1 いつもの授業風景
「おい、及川。ちゃんと人の話、聞いとるのか?」
数学の都築があからさまに嫌そうな表情でオレに言った。
窓の外に向けていた視線を教室に戻す。
「ええ、もちろんですよ」
そう応えて、都築を下目づかいでちらっと見る。
教室のなかは一瞬沈黙につつまれる。
みんな、また何か起こるんじゃないかと期待に満ちた目でオレ達
をみつめる。
オレはこの緊張感と、みんなが期待をするような、この雰囲気が
大好きだ。
みんな飢えているのだ。生活のハリというものに。
いつでも教科書を見ているおもしろくない奴らだって{またか}
というような反応をしているが、しかしどこかで期待しているフシがある。
結局みんな、何か空しいものを感じているんだ。
今、自分は一体何をしているのだろう。
先生が言う言葉を半分聞 き流しながらノートを必死にとる。そんなつまらない毎日が音もなく通りすぎていく。何かを変えたい、と願っている。
もちろんオレもいつもそう思っている。
「ふん」
都築は憎々しげにオレを見た後、さてこの三角形ABCにメネラ
ウスの定理を適用して・・・と説明をしはじめた。
どうやら彼はオレのような生徒は苦手らしい。
何を考えているかわからない、扱いにくい・・・といったところか。
そして、オレの批判する様な、軽蔑している様な、かすかな視線
を肌にかんじとっているのか。
センセイ・・・DE:EFイコール3:1なんてこといつ役に立
つんですか。受験のときですか。
受験のときだけに役に立つ、そん な定理、オレは知りたくはない。
もっと大事なこと、あるんじゃないですか。
再び窓の外を見る。
あ、あの家だけ布団が乾してある。雨が降りはじめたというのに
・・・
きっとどこか出掛けちゃったんだな。午前中はあんなに晴れていたから。
あ、あの女の子、嬉しそうに真っ赤な傘をまわしてる。きっと新
しく買ってもらったんだろうなぁ。
お母さんも困ったような顔をし て、でもやっぱり嬉しそうにしてる。いきいきしてるなぁ・・・
オレらは今、一体何をしているのだろう・・・