時の夢2
作:MUTUMI DATA:2003.1.4

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ガラガラガラガラと、車輪の転がる音が響く。暗闇の中もの凄い勢いで戦車は進んでいた。周囲には喧噪と悲鳴が満ちている。
なんで自分がここにいるのかいまだに謎だけど、ともかくかなりのピンチだという事は理解出来た。だって、これって夢じゃないし。
イシュメが巧みに戦車を操り、敵に突っ込んで行く。徒(かち)の兵士とすれ違い様、イシュメは剣を振るい彼を斬った。
ビシッと何かが私の頬に当たり、びっくりして拭う。ぬるっとして、暖かくて、嫌な感じの液体だった。
これ・・・何?
暗闇の中では、ほとんど明かりもないから、色なんて見えないんだけど、これは・・・。
血だ。
理屈抜きでそう悟る。
この匂い、ねばさ・・・。血だよ〜〜!!
私が驚いている隙にも、イシュメは擦れ違う人間に向かって剣を振るう。
ガシッ。ビシュ。
「うぎゃっ!」
戦車が擦れ違う度に悲鳴が木霊した。私は後方に倒れて行く人影を、見送る事しか出来なかった。
呆然と足が立ち竦む。

ま、まじだ。
本当に斬ってる。イシュメが人を殺している!?
二人乗り戦車に私を乗せ、イシュメは巧みに馬達を操り、駆け抜けて行く。イシュメの後を幾つもの戦車が続き、徒の兵士達が続いた。
怒濤のように私達の一軍は駆け抜ける。
ここまでくれば嫌でも悟る。これは、間違いなく戦争だ。イシュメ達は戦争をしている。
私の知る戦争とはかなり違うけど、ミサイルも銃もないし戦闘機もいないけど、・・・これは戦争だ。この人達は殺し合いをしているんだ!
何で、どうして!?
私には全然わからない。だけど。
「カグラ!」
イシュメが叫び私を抱き寄せる。私がイシュメの方に倒れ込むのと同時に、何かの軌跡が抜けて行った。耳元でブンと鈍く音が鳴る。パラパラと擦った髪が切り落とされ、風に舞う。
「・・・嘘。まじ?」
今のって、今のって!?
思う暇もあらばこそ、ガキン。一際鋭い音がする。はっとして横を見ると、イシュメが誰かと剣で打ち合っていた。戦車を平行に走らせながら、何度も何度も鋭く鈍器のぶつかる音が響く。
ガキン、キイイイイン。
剣と剣のぶつかり合う音はとても嫌な音で、背筋からぞっとした。

相手の戦車には操縦する人間と、剣と盾を持った攻撃担当の人間が乗っていて、巧みにイシュメに詰め寄ってくる。
これってまずくない?
私がそう不安に思うのも無理はない。だってこっちはイシュメが一人で戦車の操縦も、剣での応戦もしているのだ。なおかつ盾は両手が塞がっていて持てないから、戦車に置きっぱなしだし。
イシュメには今の所、防御が出来ないんだよ!
何度も何度も彼らは打ち込みあう。戦車も何度となくお互いにぶつかり合って、その都度イシュメはバランスを失い戦車から投げ出されそうになっていた。 そんな中、私はというと蛭の様に戦車にしがみつく事しか出来なかった。
だってもう立っていられないスピードと、荒々しさなんだよ。いつ投げ出されてもおかしくない。
絶対このスピードはやばいよ!
そう思った瞬間、グラリ。戦車が傾ぎ、私とイシュメは投げ出される。
うそっ!?
体勢を立て直す事も出来なかった。どうやら何か障害物に当たり、片方の車輪が空中に浮き傾いたようだ。
かなりのスピードが出ていた戦車から、私達は大地へと落下する。イシュメの仲間のおじさんから貰った青銅の剣も、私の手から跳ねとんで見えなくなった。

ドサドサッ。
重なりあう音が原野に響いた。


□□□□


とっさにカグラを抱えて大地を転がる。
全身に重い衝撃が走って、一瞬意識が遠くなる。けれど何とか堪えて、手放さなかった剣を手に立ち上がる。
先程から斬りあっていた戦車がまっすぐこちらに突っ込んで来るのが見えた。
しくじった・・・。
高速で移動する戦車上の者と斬り合って、まともに戦えるとは思わない。せいぜい2、3回斬り結ぶ程度だろう・・・。味方の戦車や徒の兵はまだかなり後方だ。これでは救援は間に合いそうもない。
自分達が乗っていた戦車は横倒しに転倒したままで、馬達が興奮していななきを上げている。とりあえず馬達の足は止まっているらしいが、あそこまで走って逃げきれるか・・・?

そんな思案をする間に、最初の一撃がきた。相手の攻撃を予測し、青銅の剣で受ける。盾がないので、剣で刃先を逃すしかない。
カグラを背後に庇い、受け流す。
ガキン。
音がし、戦車は離れて行った。すかさずカグラの手を引くと、横倒しの自分達の戦車の方に走り出す。戦車には念の為にと思って、盾を積んだはずだ。転倒で吹き飛ばされていなければ、まだそこにあるはず。
盾さえ手に入れば互角の勝負ができる!
たった数メートルがとても長く感じた。走り去ったマリ軍の戦車が引き返して来る前に、辿り着かなければならない。
必死で走り、何とか倒れた戦車に辿り着く。だがそこに盾はなかった。どうやら転倒の衝撃で、どこかに投げ出されてしまったらしい。

「最悪だな」
呟き剣を構える。先程去って行った戦車が、すぐそこまで迫っていた。あざ笑う兵士の顔がくっきりと見えた。
戦車上の兵士はすれ違い様、剣を構え袈裟がけに斬ってきた。再び軌道を予測し、何とか手に持つ剣で受け流す。すると。
ボキン。
剣と剣が交差した瞬間、嫌な音がした。割と聞き覚えのある音、訓練で打ち合いをし過ぎた時によく聞く音だ。青銅の剣は堅さの割に意外に脆かったりする。
まさか!?
そう思って恐る恐る自分の持つ青銅の剣を見ると、ぽっきりと二つに折れていた。剣が中程から斜に折れて先がない。周囲を見回すと、少し離れた場所に転がっている。
「こんな時に折れるか!?」
思わず唸り、暫し呆然と佇む。マリ軍の戦車はそのまま数メートルを走り去り、再び180℃方向転換すると我々に迫って来る。

「・・・どう戦えというんだ?」
よくある話とはいえ、この状況で陥るとは思わなかった。まだ刃が欠け、切れ味の鈍る方が遥かにマシだ!
武器はなくなったも同然。盾もない。援軍もない。これでは最早、戦う術がないではないか!!
死を予感しぞっとして、無理矢理連れて来た背後のカグラを見る。カグラは呆然と私の剣を指差し、何かを呟いていた。


□□□□


「嘘!? 剣が真っ二つじゃない!?」
これって最悪なんじゃなかろうか!? 戦車からはほうり出されるし、盾はないし、剣は折れるし・・・。
うきゃ〜〜。ど、どうしよう!? 何かいい方法、いい方法はないの〜〜!?
焦ってオロオロしてしまう。
イシュメは何か吹っ切れたのか、嫌に落ち着いて二つに折れた剣を敵に向かって構えている。
もしかして、その折れたやつで戦う気?
そう聞いてみたいけど、言葉は相変わらず通じない訳で。思い悩んでいた私は、ふとある事に気付いた。
・・・あ。そうだ!! これがあった!
これとは私がちょっと前に鞄から取り出し、隠しておいた小刀だ。刀身15センチ余りの、美術の時間に使っていた工作用の道具なんだが、二つに折れた剣よりは役に立つはずだ。

「イシュメ! これ使って!」
私はイシュメの手から青銅製の剣を取り上げ、鞘から抜いた小刀をかわりに押し付ける。驚く表情のイシュメに応戦するリアクションを見せ、前方を指差す。さっき過ぎ去って行ったはずの戦車が、あっという間に戻って来たのだ。
イシュメもはっとして、前方を向き戦う姿勢を見せる。
私はそんなイシュメに背を向けると、戦車と馬に近寄った。馬達は興奮していたが、私に向かって襲いかかって来る事もなく、至って従順だった。
「よ〜し、よし。いい子だね」
そんな声をかけながら、横倒しの戦車を起こす事が可能かどうかためしてみる。だけど戦車って意外に重くて、車輪ですら私の腰迄ぐらいの直径があるんだよ。だから私じゃ全然持ち上がらなくて、結構頑張ってみたんだけど・・・。
「ゼイゼイ。ハア、ハア。だ、駄目だ」
起こせな〜い!!
こうなるのは必然って訳で・・・。私は戦車を起こすのを諦め、他の方法を考えてみる事にした。

戦う事は私には難しいけど、イシュメをサポートするぐらいなら出来るはずだ。力はなくっても、知恵は誰にでもある。イシュメが殺されたら、私だって殺されちゃうだろう。見逃してもらえるとは到底思えない!!
ここは何が何でも、イシュメに勝ってもらわなくちゃ。・・・あれ? あ、そうか。別に勝たなくてもいいんだ。とりあえず無事に、ここから逃げられればいいんだし。
「何だ。じゃあ簡単だよね。要するにここから逃げちゃえばいいんだから!」
自分の中でそう結論が出れば、やる事はたった一つしかない。やる事、正確には私にできる事は、それしかなかったって言うのが正しいんだけどね。幸いにもここには、無傷の馬がいるんだし。利用しない手はないよね。
私は急いで戦車、台車と馬の連結を外しにかかった。
何もわざわざ戦車に乗らなくても、騎馬にすればいいんじゃない! そうすれば重い台車もないんだし、簡単に逃げられるわよ。
思い込みと言われればそれまでだが、その時の私には凄くいい案に思えたのだ。


□□□□


カグラに渡された小さな剣を見て、更に血の気が引く。
「カ、カグラ・・・」
この小ささは何だ!? 手の平サイズの武器でどう戦えというんだ〜〜!! これならさっきの折れた青銅の剣の方が遥かにマシだ!
あまりの小ささ、リーチのなさに戸惑いよりも、落胆が訪れる。勝機はぐんぐん減って今では1%もないだろう。・・・こうなれば、もう自棄だ。
勝ち目はなくっても、やるだけの事はやる! カグラをこんな所で、巻き添えで死なせる訳にはいかない・・・。
覚悟を決め、向かって来るマリ軍の戦車に向かう。ガラガラと音を発て、戦車は突っ込んで来た。土煙があがり、下手に吸い込むと咽せそうなぐらい近寄って来る。薄暗い月明かりの中、マリの兵士の持つ剣の鈍い光がくっきりと見えた。

スローモーションの様に、はっきりと兵士のとる動きが見える。剣を振りかぶり、力一杯振り降ろす。
ブウウンン。
空気の擦れる音迄がはっきり耳に聞こえて来る。長さが極端に短いこの剣では、まともに打ち合う事は出来ない。受け流すのが精一杯だ。
カグラから手渡された剣の切っ先を、敵兵の刃に接触させ背後に流す。途端に腕が痺れて、ジンと重い感覚が伝わって来た。
何だ・・・。この感じ?
不思議に思って敵兵を見ると、過ぎ去って行くマリの兵士は驚愕の表情を浮かべていた。その手に持つ青銅の剣は見事に刃がボロボロと欠けている。
「まさか今の接触で欠けたのか?」
その想像が間違っているとは思えない。先程迄はマリ軍の兵士の剣は、刃など欠けていなかったのだ!
「この剣のせいか?」
何の変哲もない小さな剣。カグラが持っていた剣。
「これは何なのだ? 普通の剣ではないのか?」
呆然と手の中の小さな剣を見つめる。言い知れぬ興奮が全身を襲った。ドキドキと心臓が高鳴る。
・・・まさかこれは・・・。鉄製?
黄金よりも遥かに高価で、この近辺では製造不可能な代物・・・。我が父だとて手に入れてはいない。遥か西方の、ある部族だけが造れるとされる最強の剣。
まさかこれがそうなのか!?
では、カグラはその部族の娘なのか?
幾つもの疑問が浮かんでは消え、また浮かんでくる。頭が混乱しそうだった。

「イシュメ〜!」
名を呼ばれはっと振り返ると、裸馬に乗ったカグラが片手を差し出していた。カグラ自身、馬に乗れているとはいえず、どちらかと言うと鬣(たてがみ)を掴み、しがみついているという方が適切なのだが・・・。
そんな様のカグラが必死に私の名を呼ぶ。
「イシュメ! ****!!」
後ろ半分は聞き取れないが、言いたい事は理解出来る。こちらに向かって走って来る馬に、つまりカグラの乗る馬に飛び乗れと言いたいのだろう。
カグラ・・・。君って意外に無茶な子だな。


□□□□


とりあえず、タイミングも何もあったもんじゃなくて。馬から落ちない様にしているのが、精一杯だったけど、イシュメに向かって手を伸ばす。馬って意外に背丈があって、結構恐いんだよ。
物凄いスピードで走っているから、イシュメを拾い上げる機会は一度だけだ。上手くいくかどうかわからなかったけれど、そこは・・・イシュメの運動神経に賭けよう。
え〜ん。だって私って非力だし、運動神経ないんだよ〜。
「イシュメ! 掴まって!!」
手を伸ばしながら叫ぶ。イシュメも意図を理解してくれたらしく、私を見てにこっと笑った。
あの〜。イシュメ、笑っている場合じゃないでしょう〜。
私の不安をよそに、イシュメはきっちりタイミングを合わせると、手を掴み勢い良く飛び乗って来た。

わあお! やれば出来るじゃない!
「やるね〜。イシュメ!」
何だか嬉しくなって、そう声をかけた。イシュメは無言で私の胴を掴み落ちない様にした後、馬の首をさすると、走る方向を変える。
え? どこに行くの?
不思議がる私をよそに、私達の乗った馬は、乱戦模様の戦場のまっただ中に突っ込んで行った。
「ええ!? 何で、ど〜して〜!?」
突っ込んでどうするのよ〜!
私の悲鳴をよそに、イシュメは無謀にも、一段と守りの堅い、はっきりいえば一番防御の厚い部分に向かって突入する。私達の乗った馬は、徒の兵士達を無理矢理押し退け、戦車の群れの混乱の中をすり抜ける。
「***!」
イシュメが何かを叫んだ。
どうやらイシュメは、一番派手な服装をした男の人を狙っているらしい。おじさんと呼べる年齢の男の人は、剣をスラリと抜いて、こっちを見ると真剣な表情で構えた。

「ま、まさか、イシュメ・・・」
このままやり合う気〜!?
恐くなって目を瞑る。剣の掠れる音と、何かが切れる鈍い音がした。ぐちゃっていう、潰れるっていうか、壊れるっていうか・・・。ともかく心臓に悪い音だった。
恐る恐る目を開いてみる。ポタポタと何かが流れ落ちていて、お馴染みの匂いがした。
ここではお馴染みの血の匂い。
「血だ」
呟きイシュメを見る。イシュメの肩口から、夜目にもじわっと何かが滲んでいるのがわかった。流れ落ちていたのはイシュメの血で・・・。
「何やってるのよ! 血が出てるじゃないの!」
こんな無茶な事をするからだよ! そう怒鳴りたかったんだけど、イシュメは背後の光景にニヤリと笑っていて、怪我の事なんか全然問題にもしていなかった。

イシュメ? 何を笑っているの?
不審に思って背後、イシュメ達の敵の方を見ると、さっきのおじさんが倒れていた。周囲の兵士達がおじさんに駆け寄っているが、全然動く気配も見えない。
「・・・これって、よもや・・・」
イシュメの怪我も忘れて一気に気が遠くなる。
さっき迄生きていた人が、今はもう動かない。これは夢じゃなくて、幻じゃなくて。現実だ。イシュメが殺したんだ。
そう理解すると、すっと血の気が引いてくる。貧血なんて、今迄起こした事もないけれど、この状況は私にはきつ過ぎる。
生まれて初めて私は貧血を起こした。目の前の景色がぐるぐる回って遠くなる。


□□□□


「イシュメ様。御活躍でしたな。マリ軍の将軍を討ち取りなさったとか」
落ち着きを取り戻した戦場で、逃げるマリの兵士達を追うエカラトゥム軍を見送っていると、ナンムが戦車を寄せて来た。
「ナンム」
「戦車は?」
聞かれ苦笑でもって応える。
「ああ、破損されましたか。しかし、まさか騎馬で戦われるとは思いもよりませんでしたぞ」
「それは私もだ。最初に馬を連れて来たのはカグラだがね」
腕の中で、何時の間にか気絶してしまったカグラをそっと伺う。
振り回し過ぎて気絶してしまったか?

「その手に持つ剣は一体どうされたのですか? 敵の剣がことごとく刃こぼれを起こしていましたが」
「見ていたのか?」
「しっかりとこの目で」
ナンムは笑いつつも、真剣な顔つきで気絶しているカグラと私を見比べる。
「これはカグラが持っていたものだ」
「カグラ様が?」
「ああ。折れた私の剣のかわりに、カグラが貸してくれたものだ。恐らく鉄製だろう」
これだけボキボキと青銅の剣を刃こぼれさせる物は、他には考えられない。これ一つで国中の富を買い漁る事が出来る、とても貴重で高価な代物に違いなかった。

「鉄ですと!?」
ナンムは叫び、呆然と佇む。まさかこんな所で、鉄の剣と対面するとは思わなかったに違いない。
それはそうだろう。鉄の剣はまだこの世界、オリエントには広まっていない。ごく一部の王のみが持つ事が出来るものなのだ。それも莫大な富と交換して。
「イシュメ様の予兆はこれでしたか・・・」
ナンムの言うように私の感じた予感が、これだったのかどうかはわからないが、カグラに命を救われた事は確かだ。カグラがいなければ、死んでいたかも知れない。
「カグラ様はまさしく、イナンナの娘でしたな」
ナンムの声音には畏敬すら漂っている。それは私も同じだった。

私はカグラに引き合わせてくれたイナンナ女神に、感謝の意志を捧げた。
この度のマリ軍との戦争は、我が父シャムシ・アダドの勝利で終わった・・・。


□□□□


何だかクラクラとする頭を振りつつ目を開けると、イシュメの顔が目と鼻の先にあった。
周囲はいつもの良く見知った、ここ数日私が過ごしていた部屋で、どうやら何時の間にか帰って来たらしい。気絶している間に運ばれたんだろうな。うう、ちょっと情けない。
反省していると長椅子に寝転がったまま、イシュメが手をのばして私の髪を弄くってくる。
「イシュメ?」
呼び掛けるとにこっと笑って私を見る。どうやら悪戯をしているつもりはないらしい。
イシュメの肩の怪我は、とっくに手当てが終わり、幾重にも布が巻いてあった。
つんと薬の苦い香りが鼻をつく。どうやら大量の薬草を使用しているらしい。
「怪我大丈夫?」
そっと傷に触れるとイシュメが痛そうに顔を歪めたので、慌てて手を引く。
「あ、ごめん。まだ痛いよね」
慌てて謝ると、イシュメは苦笑を浮かべた。

かなりの時間が経過したと思ったけれど、実はそんなに進んでいなかったらしい。だってまだ夜だもの。
戦いの興奮からか、ざわめきが街中に満ちていて、いまだに消えない。街中に篝火が焚かれていて、宴会をしている気配もする。歌って笑う人の声が聞こえてきた。
この騒ぎ方からすると、どうやらイシュメ達は勝利したらしい。笑っていいのか、泣いていいのか私にはわからない。
でも頭から消えない光景がある。動かなくて、倒れたままだったおじさんの光景。イシュメが私の美術用の小刀を使って、人を切り殺した情景。
ただの道具が、人を殺す物に変わった瞬間だった。戦わなければ私達が死んでいた。多分それは事実で・・・。あれは間違いなく戦争だった。この国とどこかの私の知らない国との戦争。沢山の人が殺しあっていた。
私もその中にいた。イシュメが何を思って私を連れて行ったのかわからないけど、私はそこにいた。居てしまった。
ここに来る前の私ならまず絶対に見ないものを、聞かない声を、感じない匂いを嗅いでしまった。戦争を観てしまった。
湾岸戦争なんかじゃない、映画でもない現実の光景を・・・。

「カグラ」
優しい声で私を呼んで、イシュメが夜空を指差す。
「何?」
何だろうと思って中庭から見える、夜空を見上げる。中庭の綺麗に手入れをされた木々の遥か頭上、満天の星空の中に幾つもの星が流れた。
星々は幾重にも重なり、一斉に尾を引いて流れて行く。それは今迄に見たこともない程の素晴らしい、天体の一大パノラマショーだった。
「凄い。これって流星群だ!」
思わず見愡れ、見入ってしまう。そのままじっと天を見つめ動かない私の側に、いつの間にかイシュメが胡座をかき、座って同じように星々を眺めていた。その横顔は何を考えているのか、全然伺い知れない。
でもイシュメが、決して冷たい人間じゃない事を私は知っている。いや、どちらかというと凄く優しい人だ。右も左もわからない私を助けてくれた。ここに居てもいいと、態度で示してくれた。
言葉の通じない、異国人の私に優しくしてくれた。
だからなんだろう。イシュメが誰かを傷付けたのが、余計にショックなのは・・・。

私は飽きもせず、流星の織りなす天体ショーに見入る。何もかも夢にしてしまいたかった。さっさと忘れたかった。でも、私はちゃんと覚えている。多分きっと忘れる事は出来ないだろう。
頭上を流れて行く流星が、先の戦いで失われた命の輝きにも思え、私は少しばかり切なくなった。
流れて行く星達が、何かを必死に伝えようとしているように感じる。綺麗でとても美しい流星雨。でもなぜか涙が溢れてくる。
きっと私の心はパンクしてしまったのだ。一気に色々な事があったから・・・。
流星はそんな私を慰めるかの様に、何時間も降り続けた。イシュメが私の髪を優しく梳いてくれる。その手はとても暖かかった。


□□□□


こうして、私の最初の戦いは幕を閉じたのだった。

ここが私の知らない世界で、知らない時代だと気付いたのは、それから優に一年はたった後だった。
どうしてだかわからないが、私は過去に流されてしまったようで、俗にいうタイムスリップにあってしまったのだ。
激動の世界に取り残された私には、この先色々と冒険があるのだが、まあ、それは別の機会に語る事にしよう。
今日の物語はこれで・・・・・・お終い。



要するに青銅より鉄が強い。・・・これをやりたかっただけ。流星が付け足しみたいになってるし。(i_i) 一応野辺送りじゃないけど、失った命の象徴に・・・。して。続きは・・・御想像にお任せします。リクエストがあったら、書くかも。

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