では、実際に用例を見ていく。
「万葉集」からは21例あった。

表記は、
「和多都美」(3597・3605・3614・3627・3663・3694・4122)
「海若」(327・388・1740・1784・3079・3080)
「海神」(1301・1302・1303・3791)
「渡津海」(15)
「和多都民」(4220)
「綿津海」(366)
「方便海」(1216)
となっている。(数字は歌番号)



渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比紗之 今夜乃月夜 清明己曽 (1・一五)
大海原の 豊旗雲に 入日がさしている 今夜の月は さわやかであってほしい

海若之 奥津玉藻乃 靡将寐 早来座君 待者苦毛 (12・三〇七九)
大海原の沖の玉藻のようにたなびいて寝ましょう。すぐいらしてください、これ以上待てば苦しくなります。

海若之 奥尓生有 縄乗乃 名者曽不告 戀者雖死 (12・三〇八〇)
大海原の沖に生えている縄のりのあなたの名は告りますまい 恋い死ぬことがあっても

和多都美乃 宇美尓伊弖多流 思可麻河泊 多延無日尓許曽 安我故非夜麻米 
わたつみの海に注いでいる飾磨川が絶えでもしたらわたしの恋も止むだろうが (15・三五九七)

和多都美能 於伎津之良奈美 多知久良思 安麻乎等女等母 思麻我久流 見由
海原の沖の白波が立ってきたらしい 海人おとめたちの船が島に漕ぎ隠れている (15・三六〇五)

和多都美能 於伎都奈波能里 久流等伎登 伊毛我麻都良牟 月者倍尓都追  (15・三六六三)
海原の底のなわのりを繰るーその来る頃だと妻が待っていることであろう、その月は過ぎていく

・・・禁尾迹女蚊 髣髴聞而 我丹所来為 水縹 絹帶尾 引帶成 韓帶丹取為
 海神之 殿盖丹 飛翔 為軽如来 腰細丹 取餝氷 真十鏡 取雙懸而 己蚊 果還氷見乍
春避而 野邊尾廻者 面白見 我矣思經蚊 狭野津鳥・・・
→・・・行かないでと留める娘子が、小耳に聞いてわたしにくれた、淡藍色の絹の帯を、小帯みたいに韓帯に取り付けて 海神の宮殿の屋根を飛びかけるすがるのような細い腰につけて飾り、鏡を並べて掛けては自分の顔を惚れ惚れ眺め 春になって野辺をさまよえば風流だと私を思ってか雉までも・・・ (16・三七九一)
<海神の宮殿――幻想性?>

<海の神と玉>
・・・海路尓出而 阿倍寸管 我榜行者 大夫乃 手結我浦尓
 海未通女 塩焼炎 草枕 客之有者 獨為而 見知師無美 綿津海
 手二巻四而有 珠手次 懸而之努櫃 日本嶋根乎  (3・三六六)
→・・・海に乗り出しあえぎあえぎ我々が漕いでいくと、(ますらをの)手結の浦で海女おとめが塩を焼いている煙が見える。
 (草枕)旅先であるため一人では見る甲斐がなく、海の神が手に巻きつけていらっしゃる(玉だすき)心にかけて偲んだ、大和の方を。

海神 手纒持在 玉故 石浦廻 潜為鴨 (7・一三〇一)
海神が手に巻き持っている玉のために 磯の浦辺で難儀して水に潜ることだ
<海神の〜玉→ここは親の秘蔵する娘または人妻などのたとえであろう>

海神 持在白玉 見欲 千遍告 潜為海子 (7・一三〇二)
海神の秘蔵の真珠を見ようと思って 幾度も唱え言をした 水に潜る海人は

潜為 海子雖告 海神 心不得 所見不云 (7・一三〇三)
→水に潜る海人は唱え言をしても海神の許しを得ていないので真珠が見えるわけない
<1301〜1303・・・親の大事に守っている娘に言い寄る男の歌。>

可敝流散尓 伊母尓見勢武尓 和多都美乃 於伎都白玉 比利比弖由賀奈 (15・三六一四)
→帰りがけに妻に見せるために大海の沖の白玉を拾っていこう

・・・左欲布氣弖 由久敝乎之良尓 安我己許呂 安可志能宇良尓 布祢等米弖
 宇伎祢乎詞都追 和多都美能 於枳敝乎見礼婆 伊射理須流 安麻能乎等女波
 小船乗 都良々尓宇家里 (中略) 和多都美能 多麻伎能多麻乎 伊敝都刀尓
 伊毛尓也良牟等 比里比登里 素弖尓波伊礼弖 可敝之也流 都可比奈家礼婆
 毛弖礼杼毛 之留思乎奈美等 麻多於伎都流可毛 (15・三六二七)
→・・・夜がふけて方角も分からないので(我が心)明石の浦に船を泊めて浮き寝しながら海原の沖辺を見ると、いさり火で魚を捕る海人おとめたちは小船に乗り並んで浮かんでいる。
(中略)せめて海神の腕輪の玉をお土産に妻にやろうと拾いとり袖に入れたが、届けてやる使いが居ないので、持っていても仕方がないとまた元通りに置いた。
<海神の手巻きの玉―玉ノ浦という地名からその海浜の貝玉を珍貴としてこのようにいったのだろう>

和多都民能 可味能美許等乃 美久之宜尓 多久波比於伎 
 伊都久等布 多麻尓末佐里 於毛敝里之 安我故尓波安礼騰
 宇都世美乃 与能許等和利等 麻須良乎能 比伎能麻尓麻仁
 之奈謝可流 古之地乎左之 波布都多能 和可礼尓之欲理 於吉都奈美
 等乎牟麻欲妣伎 於保夫祢能 由久良々々々耳 於毛可宜尓 毛得奈民延都々
 可久古非婆 意伊豆久安我未 氣太志安倍牟可母 (19・四二二〇)

わたつみの海の神が玉櫛笥にしまって置いて大切にするという真珠も、増して大事に思っていた我が子ではあるが、世の中の一般の習いとてますらおの招きに応じて(しなざかる)越路をさして(延ふつたの)別れた日から(沖つ波)たおやかなそなたの眉が(大船の)ちらちらと面影にむやみに見えて、こんなに恋い慕っていたら、年老いてきた私の体はもしや保たないのではなかろうか。

<海の神>
海若者 霊寸物香 淡路嶋 中尓立置而 白浪乎 伊与尓廻之
 座待月 開乃門従者 暮去者 塩乎令満 明去者 塩乎令于 塩左為能 浪乎恐美・・・ (3・三八八)
海の神は不可思議な神だ。淡路島を真中に据え、白波で四国を包囲し、
(居待月)明石の瀬戸からは夕方になると潮水を満たし明け方になると引き潮にする・・・
<古代人に潮の満ひきという観念・知識がすでにあったことを示している>

塩満者 如何将為跡香 方便海之 神我手渡 海部未通女等 (7・一二一六)
→潮が満ちたらどうする気だろうか、大海の神のいる海峡を渡る海女おとめらは
<大海の神―恐怖>

海若之 何神乎 齊祈者歟 徃方毛来方毛 船之早兼 (9・一七八四)
海神のどの神様にお祈りしたら行きも帰りもお船が早いだろうか
<遣唐使に贈った歌>

和多都美能 可之故伎美知乎 也須家口母 奈久奈夜美伎弖 伊麻太尓母
毛奈久由可牟登 由吉能安末能 保都手乃宇良敝乎 可多夜伎弖 由加武等 
須流尓 伊米能其等 美知能蘇良治尓 和可礼須流伎美  (15・三六九四)
→海原の恐ろしい道を楽なこともなく苦労してきて、せめてこれからは無事に行こうと願って、壱岐の海人の老練な卜部に成否を占わせて行こうと思っていたのに、夢のようにはかなく旅路の空でお別れする君よ。
<海が恐ろしいのか、海にいる神が恐ろしいのか・・・?>

・・・安米布良受 日能可左奈礼婆 宇恵之田毛 麻吉之波多氣毛 安佐其登尓
之保美可礼由苦 曽乎見礼婆 許己呂乎伊多美 弥騰里兒能 知許布我其登久
安麻都美豆 安布藝弖曽麻都 安之比奇能 夜麻能多乎理尓 許能見油流 安麻能之良久母
和多都美能 於枳都美夜敝尓 多知和多里 等能具毛利安比弖 安米母多麻波祢
  (18・四一二二)
→・・・雨が降らず日が重なったので、植えた田も蒔いた畑も朝ごとに萎み枯れていく。
それを見ると心が痛み、赤ん坊の乳をせがむように、天の水を仰いで待っている。
(あしひきの)山の鞍部に見えるこの天の白雲が海神の沖の宮辺まで立ち渡り、空かき曇って雨を降らせてください。
<海神の沖つ宮辺―海神が天候晴雨の調節をつかさどるものとする考えによる。古事記の山幸海幸の話にも見られる>

<生死>
海若之 奥尓持行而 雖放 宇礼牟曽此之 将死還生 (1・三二七)
海原の沖に持っていって放したとしてもどうしてこれが生き返ろうか。
<よみがえりなむーヨミガエルはヨミ(黄泉)からこの世に帰ること。蘇生する意。>

・・・水江之 浦嶋兒之 堅魚釣 鯛釣矜 及七日 家尓毛不来而 海界乎
過而榜行尓 海若 神之女尓 邂尓 伊許藝□ 相誂良比 言成之賀婆
加吉結 常代尓至 海若 神之宮乃 内隔之 細有殿尓 携 二人入居而 耆不為
死不為而 永世尓 有家留物乎 世間之 (中略) 常世邊 復變来而 如今
将相跡奈良婆 此篋 開勿勤常 曽己良久尓 (中略) 玉篋 小披尓 白雲之
自箱出而 常世邊 棚引去者 立走 □袖振 反側 足受利四管 頓 情消失奴 若有之 皮毛皺奴 ・・・

→水江の浦島子がかつおを釣り鯛を釣って調子に乗り、七日経っても家にも帰ってこずに、
海の果てを越えて漕いで行くうちに、海神の神の娘に偶然に漕いで行き逢い、
求婚して意気投合したので契 りを結び常世の国に至り、海神の神の宮殿の内陣の霊妙な御殿に
手を取り合って二人で入ったま ま老いもせず死ぬこともなく永遠に生きていられたのに
(中略) 「常世の国にまた帰ってきて今の ように逢おうとお思いでしたらこの玉手箱を開かないで下さい決して」とあれほどにも固く誓っ たことだのに (中略) その美しい箱を少し開くと白雲が箱から出て常世のほうへたなびいていっ たので、
飛び上がり叫び袖を振り転げまわり地団太を踏みつづけたちまちのうちに失神してしまっ た・・・
<海界(うなさか)―海の界域。想像による、現世と常世との境界線。 
 常世―不老不死の超現実世界。ここは海神の宮をいう。>





次に、「古事記」に出てくる「わたつみ」の用例を見よう。
「古事記」に出てくる「わたつみ」は、神の名前としてしか使われていない。
そこで全部はあげず、一部をあげてみたいと思う。



伊耶那岐命の禊秡
次於水底滌時、所成神名、底津綿津見神、次底筒之男命。
次於中滌時、所成神名、中津綿津見神、次中筒之男命。
次於上滌時、所成神名、上津綿津見神次上筒之男命。
此三柱綿津見神者、阿曇連等之祖神伊都久神也。
故阿曇連等者、其綿津見神之子、宇都志日金析命之子孫也。

→次に水の底にもぐって身を洗い清められるときに生まれた神の名は、
海をつかさどる底津綿津見神と、航路をつかさどる底筒之男命である。
次に水の中で身を洗い清められるときに生まれた神の名は、中津綿津見神と中筒之男命である。
次に水の表に出て身を洗い清められるときに生まれた神の名は、上津綿津見神と上筒之男命である。
この三柱の綿津見神は、安曇連たちが祖神として斎み謹んでお仕えする神である。
というわけは、安曇連たちは、彼らのお仕えする綿津見神の子の宇都志日金析命の子孫だからである。


如魚鱗所造之宮室、其綿津見神之宮者也。
→魚のうろこのように、棟を並べて造った御殿がありますが、それが綿津見神の宮殿ですぞ。 (上・海宮訪問)
<火遠理命(山幸)が兄の火照命(海幸)の釣針を海の中になくしてしまい、もとの針を返せと言われ、海辺で泣き悲しんでいつ時に塩椎神がこうアドバイスをした、というシーン。>
綿津見神の宮殿=常世(=龍宮・万葉集)
 同じ「古事記」にこういうシーンがある。「御毛沼命は波頭を踏んで常世国にお渡りになり、稲水命は亡き母の国として海神の宮のある海原にお入りになった」>


是以海神悉召集海之大小魚問曰、
→この話を聞いた海の神は、海の大小さまざまの魚を全て召集して

是以備如海神之教言、与其鉤。
→手落ちなく海の神が教えた言葉のとおりにして、その釣り針を兄にお返しになった。 (上・火照命の服従)
<事情を聞いた海神は、釣針を見つけ、兄に返す時唱えごとをすること、火遠理命にアドバイス。
そして塩盈珠(しほみつたま)と塩乾珠(しおふろたま)を与える。
塩盈珠には潮を満たす呪力を、塩乾珠には潮を干かせる呪力を持っている→水を支配している>




続く