素顔で笑っていたい.10








「・・・で、結局のとこ、椋平さんは見合いした相手とはどうなんだよ」
「・・・あきのの印象は、かなり悪いらしい。結婚したくないって言ってたからな。ただ・・・親父さんの方はどうも、乗り気らしいんだ、あきのに言わせると。それで、だ・・・俺に、『どう思う?』って聞いてきて・・・俺は、何も言えなかった」
「・・・・・だよなぁ・・・」
 伸治はふう、と溜息をついた。
 まだ高校生の自分たちには、結婚、なんてことは遠い未来のことでしかない。年齢的には、18歳にさえなれば、親の許可の下で結婚出来るが、そんなことはあくまでも『法律上は』のことだ。
 現実には、これから受験を迎えて、大学なり、専門学校なりに行って就職して、それから、のことになるのが普通だろう。
 女性の場合は、結婚出来る年齢も男より2つも下だし、結婚して家庭に入れば、仕事を辞めることもあるくらいだから、男よりは結婚生活における社会的立場の縛りは少ないのかもしれない。
「・・・なあ、智史」
 呼びかけられて、智史は視線で伸治に続きを促す。
「もしもさ・・・椋平さんが、その見合い相手と結婚するようなことになったら、お前、納得するか?」
「それは・・・・・それで、あきのが幸せになれるってんなら、いいと思うけどな。そうじゃないってんなら、納得は出来ねえな」
 そう。大事なのはあきのが幸福になれるかどうかだ。
 まだ何の力もない自分といるよりも、大人の見合い相手と結婚する方があきのにとって幸せならば、智史は潔く彼女と別れることを選ぶ。だが、そうでないなら、 何とかして見合い話をなかったものにしてやりたいと思う。
 とは言っても、智史に出来ることはないに等しい。
 それがもどかしくて腹立たしいのだ。
「・・・子供(ガキ)だよな。俺は」
 自嘲気味に言う智史に、伸治は曖昧な笑みを返した。





 携帯電話の着信音で、あきのは覚醒した。
 のろのろとした動作で、それに出る。
「・・・はい」
『あきの? 私だよ』
「実香子・・・」
 親友の声で、あきのはまた泣きたくなってきた。
『・・・あきの? 大丈夫?』
「・・・・・あんまり、大丈夫じゃないかも・・・」
 普段なら、心配をかけまいとして明るく振舞うのだが、それすらも難しい。相手が実香子だから、というのもあるが、それだけあ きの自身がまいっているのかもしれない。
『実はさ、今、あきのんちの近くにいるの。そっち、行っていい? 話、聞くからさ』
「・・・ホントに? いいの?」
『当然でしょ。じゃ、もうすぐ着くから、待ってて』
 実香子との通話が途切れると、あきのは顔を洗いに階下へと降りた。
「・・・ひどい顔・・・」
 腫れた瞼と真っ赤な目。泣いていたことは一目瞭然だ。
 鏡の中の自分に自嘲の笑みを浮かべて、あきのは水で冷やすかのように顔を洗った。
 程なく、インターホンが鳴って、実香子の到着を知らせる。
「あきの・・・来たよ」
 実香子の笑みが嬉しかった。
「・・・ありがと、実香子」
「いいよ。・・・で? 何があったの?」
 あきのは実香子を自室へと誘導して、アイスティー ともらい物のパウンドケーキをトレイに乗せて運んだ。
 そして、まずアイスティーを一口飲んで、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。
「・・・実は、昨日、お見合い、させられたんだ・・・」
「え? お見合い?」
 予想外の言葉に、実香子は目を見開いた。
 しかし、あきのの哀愁に満ちた表情がそれが真実だと物語っている。
「うん・・・父に、嵌められたの。看護科受けたいって話してて、反対されてたってことは実香子にも話してたでしょ? それがね、『女子大も受けるなら看護科も受けていい』ってことになって。その延長、みたいな感じで、抜き打ちで用意されたの。倫子さんも知らなかったらしくって、倫子さんはね、私が嫌なら、断る方向で父に話してくれるって言ってくれたんだけど・・・あの父 のことだから、どうなるか・・・」
「・・・・・だけど、あきのは勿論、嫌なんだよね? 大麻もいるんだし」
 智史の名を聞いて、あきのはびくり、と肩を震わせた。
 収まっていた涙が再び滲んでくる。
「・・・智史は・・・私のこと、たいして好きじゃないのかも・・・」
「えっ・・・ちょっ、あきの? 何それ」
「だって・・・何も、言えないって、言われたもの・・・・私が、お見合いの相手と、結婚させられるようなことになったらどうしよう、って言っても」
 智史にたいして思われていないかもしれない、という言葉を口にした途端、言い知れぬほどの不安があきのを襲った。
 智史と大麻家の人々との係わりをもしも失くすようなことになったら。そんなことになったら、自分はどうなってしまうのだろう。
 そこには暗黒の絶望だけしか存在しないような気がして、あきのは悲鳴を上げそうになった。
「や・・・待って。えっと、その・・・大麻は、あきのがお見合いして、その相手と、あきののお父さんが結婚させたがってるってことは、知ってるんだよね?」
「うん。お見合いしたことは、話したもの」
「だけど、何にも言わなかったの?」
「・・・うん」
 今にも泣きそうなあきのの顔を見ていると、実香子の中に智史への怒りが湧いてきそうになる。
 だが。
 同時に実香子は知っている。智史が、あきのをとても大切に想っていることを。だからこそ、こうして自分にここへ行ってほしいと、頭を下げたんだろうから。
 あきのに何も言えなくて泣かせてしまったことを、少なくとも気にしていた。実香子 にはそう見えた。
 それはつまり、智史があきのを想っていることに他ならないと思う。
「あきの・・・大麻はさ、あきののこと、好きだと思うよ。私は、そう思うな」
「実香子・・・」
 実香子が智史を庇うような発言をしたので、あきのは瞠目した。そんなことは今までなかったから。
「私は大麻じゃないから、あきののお見合いの話に何で『何も言えない』ってことになるのかは判んないけど。でも、それでも、アイツがあきのを好きじゃないってのは、あり得ないと思う。だって、見てたら判るじゃん? アイツがあきのしか見てないことなんて」
 そう。実香子の目から見ても、智史にとってのあきのが『特別』なのだということは容易に解る。
 あきの以外の女子には相変わらず素気ないし、実香子と 口をきいてくれるのは、自分があきのの親友だからだ。あきのにとっての大事な存在だと、智史に認識されているからこそ、話かけてくれることもあるし、挨拶などをしてもきちんと応えてくれるのだ。
 あきのというファクターがなければ、絶対に話す機会はなかっただろう。
 要するに、智史にとっての話をする女子の基準はその女子があきのにとってのどういう存在か、ということだ。
 あきのにとって、大事な存在ならちゃんと口も態度もそういう風に接することが出来るし、逆にあきのと特に係わりのない女子なら簡単に無視出来る、ということなのだ。
「大麻は、あきのを基準にして女子に接してるもん。私と喋るのは、私があきのの親友だからだよ。理恵にしたってそうだし。直接あきのと関係ない子たち のことは今でも簡単に無視だし。違う?」
「それは・・・そう、かも、しれないけど・・・だけど、なら、どうしてこんな風に突き放すの? お見合いなんて、したくてした訳じゃないけど、それでも、もしも父が強引に進めようとしたら、私、本当にあの人と結婚しなきゃいけなくなっちゃうかもしれないのに。それでも、智史は、平気、なのかな・・・」
 あきのの目から、涙が溢れた。
「私は・・・もしも・・・結婚、するなら・・・智史とがいいって、そう、思うのに・・・でも、智史はきっと、そんな風には思ってない、んだよね・・・」
「あきの・・・」
 ぽろぽろと涙を零すあきのに、実香子は困惑した。
 結婚というのは 、ある種の憧れではある。しかし、まだ高校生の自分たちにとってはあくまでも『憧れ』の対象であっ て、現実ではない。
「・・・あきのはさ、お見合いの話が出てこなかったとしても、大麻と結婚したいとか、考えてたの?」
 実香子の問いに、あきのは涙を零したまま、こくん、と頷いた。









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