バースディ プレゼント   side あきの








「・・・お前ら、どんなモン貰うのが嬉しい?」
 不本意だと思いながら、智史は志穂と香穂に尋ねてみた。
「え〜? どうしたのお兄ちゃん」
 香穂が怪訝な表情で問いかける。その間に、志穂はピンときて、手をぽん、と叩いた。
「ああ、そっか。あきのさんだよね、お兄ちゃん」
「あっ、そうか! あきのさん、お誕生日だっけ、もうすぐ」
 香穂も気づいて、ニヤッと笑った。
「そうだよね〜。去年は知らないってことで、ケーキだけだったもんねえ、しかも、買ったやつ」
「夏のお兄ちゃんの誕生日にはあきのさんからしっかりプレゼント貰ったんだし、今年は頑張らないとだね」
 志穂にもニコッと笑われて、智史は憮然として双子を見据える。
「・・・判ってるから聞いてんだろ。何か、ねえか?」
「指輪がいいよ、絶対!」
「私もそう思う。彼女の証って感じよね、香穂」
「ゆ、指輪!?」
 智史は眉を吊り上げた。
「そ、そういうのはもっと、ちゃんとした時に渡すもんじゃねえのか」
「お兄ちゃん・・・」
 香穂が呆れ顔で智史を軽く睨んだ。志穂も溜息をつく。
「そんな大げさに考えなくてもいいんだよ、お兄ちゃん。何も、凄い高い指輪でないとダメとかじゃないもの」
「そうだよ〜。ホントはさぁ、本物の宝石とかついてる奴の方がいいけど、お兄ちゃんのお小遣いじゃそんなの無理だろうし? シルバーのステディリングでいいと思うよ。ねえ、志穂ちゃん」
 智史は眉根を寄せて考え込んだ。
 双子が揃って言うのだから、指輪というものを渡せば、あきのはもしかしたら喜んでくれるのかもしれない。
 昨年のクリスマスには、小さなピンクの花がついたペンダントをプレゼントした。細いチェーンのそれは、決して高価なものではなかったが、あきのは凄く喜んでくれた。
 だから、今回も身につけられるもの、というのは智史の中で候補として浮かんできてはいたのだが、他にも何か選択肢があれば、と思い、妹たちに尋ねてみることにしたのだ。
 しかし。確か、指輪にはサイズというものがあった筈だ。智史はあきのの指のサイズなど、知る筈もない。
「・・・志穂、香穂、指輪ってのは、確かサイズがあるよな? 俺はあきののサイズなんて知らねえぞ」
「ああ、あきのさんは9号だよ」
 あっさりと言ってのけた香穂に、智史は唖然とした。
「は? 何で香穂が・・・」
「だって先月、私と志穂ちゃんの誕生日の前に、あきのさんとお買い物に行ったじゃない。その時に、私と志穂ちゃんはあきのさんからお揃いのペンダントを貰ったんだけど、その時にね、指輪のサイズを測ったの、3人とも。半分は興味だけだったんだけど。そうしたら、私は10号で、志穂ちゃんは9号で、あきのさんは8号でも入るけど、少しきつめだって言ってたから、9号だねって話したの」
「お前ら・・・」
 智史は脱力してどっかりと背中をソファに預けた。
 本当に、あきのと双子は仲がいい。というか、妹たちが異様なくらい、あきのに懐いている。やさしいあきのの方も、妹たちを邪険に扱うことは決してないから、余計に。
 無論、仲が悪いよりは良いのだが、それにしても。
「・・・あきのの邪魔になるようなことはしてないだろな、2人とも」
「当たり前でしょ」
 志穂が即座に答える。
「あきのさんはやさしいから、私たちにいつもやさしくしてくれるけど、厚かましくはならないように気をつけてるよ、私も香穂も。だって、嫌われたくはないもの」
「そうだよ、お兄ちゃん。私と志穂ちゃんはあきのさんが大好きなだけだもん。それに、女同士の話は、お兄ちゃんには出来ないでしょ」
 確かに、『女同士』の話、と言われてしまったら智史には不可能だ。
 とりあえず、双子にお礼を言って、智史は暫し考えた。
 あきのに、本当に喜んでもらえるように。





 10月28日。
 平日のこの日の朝、智史は登校してきたあきのを、教室の前で捕まえた。
「昼休み、時間、あるか?」
「うん、大丈夫だと思うよ?」
「なら、その時に」
 用件だけを伝えて教室内へと移動していった智史に、あきのは僅かに首を傾げた。
「おはよ、あきの。どうかした?」
 実香子に声をかけられ、あきのは「何でもないよ」と笑って一緒に教室の中へと入った。
 ちらりと視線を向けると、智史は俊也と話しをしている。
 特に変わった様子はないようだ。
「あきの、誕生日おめでとう。これ、私から」
 実香子が差し出してくれた包みに、あきのは笑顔で応えた。
「ありがとう、実香子」
「どういたしまして。・・・今年は、大麻からも何かもらった?」
「あ・・・ううん、そんなのは・・・」
 否定しようとして、あきのは思わず智史の方へともう一度視線を向けた。
 先程の智史にどことなく緊張したような空気が感じられたのは、気のせいではなくて、もしかしたら・・・?
「あ〜、まあ、そうか。まだ、学校へ来て間もないくらいの時間だもんね。でも、約束くらいはしてるんでしょ?」
 実香子にしたり顔で言われて、あきのは頷いた。
「一応、ね。昼休みにって」
「うんうん。そうこなくっちゃ! あきの、しっかり甘えなよ」
 実香子の激励に苦笑を返して、あきのも席に着いた。
 午前の授業を時間割通りに終えると、智史はあきのの席に近づいた。
「天気いいから、弁当も外で食うか」
「うん、そうしよう。私、屋上がいいな、智史」
「ああ、いいぜ」
 あきのは小さめの手提げかばんにお弁当や水筒を入れて、智史と共に屋上へと向かった。
 今日は雲ひとつない、見事な青空だ。そのせいか、風も心地よい程度の暖かさを含んでいる。
「気持ちいい青空よね」
「そうだな」
 智史は少し目を細めて、明るい笑顔のあきのの横顔を眺めた。
 1年前に比べて、あきのの表情はうんと明るくなった。
 総一郎と和解したことで、内面に落とされていた翳りが消えたからかもしれない。倫子の妊娠もそれを助けているだろう。
 そして。
 ほんの僅かでも、もしも自分もその一因であれたならいいと智史は思う。
 大切にしたい、これからも。
 そんな想いを込めて、智史は彼女の名前を呼ぶ。
「あきの」
「・・・なに? 智史」
 微笑みのまま振り向いたあきのに、智史はブレザーのポケットから、目的のものを取り出して差し出す。
「誕生日、おめでとう、あきの」
「智史・・・」
 あきのは一瞬目を丸くして、それからふわりと笑みになった。
「ありがとう、智史・・・嬉しい」
「・・・今回もたいしたモンじゃなくて悪いな」
「ううん、そんな・・・ね、開けてみてもいい?」
「・・・ああ」
 フェンス沿いに並んで座って、お弁当の入った袋を横に置き、あきのは智史から貰った小さな包みを解いてみた。
 可愛らしい布の巾着を開けると、中に入っていたのは細めのリングに可愛らしいハートのモチーフが3つ並んだシルバーの指輪。
「智史・・・」
 あきのは瞠目して智史を見つめた。
 智史は上へと視線を逸らしている。
「・・・気に入らなかったら、捨ててくれていい。・・・思いつかなかったんでな、そんな安物になっちまった」
「そんな・・・捨てるなんて、とんでもないよ・・! ありがとう、智史。こんなステキなものが貰えるなんて、思わなかった・・・!」
 感激したように声を震わせるあきのに、智史はゆっくりと視線を戻す。
 あきのは指輪を握って、瞳を潤ませていた。
「あ、きの・・・」
「本当にありがとう、智史」
 あきのは潤んだ瞳のままニッコリ笑うと、指輪を嵌めた。
「凄い・・・ピッタリ。・・・もしかして、志穂ちゃんたちに?」
「・・・ああ。いずれは、もっといいモン渡せるようにするから、今はそれで我慢してくれるか」
「我慢だなんて・・・凄く嬉しい。ありがとう、智史。大事にするね」
 左手の薬指に収まっている指輪を嬉しそうに見つめているあきのを見て、智史は安堵の息をついた。
「弁当、食おうぜ」
「・・・うん、そうね」
 あきのと智史は互いに微笑みあってお弁当を広げた。
 秋晴れの空が2人を祝福しているかのようだった。


  


END


  


           


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