バースディ プレゼント side 智史
8月5日。 この日で智史もようやく18歳である。 今年は少し夏の訪れが遅かったが、8月に入ってからはそれなりに暑い日々が続いていた。 尤も、智史とあきのは昼間の暑さとは無縁の場所に居る。 とある予備校の夏期講習。冷房の効いた室内で、2人は他の受講生と一緒に勉強漬けの日々を送っていた。 あきのはともかく、智史は相当頑張らないと厳しい状況だ。それがよく解っているだけに、彼なりに真剣に取り組んでいた。
あきのの父・総一郎と話したことが、智史の本気を目覚めさせた、というところか。 その様子には智史の親友であり、やはり、同じ場所で講習を受けている俊也も、目を丸くしている。 「椋平さんの威力は本当に凄いな。高校受験の時よりも真面目に勉強してる智史を見られる日が来るなんて」 「・・・うるさい」 昼休みは束の間の休息時間。午後の授業2コマの後は、夜まで自習室で勉強する。3人は大抵、帰宅が夜の8時を過ぎることが多くなっていた。 「・・・でも、いいことだと思うよ。僕も、頑張らなきゃな」 「清水くんはやっぱり国公立狙いなのね」 あきのの質問に、俊也は笑顔で答える。 「うん、そうだよ。僕は地方へ行くのが希望だから、せめて国公立に入って、費用を抑えないとね。頑張らないと」 「凄いね、清水くん。確か、天文学の方へ進むのが希望だったよね?」 「うん、そうなんだ。もうずっと、それが夢だったからね」 「・・・お前は凄ぇよ、俊也。・・・叶えろよ、お前の、夢」 「・・・お前こそ、智史」 あきのはそんな2人を見て、そっと微笑む。 そして、微かに俊也がしてきた目配せに気づき、ニッコリと微笑んだ。 「それはそうと、智史」 俊也の呼びかけに、智史は僅かに眉間に皺を寄せた。 「何だよ」 「今日は、8月5日だな」 「お誕生日、おめでとう、智史」 「おめでとう、智史」 あきのと俊也の言葉に、智史は軽く瞠目した。 「あきの・・・俊也・・・」 「ちゃんとしたお祝いは、授業が終わってからでないと無理だけど」 「言葉くらいはな。椋平さんが、どうせなら僕もって誘ってくれたんだ」 笑顔の恋人と親友を前に、智史はテレくさくて視線を泳がせる。 「・・・サンキュ、あきの、俊也。なんか、こういうのって、改まって言われちまうと、ヘンな感じだな」 「ヘン、ね。ま、お前らしいな」 俊也は苦笑している。 あきのは僅かに心配そうな表情になった。 「・・・もしかして、こんな場所で言われたくなかった?」 「・・・そうじゃねえって」 智史は軽い溜息をついて、あきのを見つめる。 「心配すんな。嫌なわけじゃねえから」 「椋平さん、大丈夫だよ。・・・ああ、そういえば、おばさんが僕も一緒に来ていいって、誘って下さってるんだけど、いいのかな、本当に」 今夜はお祝いの食事にするからと、あきのは勿論、俊也も、知香から招待されていた。 あきのは既に倫子に話して承諾を得ている。総一郎もダメとは言わなかった。こうして毎日予備校で会ってはいるが、きちんと勉強しているということを信じてくれている証だ。 「清水くん、都合悪いの?」 「いや、そうじゃないけど・・・僕がいたら、お邪魔じゃないかと」 「お前・・・殴るぞ」 智史ばじろり、と俊也を睨む。 「らしくねえ遠慮すんなよ。母さんも楽しみにしてんだから、ちゃんと来い。あきのだって、お前なら邪険にしねえよ。そうだよな?」 「当たり前じゃない! 清水くんとも一緒に智史のお祝いが出来るなんて、嬉しいよ? 私」 あきのの素直な笑みに、俊也は微かに複雑そうな笑みになる。 「ありがとう。・・・じゃあ、お邪魔させてもらうよ。ただ、帰りは少し寄りたいところがあるから、時間までには家に行くようにするし、2人で先に行ってくれるか?」 「解った。・・・なら、あきの、俺たちは先に帰っていよう」 「あ、うん・・・」 俊也はきっとあきのと智史を2人きりにしようとしてくれているのだ。なんだか申し訳ないような気がして、そっと視線を向けると、彼は一瞬、ニッコリと笑ってくれた。 その心遣いに感謝しつつ、あきのはぎゅっと自分の手を握り合わせた。
帰り道。 夕方が近づいている筈だが、まだまだ暑い。アスファルトの地面から立ち上る熱気に当てられながら、智史とあきのは駅前通りへと差し掛かった。 「あ、あのね、智史」 「どうした?」 「寄りたいお店があるんだけど・・・いいかな」 「ん? ああ・・・いいぜ」 智史はあきのの問いかけに、すんなりと頷いた。 あきのはホッとして目当ての雑貨店に入った。 先日、実香子と一緒にここへ来た時に見つけた、2枚のアクリル板を合わせた形のシンプルなフォトフレームと、綺麗な蒼い海のポストカード。 一度だけ入った智史の私室は、全体的にシンプルな雰囲気だったが、机の側に貼られていた海とイルカのポスターが印象的だった。 後日にそのポスターのことを尋ねてみると「海が好きだからだ」という答えが返ってきて。 それで、見つけたときに、プレゼントにしたいと思い、既に代金を払って取り置きしておいてもらっていたのだ。 それに加えて、綺麗なマリンブルーのマグカップを買い求めた。同じ形で、自分用のパステルオレンジのカップも買い、家で自分専用として使おうと決めた。 自分用以外はラッピングしてもらい、あきのはあまり智史を待たせることなく買い物を終えた。 「ありがとう、智史、つき合ってくれて」 「いや・・・」 智史は笑顔で手提げ袋を持って店を出てきたあきのに、軽く頷いて見せた。 「何買ったんだ?」 「自分用にはマグカップ。それと、こっちはね・・・」 あきのは手提げ袋から自分用のカップを取り出して、袋そのものを智史へと差し出す。 「智史に。・・・お誕生日のプレゼント」 「俺に? いいのか?」 智史は瞠目してそれを受け取る。 あきのは柔らかな笑みを浮かべている。 「気に入ってもらえるかどうかは判らないけど・・・でも、貰ってくれたら嬉しいな」 「・・・サンキュ。ありがたく、もらっとく」 智史は微かな笑みを浮かべてあきのを見つめた。 「そんなに急いで帰ることもねえし、ちょっと休憩していこうぜ。これの中も見たいしな。いいか?」 「うん、勿論」 すぐ近くのファーストフード店でジュースだけを買って、2人は店内の空いた席に収まった。 ジュースを飲んでひと息つくと、智史は袋の中身を取り出した。 「2つも、か?」 「あ、うん。でも、そんなにたいしたものじゃないの。・・・申し訳ないけど」 「いや・・・開けるぞ」 「うん」 智史の大きな手が、ラッピングを解いていくのを、あきのは息を詰めて見つめる。 最初に開けられたのはフォトフレームの方。中に、既にポストカードを挟んでもらっていた。 「へえ・・・いいな、こういうの」 智史が自然な笑みでそれを見つめてくれたので、あきのはホッとした。 もうひとつのほうから出てきた鮮やかなマリンブルーのマグカップを見て、智史はすっとあきのへと視線を移す。 「・・・確か、お前も自分用を買ったとか、言ってたな? あきの」 「・・・うん」 「もしかして『お揃い』とかいう奴か?」 「あ、うん・・・実は。私のはオレンジ色なんだけど、形が一緒なの」 少しだけテレたように笑うあきのに、智史は苦笑する。 「・・・なんでお揃いって奴にしようと思ったんだ?」 「えっと、これで勉強の合間に紅茶とか飲んで、智史ももしかしたら今頃このカップでお茶して、休憩してるかな、とか、頑張ってるかな、とか思えたら、嬉しいかなって・・・あ、こんなの、ウザいかな」 少し心配そうに表情を曇らせたあきのに、智史は再び苦笑した。 「・・・ま、いいんじゃねえ? 俺も頑張ることにするわ、実際やらなきゃどうしようもねえしな」 受け入れてもらえたことに安堵して、あきのは笑みに戻った。 「・・・よかった。お互い、頑張ろうね」 「ああ」 目の前のやるべきことをきちんとこなしながらも自分のことを想っていたいのだと告白されて、嬉しくない筈がなく。智史は笑みを浮かべた。 「んじゃ、帰るか。母さんが待ってるしな。
俊也もそこそこで来るだろ」 「うん」 智史とあきのは立ち上がって店を出、ゆっくりと歩き出した。 遠慮がちに、指先を繋いで。
END
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