素顔で笑っていたい.25








「・・・志穂、香穂、お母さんと一緒に買い物に行きましょう。今日はちゃんとお菓子を用意出来ていなかったから、3時のおやつがないのよ。・・・それに、紅茶もきれかけてるから、お父さんに車を出してもらって連れて行ってもらいましょう」
 知香が突然、そんなことを言い出し、双子たちは半ば強引に外へ連れ出されることになった。
「えっ、あの・・・」
「あきのさん、夕方までは時間、大丈夫なんでしょう? 少し、出かけるけど、智史と一緒にお留守番をお願いしていいかしら? 美味しいケーキを買ってくるわ」
 知香は微笑んで、安志と共に志穂と香穂を外へと追い立てていく。
 突然静かになった大麻家のリビングで、あきのは少し、呆気に取られていた。
「・・・・・わざとらしい・・・」
 智史が大きく溜息をつく。
「・・・わざと?」
 あきのが僅かに首を傾げて智史を見る。
「ああ。・・・お前のことをあれこれ香穂たちが詮索しないように連れ出してくれたんだよ。多分、上手いこと言ってくれるだろ、母さんと親父なら。それと、お前を落ち着かせようって魂胆だろうと思うぜ? ま、俺はこんなだから、お前に手を出すこともないだろうって判断したんだろうさ」
「私・・・を?」
 智史は頷くと、あまり腹圧をかけないように注意しながらふわりとあきのを抱きしめる。
「智史・・・」
「泣いても、いいぞ。もう」
「智、史・・・」
 あきのは瞬間瞠目するが、その言葉に安堵したのかように、にわかに視界がぼやけていくのを自覚した。
「な・・・どう、して・・・」
 自分で思うよりも遙かにショックを受けていたようだ。智史がこうして傷つけられたことに対しても、自身への仕打ちも。
「っ・・・っく・・・」
 声を殺し、涙を零すあきのに、智史はそっとその髪を撫でて囁く。
「我慢するな・・・声出して泣いて、言いたいこと言え。ここには俺しかいないから」
 1年近く前の修学旅行の時も、智史はこうしてあきのを泣かせてくれた。けれど、その時は、あきのはまだ、自分を素直に出しきれなくて、泣きはしたものの、遠慮した泣き方になっていた。
 でも、今日は違う。
 あきのは声を出して泣いた。そして、自分の思いを口にした。
「・・・気持ち、悪かった・・・凄く、辛かったよ・・・! 智史が、傷だらけに・・・なって・・・やめてって、言いたかった、のに・・・イヤ・・! あんな、風に・・・さ、触、られて・・・ヤだ・・・!気持ち、悪いよ・・・こんな、私・・・汚くて・・・消えて、しまいたい・・・!」
「・・・あきの」
 智史は暫く、あきのが泣くままにさせた。そっと、髪を撫でてやりながら。
 やがて、やさしくあきのの頬にキスをして、それから唇にもキスをする。
「・・・お前は汚くなんてねえよ・・・消えたいだなんて、そんな風には言うな・・・お前に何かあったら、俺が困るから・・・」
「・・・智、史・・・」
 涙でぐしょぐしょの顔のまま、あきのは智史を見上げた。
 赤黒く腫れた頬ではあっても、いつもと変わらないような、家族やあきのにだけ向けられる穏やかな瞳が、少し困ったように自分を見つめている。
「・・・嫌、じゃ、ない・・・? 嫌いに、ならない? 私のこと・・・」
 縋るような瞳で見つめてくるあきのに、智史は微かな笑みを向けた。
「ならねーよ。こんなことくらいで」
 智史はあきのの頭をぽんぽん、と軽く叩いた。
「お前の方こそ、呆れたんじゃねーか? こんな簡単にやられちまうような俺で」
 あきのはふるふると首を振った。
「そんな訳ない・・・! 好き・・・智史が、好きよ・・・!」
「あきの・・・」
 智史は再び、あきのの唇に己のそれを重ねる。
 微妙に頬が痛み、腹部にも疼痛が走る。だが、そんなことはどうでもよかった。
 何度もキスを繰り返し、やがて深いものへと移行していく。
 あきのが微かに肩を震わせた。智史の右手が、ゆっくりと身体のラインを辿り始めたからだ。
 それでも、不思議と嫌悪感はない。智史の手はやさしく、徹や過去にそういうことをしてきた男たちへのようなおぞましさは感じなかった。
「・・・あきの」
 智史は1度唇を離し、あきのの瞳を見つめた。
「・・・俺が、恐いか?」
 あきのは智史の熱を含んだ瞳から目を逸らさずに、ゆっくりと首を振った。
「ううん・・・智史のことは、恐くないよ」
「・・・お前に、もう少し、触れてもいいか」
「・・・ん」
 頬を僅かに朱に染めて、あきのは頷いた。
 智史に触れられたら、あのおぞましい感覚を忘れられそうな気がした。だからむしろ、触れて欲しかった。
「最後まではしないから・・・っつーか、無理だし、俺のこの状態じゃ。それに、ちゃんと準備もしてないしな・・・お前も、そこまでの覚悟はないだろうし」
 智史がやさしい瞳で苦笑する。その温かさに、あきのの胸がとくん、と高鳴った。
「あ・・・うん・・・」
 確かに、智史の言うとおりだ。
 最後まで行為が進むような覚悟は、現在のあきのにはない。それをきちんと解ってくれている智史の思いやりが嬉しかった。
 やっぱり、智史は特別な男性(ひと)だ。
 あきのは自然と微笑んだ。
「あきの・・・」
「・・・好き。智史・・・」
 智史はふっと笑みを浮かべると、また唇を合わせる。
 それを軽くに止めて、そっとあきのの手を引いて立ち上がらせた。
「智史?」
「俺の部屋、行くぞ」
「え・・・」
「・・・いくらなんでも、ココはマズいだろ? 親父たちが帰ってきたら丸見えだからな・・・」
 智史は微妙に視線を上へと上げている。あきのは予感にごくん、と息を呑んだ。
 もしかしたら。最後まではなくても、それ以前までくらいは・・・?
 身体中が心臓になってしまったのではないかと思うくらいの動悸を感じながら、あきのは大人しく智史に手を引かれていった。
 廊下を少し歩いた左側の扉を開けて、智史は中へと入る。
「あんま、綺麗じゃねーけど、我慢してくれ」
 6畳くらいの部屋には、ベッドと机、それに箪笥が置かれている。
 机の上には雑誌やノート、プリント類が散乱しているが、汚くはない。
「・・・初めて、ね。智史のお部屋に入れてもらうの」
 あきのが微笑むと、智史はばつが悪そうに頭の後ろを掻いた。
「そりゃあ・・・やっぱ、密室はまずいだろ? だから、お前を入れたくなかったんだ。・・・まあ、いつもはもっと散らかってるってのもあるけどな」
 言葉の端々から、あきのを思いやる気持ちを感じることが出来る。
 そっと向かい合ってキスを交わす。
 ゆっくりと、触れ合うだけのキスを何度も交わして、熱く深いものへと、再び進む。
 智史はキスをしながら、あきのをゆっくりとベッドへと誘い、並んで腰を下ろした。
「あきの・・・」
 名前を囁き、更にキスを続けていくと、あきのの肩から余分な力が抜け落ちたのを感じた。
「・・・これ、取っちまっても、いいか?」
 智史が指差したのは、あきののチュニック。
 少し、俯いてから、あきのは小さく、頷いた。
 智史は立ち上がって窓のカーテンを引き、少しでも部屋の中が薄暗くなるように配慮した。
 くい、と裾を持ち上げて、あきのの肌を露わにする。下着はつけていても、恥ずかしさで頬が染まる。
 自然と目を伏せてしまったあきのの額に、智史は軽いキスをした。
 首筋から胸元へと、ゆっくりと掌を滑らせると、あきのの身体が震えた。
「・・・恐いか? それとも、気持ち悪いか?」
 手を離して、智史はゆっくりと問いかける。
 あきのは首を振って否定した。
「大丈夫・・・ただ、恥ずかしくて・・・」
「・・・そうか」
 智史は頷いて、すっとあきのの背に手を回し、下着のホックをはずした。
「!」
 あきのが息を詰める。
 解放されて零れそうになった胸元を慌てて隠すと、智史が耳元で囁いた。
「隠すなよ」
「そんな・・・」
 羞恥に耳まで赤くなり、あきのは戸惑いを隠せなかった。
 考えてみたら、触られてしまったことはあっても、こんな風に見られることは初めてなのだ。
「心配するな・・・お前、綺麗だよ、凄く」
 反射的に目を開けると、智史の熱い瞳に囚われた。
 








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