ダークウィザードの伝説
 プロローグ
作:MIHO

ーーある日突然、わたしは眠ったまま目を覚まさなかったーー

落ちるっ!

そう認識したのが落ちる前だったのか、それとも落ちてからだったのか。そこのところは良くわからないし、それにそんなことはどうでもいい。
それよりも 問題は、
「一体全体何だってこうゆうことになってるのよっっ!!」
思わず叫んだ言葉に答える声は当然なく、ただ空しく消えていくのみ。
ここはどこ?わたしはだれ?何が何だか訳わかんない。思わずパニックになり かけたけど、まだこのときのわたしには、考えるだけの余裕があった。

とりあえず、簡単なことから片付けていこう。わたしは誰?というのは、すぐ にわかる。記憶喪失になんてなっていないもの。
そう。わたしの名前は、プリンセス。プリンセス=ニムロッド。皆からはプリ スと呼ばれている。一月二十日生まれの山羊座のB型。十五歳。うん。大丈夫。 ちゃんと覚えてるわ。
さて。じゃあ次に現在の状況は、と。右を見て、左を見て、上を見て、あんま し見たくはないんだけど、下を見ても、視えるものは、しろ、シロ、白。白ばあ ーっか。
たぶん、雲かなんかなんだろうけど、360度どこを見ても同じ。それ は遙彼方まで続いていて、延々眺めていたところで変わりもなさそうなので、と りあえず、“現在の状況”の確認はあっちの方の棚に上げておくことにした。 次に考えたのが、一体然体どうしてこういう状況になったかということ。

わたし、今日何してたんだっけ?

今日は確か、創立記念日で学校は休みだったのよね。そうよ。だからどこかに 出掛けようかとも思ったんだけど、外は生憎の雨模様。仕方ないから、アニーに 借りた小説を読もうと思ったんだ。
遙か過去に引き裂かれた恋人達が、現代に転 生して再び巡り合い愛し合う、と言うロマンチックストーリー。って、小説の内 容はこの際関係ないか。

えぇと、とにかく、それをベッドに寝転がって読んでたんだけど、途中でうと うとときて、寝ちゃったんじゃないかしら。
ポン。と手を打って納得。なぁぁんだ。そう言う事か。わたしってば、寝ちゃ ってる訳?
と、いうことは、これって、つまり、夢ってことね。
何だ。結局、夢オチって訳か。我ながらくだらないオチだなぁ、とも思ったん だけど、まぁ、この際そんなことはどうでもいい。そうよ、夢オチだろうがなん だろうが、この状況の解決策が見つかったんだから。
つまりは、こういうことよ。わたしは今、夢を見ているんだから、ようする に、 起きればいい。そうすれば、必然的に夢から覚めるとゆう訳。なんて冴てるの。 思わず自画自賛してしまう。
さて、では、起きよう。うん。夢の世界よサラバ。

..........したつもりなんだけど。
あれ?何で?何で起きない訳?夢から覚めない訳?
どぉぉぉぉしてっぇぇっっ!?
確かに起きたはずなのに。それなのに状況に変化がないということは、つまり は、こういうことなんだろう。要するに、眠ってなんていなかったってこと。
だから当然、夢なんか見ているはずもない。ずっと起きていた訳なんだもの。
そりゃね、ちょっとは変だな、とは思ったわよ。周りを流れる風の音も、その 身を切るような冷たさは、夢にしては、妙にリアリティに溢れてるな。とも。
頭の片隅では、それを理解してはいたんだろうけど、感情が、それを否定した んだと思う。だって、こんな訳わかんない状況、ちょっと納得出来ないもの。
他人(ひと)はそれを、現実逃避と呼ぶかもしれないけど。

はぅぅぅっ。溜息。

 さて、現実に立ち戻ったところで、落ち着いて、考えよう。現実逃避したとこ ろで、現状が改善される訳でもないもんね。
けど、いったい何ができるっていうんだろう。この状況で。
翼を持つ鳥でもなければ、超能力者でもない、自分で飛ぶことの出来ないわた しは、この状況に身を任せるしかない。
ひたすら落ち続ける、というこの状況に。

あれ?今、何か頭に引っかかった。そう、わたしは今“落ち続ける”と言っ た。 現在進行形で。そう、続くということは、当然、終わりがある訳で、この場合の 終 わりは、つまりその内、どっかにブチ当たるってことじゃないのっ!!
あんまし詳しいことはわかんないけど、とにかく、とんでもなく高い所から落 ちてる気がするから、もし、そうなれば、かなりの確率で、あの世行きってこと になる。

「じょ、じょうだんじゃあないわよっっっ!!」

な、何だって、こんな若いみそらで、あの世への片道キップを手にしなきゃな んないのよっっっっ!!
絶叫、再び。
わたしはようやく、ことの重大さに気付いた。そう、何で今まで気付かなかっ たんだろう?こんな単純なことに。
もしかしたら、無意識にそれを避けていたの かもしれない。そうよね。普通、自分が死ぬ可能性を意識的に考えたりしないも んね。と、それはともかく、かなり、やばい状況じゃないの。
落下速度を少しでも緩めようと、わしゃわしゃ、平泳ぎ、クロールをしてみた けど、むろん、そんなことぐらいで、そのスピードが落ちる訳もなく、さらに落 ち続けるだけだった。

ああもうどうしようどうしたらいいんだろう、だれかなんとかして。いやよいや、こ んなとこでしぬのなんていやっ!!

そうよ。こんなとこで死んじゃったら、晩御飯食べられなくなるじゃない。今 日のメニューは、ママのお手製のクリームシチュー。
ママの作るのはすっごくお いしいんだから。ちゃんとホワイトソースから作るのがポイント。それに、デザ ートはわたしの大好きな焼プリンだって言ってた。すっごく楽しみにしてたの、 まだ、食べてないのに。
あっ、それにアニーに借りた小説も、まだ途中までしか読んでないし、セシル に借りたゲームのソフトも、まだオープニングしか見てないのに。
他にもいろいろ、やりたいこといっぱいあるのよ!

それに、何よりも、初恋だってまだなのよっっっっ!

何となく、いいかなって思った男の子もいたんだけど、いまいち、ピンと来る ものがなっくて、結局、付き合うのはおろか、告白さえしていない。
アニーやセ シルは、理想が高いとか夢見すぎだとか、色々言うけど、でもね、まだまだ若い んだもの。
ちょっとぐらい、小説みたいなロマンスに憧れたっていいじゃない。 それなのに、それなのに。うううっっ。

神様、プリスはそんなに悪い子ですか?十五になったばかりで、死ななくちゃ ならない程、悪い子なんでしょうか。神様に怒られなきゃいけない程、悪い事な んてしてないはずなのに。

うるうる。半分涙目になりながら、反省しなければならないことなんてあった かしら、と、思い返してみる。
やっぱ、あれ?掃除の時、理事長先生の銅像のひげ折っちゃたのを、誰も見て いないのをいいことに、瞬間接着剤でくっつけてごまかしたこととか。
それとも、ランメルのおじさんがズラだってのをばらしたのが、いけなかった の?
だってね、だってね、ランメルさんって、すっごく意地悪な人なのよ。私だ けじゃなくって、他にもたくさんその被害に遭ってる人もいるのよ。
だから、ち ょっとぐらい、ささやかな仕返しをしたっていいと思ったんだもの、あのとき は。

...。

ああ、神様。ごめんなさい。プリスは悪い子です。謝ります。
神様だけじゃな くて、理事長先生にも、ランメルさんにも、他にも思い当たる人にも、みんなに 謝ります。これからは、ちゃんといいこになりますから、お願いします。

だいたい、乙女のピンチには金髪美形の王子様が助けに来るって、相場は決ま ってるのにいったいどうなってんのよ。
いや、この際黒髪でも美形でなくても構 わない。贅沢はいいませんから。
あっ、でも二目と見れない不細工は嫌かも。っ て、そういうこと言ってる場合じゃない。
へるぷみい、ああもう、誰か、助けて!!神様仏様、この際地獄の閻魔様だっ て構わないから、誰かどうにかしてよ。
いや、もう、自分でも何を言ってんだか、何を考えてんだか、訳わかんない。 今度こそ正真証明のパニックパニックの大パニック。
もし、この時のわたしを誰かが見ていたとしたら、かなり、やばいんじゃない かいこのねえちゃん。と思ったことだろう、たぶん。

まあ、それはさておき、結論からいうと、わたしは、あの世への片道キップを 手にはしたんだけれど、結局、その直通列車には乗ることはなく、どうにかこう にか、こっちの世界に留まることができたのだ。
よくよく考えてみると、こっちの世界と言うのは微妙に語弊があったりする。 とにもかくにも、差し伸べられたのだ。救いの御手は。
しかしそれはわたしの 望みとは大きくかけ離れていたけりするんだけど...。



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