた世界地図ぐらいだった。
小刀は護身用に使えるかも。木を削るだけあって、刃は結構鋭いと思う。もっとも、危険な事態って想像も出来ないけどね。
だって私の保護者イシュメは優しいし、ヤスマフも好い人みたいだもん。あ、痴漢もどきの行為には、後で謝ってもらったよ。おわびに綺麗な腕輪まで貰った。金で出来ていてすご〜く高そう。
本当に貰っていいのかな? 後で返せなんて言わないよね〜?

美術で使う小刀を手に暫らく考えた後、私はそっと服の下に忍ばせた。
イシュメには悪いけど、これは隠しておこう。
とっさに私は小刀を隠す。何故か私の生命線になりそうな気がしたんだ。幸いにも私の服はひらひらした布を何枚も重ねるタイプの物だから、隠す所は沢山あったんだ。
あとは・・・。この地図。
地図にならこの謎の街も載っているかも・・・。
微かな希望を胸に私は地図の索引をめくった。
微かに聞き取れた言葉、二人が何度も繰り返している言葉、マリとエカラトゥム。もしかしたら載ってるかも知れない。
だけど、どこにあるの〜?
ペラペラと地図を繰る私の手元を、イシュメとヤスマフが覗き込む。何だか不思議な物を見る顔をしていた。
? ?
何で不思議な顔をしているの〜? ただの地図なのに。
それにしても、全然ないな〜。マリとエカラトゥム。うにゅ〜。駄目だ。目が痛くなってきた。それに全然載ってないし。
諦め私は地図を閉じた。
はぁ〜。もう全然駄目だ。こんなんじゃ。ほんとに溜め息しか出ないよ。


□□□□


軍議は難航を極めた。
マリ軍との全面的な戦いに、三将軍達はいい顔をしなかった。和議をはかるべきと主張する者すらいた。
エカラトゥムに残る戦力では、マリ軍と互角に戦えるかどうか、些か怪しい。沈む船から鼠(ねずみ)は逃げ出すものだ。

「王よ、この際マリとの和睦をはかるべきです」
そう進言したのは三将軍の一人、リピトだった。
「マリも我らと同じアムル人です。さすれば何らかの猶予もあらんかと」
「リピト殿、何を言われるか! その様な欺瞞、通じるとお思いか!?」
第二の将軍、イルがリピトの言を退ける。
「しかし! 今の我が軍の勢力では勝てるかどうか・・・。マリ軍は破竹の勢いですぞ」
「何と弱気な事を。リピト殿ともあろう方が」
第三の将軍シンが、おっとりとそう述べる。悪戯に激高する二人を宥めるかの様に告げ、上座に座る王を振り仰ぐ。
「王よ、わたくしはここは戦うべきかと存じます」
「シン殿!」
非難めいたリピトを遮り、シンは意見を述べ続ける。

「たとえ和睦がなったとしても、いずれは戦うのが定め。覇権を望むならば、マリの領有は必須かと。アッシュールに並ぶ交易都市を手に入れなければ、この先の発展は望めません」
シャムシ・アダド王は、無言で頷く。
「和睦によって得る時間は確かに貴重です。しかしマリ側の和睦の条件は恐らく一つ。アッシュールの受け渡しでしょう。アッシュールを失えば、我らは沈みゆくのみです」
「シン・・・」
王は呟き長いヒゲを弄る。シャムシ・アダドが熟考する時の癖だった。
「何か良い策があるとみえるが?」
シンは心得たとばかりに、朗らかに笑う。
「王よ。我らには地の利がございます。エカラトゥム周辺は我らの庭も同然。幸いな事に明日は月の輝きが弱まる日。さすれば我らがとる策はたった一つ」
「奇襲。それも夜襲か」
ポツリ、呟いたイシュメにシンは力強く頷く。
「他に方法はないかと」
イシュメもそれに同意を返し、父王を伺う。

「父上、これ以上時間は潰せません。マリの包囲は刻々と進んでいます。今ならまだマリ軍の裏もかけましょう」
「イシュメ、マリは油断をしていると見るのか?」
シャムシ・アダドは眼光鋭く我が子に問いかける。親子というよりは、将とその配下の会話だった。
「はい。生き残った偵察からなのですが、マリ軍にヤフドゥン・リム王の御印がないと・・・」
「!?」
「なんと!」
リピトとイルは息をのみ、シャムシ・アダドを伺う。
「ヤフドゥン・リムは、エカラトゥム攻略を配下の将軍に任せ、自らはマリへと帰ったか」
「恐らく。アッシュールの部隊に錫の供給を断たせておりましたから、それがもとかと」
イシュメは述べながら、シャムシ・アダドの気配が変化してきているのを感じた。ゆったりとした英王の気配から、武人としての覇王の気配への変化だ。

「よかろう、シン。お前の策を取る。明晩マリ軍を奇襲する。闇の中だ。同士打ちにはくれぐれも注意せよ」
「はっ」
三人の将軍は声を揃え、頷く。
「イシュメ。お前は本隊とは別に遊軍を組織し、マリ軍を混乱させよ」
「はい」
「エカラトゥムの守りにはヤスマフを当たらせる」
シャムシ・アダドはずらりと並んだ将達に告げる。
「皆、ここが正念場ぞ。マリを蹴散らせ!」
「ははっ!」
威勢の良い声が木霊した。





日干しレンガで出来た街並が薄暗く照らされている。ぼんやりと映る情景は、どこか幻想的で幽玄ですらある。
だけどそこに写し出されている物々しさは、少しも華麗なんかじゃなくて。ぞっとする程物騒なものだった。
何百人もの人達が武装して、青銅製の剣や盾を持ち集まっている。
喧噪はあまりなく、どちらかというと物音を発てない様にしているらしく、静かだった。でもなんていうか、妙に殺気立っている気がする。
2頭の軍馬に引かれた台車、この時代の戦車に乗った人達も見えた。何十頭もの馬と戦車に私は驚いて声もでなかった。

な、何が始まるの〜? 何事!?
オロオロする私の手をとって、イシュメが戦車に近付いて行く。
「イシュメ?」
不思議がる私を尻目にイシュメは、軽々と私を担ぎ上げた。
「*****カグラ」
何かを私に囁いて、イシュメは私ともども戦車に乗り込んだ。
あの〜。も〜しも〜し、イシュメェ〜!?
悪い予感と言うか、嫌な予感は当たるもので、私を小脇に抱えたままイシュメは号令をかける。
機敏な動きで周囲の兵士達が従う。城門が開けられ、私達が乗った戦車は城外へと走り出した。ガラガラと車輪が音を発てて、動き出す。徒(かち)の兵士達がそれに続いた。

うわっ。わわっ。
ガタガタと見た目よりも揺れるので、私は必死でイシュメにしがみつく。戦装束のイシュメは何だかいつもとは違って、大人の男に見えた。
イシュメが何を考えているのか知らないけど、ううっ。私を連れて行ってどうする気なの〜?
ねえ、これから何が始まるの〜!? どう見たって皆、剣に盾を持ってるし。
あ、もしかして狩り?
・・・・・・うぐっ、そんな訳な〜〜い!!
なけなしの知識を動員しても、得られる答えはたった一つ。何かの争いだ。それもかなり大規模な。
もしかして、もしかしなくても私ってピンチ!?
それでもって、イシュメって本当は全然優しくないのかも!?
抗議したくても出来ないこの状況に、私は涙をのむしかなかった。
うわ〜ん。誰か助けて〜〜〜。


□□□□


「きっと君を守るから、カグラ」
そう言って、カグラを連れ出した。本来女性を連れて戦場に行く事は、認められていない。けれど・・・。どうしてだかカグラが必要だと思ったのだ。
言葉も通じない娘に何かができると、期待した訳じゃない。カグラが戦えると思った訳じゃない。多分その逆で、カグラは足手纏いにしかならないはずだ。だけど・・・。

ガラガラガラガラ。
「イシュメ様、本気ですか?」
重臣のナンムが呆れた表情を浮かべ、戦車を寄せて来る。恐らくこの行為はナンムの理解を越えたものだろう。私だとて、どうしてそう思ったのか謎なのだ。だが私の中の声が、カグラが必要だと告げていた。
その声には逆らえない。
「ナンム」
「正気とは思えませんな」
笑いながらそう述べるナンムの目は、けれど少しも笑ってはいない。世程腹にすえかねていると見える。

「私も不思議なのだよ。カグラが何故必要なのかがわからない・・・」
その言葉にナンムは、はっとして顔を寄せる。
「イシュメ様?」
「カグラは足手纏いでしかないはずだ。だが・・・」
私の命を左右する・・・。そう予感めいた確信があった。
「予兆ですか?」
「いや。そう思うだけだ」
ナンムは暫し考える素振りを見せると、横に乗る部下に何事かを命じた。暫くたって別の者が私に青銅の剣を戦車越しに差し出す。意図が読めず困惑していると、ナンムは「カグラ様に」と告げ、ニヤリと笑った。
「ナンム・・・」
「カグラ様に戦えとはいいませんが、身を守るものは必要でしょう」
これから向かうのは戦場ですぞと告げると、ナンムは一足先に隊の先頭へ躍り出る。

「身を守るものか・・・」
そう呟くと、困惑して何か言いたそうにしているカグラの手に、青銅の剣をのせてやる。ずっしりと重い剣にカグラは目を丸くしていた。
「持っていろ」
告げるとカグラは、増々困った顔をして私を見て来る。
「大丈夫だ。お前にそれを使わせる気はないから」
そう言って安心させるように笑いかけた。確約は出来ない。ここは戦場だから。
だがカグラ、イナンナの娘に剣は似合わない、そう思った・・・。



続きます。・・・終わらないの。ではNEXTへどうぞ〜。

NEXT