素顔で笑っていたい.23
「・・・へえ。そりゃあ良かったな、あきの」 翌、土曜日。 約束していた通りに、あきのは智史と共に大麻家に向かっていた。 「うん。ホントに智史のお陰よ。智史が『ちゃんと言葉にして伝えろ』って言ってくれてなかったら、きっとまだ、父との確執は続いてたと思うの。本当にありがとう」 「・・・よせよ。俺は別にたいしたことはしてないぜ」 「たいしたことよ。だって、6年よ? 6年間ずっと、父とは気持ちがすれ違ってたんだもの・・・こんな風に、近づける日が来るなんて、思ってもみなかった。智史と出会えてなかったら、絶対まだすれ違いのままだった。だから、ありがとう」 「・・・よせって」
あまりにも感謝を連発するあきのに、智史は照れくさくて視線を合わせられない。 ただ、あきのと総一郎が和解出来たことは素直に良かったと思える。 これで、あきのがもっと心からの笑顔を出せる場が増えるなら何よりだ。 「・・・ま、俺はともかく、親父さんや倫子さんとの溝が埋まってくのはいいことだと思うぜ? それでいいんじゃねぇか?」 「・・・うん、そうだね」 あきのは心底嬉しそうに微笑んだ。 その笑みはごく自然な素直なもので、智史の心に波紋を投げかける。 新たなあきのの魅力をみせつけられたかのようで、心が落ち着かない。まさに『魅せられる』という感じだ。 「・・・智史?
どうかした?」 いつの間にか足が止まっていた。怪訝そうな表情をしたあきのが、智史を見上げている。 「い、いや・・・別に」 「・・・ホントに?」 「ああ。・・・けど、本当に良かったのか? 香穂の勉強なんて、別に今日じゃなくても・・・」 言いかけて、智史ははっとして振り向いた。 不穏な空気を感じた。視線、と言うべきか。 「・・・智史?」 「・・・あきの」 智史はあきのをさりげなく背に庇う。 智史の住むマンションの近くには公園がある。あまり大きくはないが、周囲を大きな公孫樹の木が囲んでいて、普段なら子供の声が聞こえる場所。なのに、今日は昼時だからか、少し暑いせいか、
人気がなかった。 その静けさの中に、刺す様な視線を感じる。 「・・・勘は悪くなさそうだな、オマエ」 その声と共に、公孫樹の木陰から現れたのは数人の男たち。スーツではないが、ほぼ全員が黒いシャツとズボンという、いかにも怪しげな出で立ちだった。 「・・・あんたらは、一体・・・」 智史が怯むことなく彼らを睨み返す。あきのは事態の変化に瞠目し、智史のシャツをぎゅっと掴んだ。 「・・・まあ、主に用があるのはそっちのお嬢さんの方だけど、オマエにもあるんだよ」 「何!?」 智史がぎゅっとあきのの手を掴む。そして、くるりと踵を返そうとして、もう1人、別の男がそこに立っていること
に気づいた。 その顔を見て、智史とあきのは息を呑む。 「・・・どこへ行く気かな?」 「あんた・・・」 冷酷な笑みを浮かべて智史を真っすぐに睨みつけているのは、仁科 徹、その人だった。 「・・・全く、ふざけているね、君も、あきのさんも。この僕から逃げられるとでも?」 「どういう・・・意味だ」 智史があきのの手を離すまいと強く握りなおす。あきのも、徹の暗い瞳の勢いに圧されて、寒気が背筋を駆け抜けていくのを感じた。 「この僕に恥をかかせておいて、そのままで済むと思ったら大間違いだ。・・・それに、今朝方、椋平氏から父に電話があってね・・・君との話が立ち消えになったと、怒られたよ。
全く・・・とんだ茶番だ。君たちにはそれなりの報復をさせてもらうよ」 徹と男たちが一斉に動き。 智史があきのを庇うより早く、智史は両腕を男たちによって取り押さえられ、あきのは徹に拘束された。 悲鳴を上げるよりも早く、あきのは口をふさがれてしまう。 「あきの・・・!」 智史もそれだけを口にするのが精一杯だった。目前に立った男は容赦なく、智史の腹に強烈な一撃を食らわせたのだ。 いつの間にか公園の中へと連れ込まれていた智史たちは、雨よけの東屋の中へと誘導されていた。 声にならない悲鳴を上げて、あきのは泣き叫ぶ。 男たちは智史を何度も殴っていた。抵抗しようにも、
2人がかりでそれぞれの腕を押さえつけられていては動けない。 「気絶はさせるなよ。・・・ちゃんと、見せてやらないとなぁ。んん?」 タオルで猿轡をしたあきのの腕を背中側で拘束し、徹は痛めつけられている智史に見せつけるかのように、あきのの身体を弄っていく。 あきのの瞳が絶望に染まる。 「止、めろ・・・!」 智史は腹部に感じる疼痛の中、必死の思いで搾り出すように声を発する。 喧嘩慣れしている智史にでもはっきりと判る、己を拘束している男たちの手馴れた様子。ヤクザ、ではないかもしれないが、相当の連中に違いない。全く太刀打ち出来ない不甲斐なさを感じてはいても、あきのを何とか
して護らなければ。その思いだけが、智史の意識を繋ぎとめていた。 「・・・思ったとおり、いい感触だ。あんな小僧より、いい思いをさせてあげよう」 下卑た囁きをし、徹はあきののチュニックの裾から手を入れて、直接肌に触れていく。 激しい嫌悪感に、あきのは震えた。 くぐもった声で抵抗し、身を捩って逃れようとするが、徹は残忍な笑みを更に深くするだけだ。 「抵抗出来るならしてみるんだな。・・・ほら、あいつが見ているよ・・・あきのさん、君が僕に犯されていくのを」 徹は容赦なくあきのの心を傷つけていく。 胸を覆う下着をぐい、と上にずらされて直に触れられそうになり、あきのはあまり
の屈辱に吐き気すらもよおした。 硬く硬く、目を瞑る。 「・・・随分なことして楽しんでるようじゃないか、ええ?」 いきなり、あきのの腕が解放された。 徹と、智史を拘束していた男たちのうめき声も聞こえる。 あきのが恐る恐る目を開けると、そこには、見知らぬ長身の男性1人と、よく知っている男性2人の姿があった。 「先生! おじさま・・・!」 智史は今岡と安志にぐい、と支えられ、徹はあきのが知らない男に腕を捻り上げられていた。 智史を拘束していた男たちは全員が地面に蹲っている。 「あ、あんたらは、一体・・・!?」 徹の途切れ途切れの声に、彼を拘束している男は不
敵な笑みを刻んだ。 「正義の味方、って訳じゃないが、この子らの味方であることは確かだ。それに、君のことも知っているよ、NISHINA グループの仁科社長のところの次男坊だろう? 社長がこんなことを知られたら、どう思われるんだろうなぁ」 「あんた・・・何故、そんな・・・」 徹は明らかに狼狽している。 男は表情を全く崩さず、不敵な笑みのままだ。 「君の家の主治医は俺の親友なんでね。つい先日も、社長にお目にかかったばかりだよ。俺は住まいは京都なんだが、今日は、可愛い甥っ子に望外なくらいの恋人が出来たっていうから、その子に会いたくてね」 「・・・そんなコト、誰も頼んでねぇし」
智史がぼそりと呟き。安志は微かに苦笑し、あきのは目を丸くした。 「えっ・・・あの・・・」 「・・・君への挨拶は後ほど改めてさせてもらうよ」 智史の伯父らしいその男は、あきのに穏やかな笑みを向けると、徹を解放した。 「2度とこんなことをしようと思わないことだ。先程の君の所業の一部は写真に撮らせてもらったよ。これを社長に送りつけられたくなかったら、こんな犯罪には手を染めないことだ。この協力者たちも同様だからな。いいな?」 最後のひと睨みはかなりの迫力を滲ませていて、さすがの徹も沈黙するより他なかった。 それ程、危険な瞳だったのだ。ある意味、狂気すら感じさせる程の。
徹は恐くなって、ようやく起き上がれた、手伝いを頼んだ友人とその仲間たちを連れて、逃げていった。 「あ、きの・・・」 どうにか両足に力を入れて、智史が自力で立ち上がる。 右頬が腫れ上がり、赤黒い痣になってしまっている智史の無残な様子に、あきのは涙が溢れ出るのを止められなかった。 「・・・智史・・・」 今岡や安志がいることを忘れてしまったかのように、あきのは智史に小走りで近づき、そっと抱きしめた。
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