風は秋色.3








 赤レンガ倉庫を出た2人はコスモワールドに向かった。
 あきのはわくわくする気持ちを抑えられないかのように、足取りが軽やかだ。
「お前・・・相当浮かれてるな」
「う・・・い、いいでしょ? お昼前、智史、はしゃいでもいいって言ってくれたじゃない」
「・・・確かに。いや、悪い訳じゃねーよ? こんなに浮かれたお前を見るのが珍しいだけだ」
「・・・珍しい、かな・・・うん、そうだね」
 確かに、あきのにも自覚はある。大学生の筈の自分が、小さな子供のようだ。
 しかし、今までに遊園地になど、行ったことがないあきのだから、今日だけは大目に見てもらいたいと思う。
「あの観覧車、凄く高いところまで行けそうだよね」
「そうだな・・・割と眺めはいいんじゃねーか? 俺も、ここのには乗ったことないから、判んねーけど」
「智史って、遊園地にはよく行ったの?」
「いや、よくって程は行ってねーと思うぜ? ただ、京都のばあちゃんちに行った時に、何度か大阪の遊園地に連れてってもらったことがあるんだよな。小学生の頃の話だ」
「そうなんだ・・・やっぱり、中学生以上になると行かないものなのかな」
「好きな奴は行くんじゃねえ? 舞浜とかさ」
「・・・そうか。そう言われればそうよね」
 あきのと智史が遊園地に行こう、という計画を今までしなかったのは、お互いにあまり興味がなかったからだ。
 高校の時の同級生の中には熱烈なディズニーのファンたちがいて、年に数回は遊びに行く、と話していたのを聞いたことがある。
 それでも、あきのは行ってみたいとあまり思わなかった。行ったことがないから、そもそも、どんな雰囲気なのか解っていない、というのもあるだろうが。
 初めての遊園地が智史と一緒だというのは凄く心強いかもしれない。
 そう思い、あきのは繋いだ手の力を少しだけ強くした。
 その反応に、智史は僅かに眉を上げる。
「どうかしたか? あきの」
 じっと見下ろしてくる瞳は、訝しげではあってもやさしい。
 あきのは微笑んで答える。
「ううん、どう、って訳じゃないんだけど。初めての場所に一緒に行ってくれるのが智史で良かったなあって思って」
「あきの・・・」
 智史は一瞬瞠目し、それから僅かに視線を逸らす。
「な、何言ってんだ、お前は・・・! ホラ、行くぞ!」
 強すぎない力であきのの手をぐい、と引っ張り、智史は歩き出す。
 それが照れ隠しだということは明白で。
 あきのは微笑んだまま、小走りになって智史の隣を歩いた。
 遊園地初心者のあきのに、いきなりハードな乗り物は避けるべきだと考えた智史は、とりあえず回数券を買って、小さな子供でも遊べるエリアへと移動した。
「まずはこっち側からだな。あきのって、乗り物酔いする方だったか?」
「えっと・・・多分、しないと思う。遠足とかでバス酔いしたことはないよ」
「高い場所は?」
「ん〜、真下さえ見なければ平気?」
「・・・判った。じゃ、アレだな」
 智史が指差したのは、幼稚園児くらいの子供でも乗れるようなタイプのジェットコースター。
 園内を歩いて乗り場に着くと、列に並ぶ。
「何だかドキドキするね」
 小声で話しかけてくるあきのに、智史は口元に笑みを作る。
「・・・降りてからの感想が楽しみだな」
「え? もしかして、怖い乗り物、なの?」
「さあ? 俺もこういうのは久しぶりだからな・・・何事も体験、体験」
「もう・・・!」
 やがて2人の順番が回ってきて、あきのは初めてのジェットコースターを体験した。
 小さくて、あっという間に終わってしまったが、スピードはそれなりに感じた。
「面白かったね」
 降りての第一声がそれだったことに、智史は内心で安堵した。
「そうだな。・・・んじゃ、デカいのでも大丈夫だろう」
「デカいの?」
「ああ。あっちの観覧車の側にあるヤツだ」
 智史がチラリと視線を向けた方向に、轟音を響かせるようにして走るコースターの姿が見えた。
「大きいね、あれ」
「その分速いぞ? 行くか?」
「うん。乗ってみたい」
 あきのが大きく頷いたのを見て、智史は彼女と共に本格的なジェットコースターの乗り場へ移動した。
 前から2番目の列に並んで座り、安全装置がロックされると、さすがにドキドキしてくる。
「なんか、ちょっと緊張するかも」
「怖かったら思いっきり叫んでいーぞ、あきの」
「思いっきりって・・・」
 苦笑した瞬間に発車のブザーが鳴り、ガタン、と音を立ててコースターが動き出した。
「う、動いた」
「・・・当たり前だろ」
 緊張してかなり肩に力が入っているあきのと、それを余裕の表情で見つめる智史。
 スピードにも驚いたが、何より、水の中に落下するかのような下り坂では、さすがにあきのも「キャーッ!」と叫んでいた。
 大きな音と衝撃と共に車体が止まった時は、あきのは脱力していた。
「大丈夫か? あきの」
「・・・水の中・・・ビックリした・・・凄く速くて、なんかもう、いっぱいいっぱいかも」
 コースターを降りてから、智史はあきのを近くのベンチに座らせ、紅茶を買って差し出した。
「これ飲んでちょっと落ち着け。・・・ま、初めてだし、こんなもんだろ。別にここだけが目的で来た訳じゃねーし、今日は観覧車だけ乗って終わりにしてもいいんじゃねえ? ランドマークタワーとかに行くのもいいかもだしな」
「・・・うん・・・ちょっと、こういうスピードタイプは続けては無理だわ、私」
 あきのは紅茶を飲んで少し息をつく。智史が買ってくれたレモンティーの酸味が心地よい。
 それから、2人は観覧車に乗って、横浜の風景を堪能した。
「いいなー、良く見えるね」
「天気がいいからな」
「うん。海も山も綺麗」
 先程とは違い、ゆったりとした表情になっているあきのを見て、智史も安堵する。
 遠くの景色を眺めながら、2人でゆったりとした時間を過ごす。何気ないようで、貴重な時間(とき)
 多くの言葉はなくても、同じ場所で同じ風景を見ているだけで満ち足りたような、安らいだ思いになれる。
 そんな時間を大切にしたいと、智史は思っていた。
 約15分程の空の旅を終えて地上に戻ると、あきのはすっかり元気になっていた。
「素適だったね、景色」
「そうだな。結構遠くまで見えたよな」
「うん。夜だときっと、また違って見えるんだろうね」
「だろうな、多分。ただ、夜景を見られるのはまだ当分先だろうなぁ」
「そう、かな。・・・どうして?」
「どうしてって・・・夜景見てから帰るとなると、かなり遅くなるだろ? 親父さんに睨まれたくねえし」
「あ・・・そっか」
 総一郎は一応、あきのと智史のつき合いを認めてくれているが、渋々といった風なので、デートの門限についてもかなり厳しい。午後8時を過ぎるだけでも嫌味を言われてしまう程だ。
 大学生の門限としてはありえない、と言えるものだが、仕方がない。
「大学卒業したら、さすがにあれこれ言われなくなるだろ。それまでお預けってやつだな」
 苦笑する智史に、あきのも溜息をつきつつの笑みを浮かべる。
「・・・そうだね。仕方ないよね」
「ま、今日はまだ時間があるしな。もっと別のところも見に行くだろ?」
「うん。悠ちゃんにお土産買いたいし」
 あきのと智史はクイーンズスクエアに移動して、買い物をし、お茶を飲んでから帰路についた。
 電車の窓から見える夕日は綺麗なオレンジ色だ。
「楽しかったか?」
 智史が問いかけると、あきのは満面の笑みになった。
「うん、凄く楽しかった。・・・また、来たいな」
「・・・そうだな。今日は行けてないトコとかに行くのもいいかもな」
「うん。・・・ありがとう、智史」
 智史は笑顔のままのあきのを見つめて、穏やかな表情になる。
 そっと、目立たないように繋がれた手。
 それが今日という日の互いの気持ちだった。


 



END







 
  


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