Happy Star



神様、今夜は眠れそうにありません―――



その電話が鳴ったのは、窓を開けた時だった。

未央は疲れた足取りで、物音のしない家のドアに手をかけた。

半ば無意識のうちに荷物を所定の位置に置き、窓を開けると、無人だった部屋のむっとした空気が外に流れ出し、代わりに幾分涼しい風がそっと入ってくる。

空にはアンタレスが赤い鈍い光を放っていた。

ぼんやりとそれを眺めながら、心の中で乾いた音が響くのを、未央は感じていた。

いつでも、どこにいてもそれは突然にやってくる。

言い様のない孤独感―――


滅多に鳴らないメロディが部屋の中に響く。


未央ははじかれたように、かばんにつっこんだままの携帯電話に手をのばした。





ふいに孤独に襲われるのはよくあることで。

いつも通り、その感覚はどこから来るものか分析しようとする。

「私の存在意義ってあるのかな―――」


おそらく、全てはここからきてる、と未央は思う。

自分は、いてもいなくても同じ存在なのかもしれない。

特別な能力もなく、誰に必要とされることもなく・・・

私の存在は許されるのだろうか。

生きていくことに、何の希望も見出せない。

そんなことを考え始めると、心がぎゅっと締めつけられて、どうやって呼吸していたのかわからなくなるほど息苦しくなる。

そうなるのは間違いなく、「あなたの存在は必要なのだ」という答えが欲しいのであって。


その答えをどこからも導くことが出来なくて、苦しんでいるのだ。


こんな自分が誰かに必要とされるなんてこと、ないのはわかっているけど。

それでも、そうだと認めるには弱くて。

表示された懐かしい名前を目にして、未央は見間違いではないかと何度も何度も確かめた。

電話を持つ手が思わずふるえる。

「もしもし・・・」


「生きてるか」


相手は名乗りもせずに出し抜けにそう言ってきた。


らしい、と笑みを浮かべつつ、どこか緊張している自分がいる。


声を聞くのは、数年ぶりだった。

「どうしたの?」


用事がなければ、電話などしてはいけない気がしていた。

「今日、俺の誕生日」


「は?」


「・・・・」


「・・・おめでと」


「うん」


「・・・・」

沈黙が続く。相手の意図がよくわからなくて、未央も黙り込んでしまう。

学生時代もそうだったな、と思い出す。


なんとなく一緒にいることが多く、よく話し込んだけど、沈黙も多く訪れたものだった。


しかし未央にとってはその沈黙さえ心地いいものだった。

淡い気持ちを抱いていたのかどうかもわからないうちに、それぞれ別の道を歩むことになったが、多分、普通の友達とは違った存在だった、と今思う。

言葉にはできないけど、大切な。


「今から出てこれるか」


「え?今から?もうこんな時間だけど」


「今すぐ」

「・・・本気?」

「本気」

「・・・わかった」

未央はちょっと大げさにため息をついてから、電話を切った。

突然すぎる、とは思ったものの、自分に電話をかけてきてくれたことが正直、嬉しかった。

どうして自分にかけてきたのか。それも自分の誕生日に。

不安と期待が胸の中で渦巻く。

体は疲労でうまく機能しないのを感じたが、足はまっすぐに約束の場所へと進んだ。





「どうしたの?」

開口一番、未央は言った。

「いや、別に何もないけど。携帯見てたら、お前の名前があったからかけた」

「ふーん・・・」

数年ぶりに会ったわりに、普段と変わらない対応をしている自分に、未央は少しばかり驚いた。

気持ちは爆発しそうなのに。

「久しぶりに電話かけるのって、案外勇気いるものだよな。でも、結構嬉しいもんだろ?」

「自分で言ってるし・・・でも、確かに嬉しかったかな」

「最近どうよ」

「常套句だね。・・・どうもこうも、疲れてる、かな」

「何に?」

「そりゃ、色々」

「お前、割と思い悩むタイプだからな。よく言えば繊細、悪く言えば小心者」

「なによ・・・」

「でも、自分でなんとかする力を持ってる。お前は賢い子だからな」

「子、って・・・」

しかめ面をしつつ、大切な人に自分をわかってもらえるのは心強いものだな、と思う。

何を心に抱いて、電話をかけてきてくれたのかは、わからない。だけど、自分に会いたいと思ってくれたことが、未央にとっては涙が出そうなくらい嬉しかった。

「多分、何が辛いとか他人には言わないだろ?顔には表れてるんだけどさ。微妙に強いんだよな」

「微妙って・・・」

「それ見たら、ちょっと勇気付けられる。みえみえなんだけど、なんとか意地張ってるところとか」

「ほめてるの、けなしてるの?」

「けなしてるに決まってるじゃん」

そんなの、と憎らしげな顔で言う。

憎まれ口をたたいている相手を睨みながら、未央はなんとなく、彼は不安と哀しみを抱いているのではないかという気がした。

(でも、あくまでも何もないって言うんだろうなあ。そんなところが、私と似ているのかもしれない。)

「俺に会って、ちょっと元気出ただろ」

子供みたいに得意げに、嬉しそうに言うのを見て、少し笑ってしまう。

「そっちがね」

「まあな」

「えっ・・・」

ありえないと思っていた肯定のことばに、目を見開いてじっと見ていると、相手は何やらごそごそと先ほどから持っていた荷物をあさっている。

持ち主にはおよそ似合わない、かわいくラッピングされた包みが乱暴に開けられ、中にあるものがぽん、と未央のてのひらにのせられた。

「これやるよ」

「何?」

「人からもらったものだけど。お前にもやろう」

うすっぺらな一枚のプラスチックで出来た星。蓄光タイプの。

「暗い所で光るやつ?」

「これはハッピースターだ」

「はっぴーすたぁ?」

「幸せの星。この星がお前の行く先を明るく照らしてくれるであろう」

後半は笑いながら、物語り口調で言われたが、自然に言葉が出てきた。

「ありがと・・・」

ハッピースター。

もらった色んな言葉が小さな星となって、未央の心で輝いている。

小さな星は自分の存在を許し、これからも自分を照らし続けてくれるかもしれない。そんな気がした。

「生まれてくれてありがとう」

ぽそっとつぶやいてみる。その小さな呟きは、相手に届いてしまったみたいで。

「恥ずかしいこと言うな、お前・・・」

ちょっとあきれた表情で、ちょっと嬉しさを見せながら、向こうも呟いた。






けだるい夏の夜。

未央は帰って、ベッドのちょうど寝転がった真上に見えるように、小さな星をくっつけた。

それから軽くシャワーを浴び、ベッドに横たわる。

あかりを消すと、天井にぼんやり星が浮かび上がった。





こんな突然に温かい心に触れられるとは思わなかったから

だから神様

今夜は眠れそうにないんです




今日も、ハッピースターが輝いている。

あとがき

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