風は秋色.2







 少し冷たい風が吹く中、繋いだ手の温もりが心地よい。
 そんな風に感じながら、あきのはうきうきした気持ちで海沿いの遊歩道を歩いていた。
 しっかりと握られた手が、智史と一緒だということを実感させてくれる。手だけでなく、想いも繋がっているのだと。
 大桟橋を横目に見ながら、少し冷たい潮風に吹かれ、あきのは軽く首を竦めた。
「寒いか?」
「あ、ううん、大丈夫。ちょっと風に吃驚しただけ。いい天気だけど、やっぱり秋だなあって思って」
「まあ、な。春とは違うよなあ」
 智史も頷く。
 春ならば、夏に向かっていくのだから、むしろ『暑い』と言っているかもしれない。
「あきのは春と秋、どっちが好きなんだ?」
「私? ん〜、どっちも好きだけど・・・やっぱり、秋、かな。名前もそうだしね」
 秋に生まれたから『あきの』と名づけられたことは、彼女自身の口から高校生の時に聞いた。智史はまた頷く。
「俺は夏が一番好きで、次は秋だな。秋は食い物が旨いしな」
「ふふ。智史らしいね」
 あきのはふふ、と笑う。
「でも、確かに解るな。おばさまのご飯、凄く美味しいから余計でしょ、智史の食欲は」
 今年は随分少なくなったが、昨年はかなり、知香のお世話になったあきのだ。茶わん蒸しや、きのこの炊き込みご飯は本当に美味しくて、忘れられない。
「旨いは旨いんだけどな、俺にとっちゃ、母さんの味は『当たり前』だからな。お前ほどは感動したことねぇよ」
「そうだよねー。いいなぁー、本当に。あれが日常的に食べられるなんて、智史はとても贅沢だよ? そりゃあ、矢野さんのご飯も美味しいけど・・・」
 もう、10年も椋平家の家政婦をしてくれている矢野さんは勿論、料理上手なのだが、知香のは、もっと素朴な、というか、やさしい味がする気がする。
「また、そのうち食いに来いよ。悠一郎のこともあるけど、倫子さんが休みの日とかならなんとかなるだろ」
「あ、ホントに? いいのかな」
「母さんもお前に会える機会が少なくなってちょっと物足りないって感じだぜ? 志穂と香穂は勿論そうだしな」
「嬉しいな、そんな風に言ってもらえて。機会、作るね、頑張って」
「ああ」
 そんな風に会話を楽しみながら、智史とあきのは赤レンガ倉庫が見える辺りまで近づいた。
「あ、向こうに観覧車も見えるね」
 赤レンガ倉庫とは違う方向には、ワールドポーターズとコスモワールドも見える。
「ああ・・・後で行ってみようぜ」
「うん。あの観覧車って、よくニュースとかで見かける、時計の奴よね。凄いなー、実物だわ」
 まるで子供のようにはしゃぐあきのに、智史は少しだけからかうような瞳を向ける。
「お前・・・小学生並みだな」
「う・・・い、いいでしょ、少しくらい。凄く楽しみにしてたんだもの」
 あきのが僅かに唇を尖らせる。
 そんな仕草も子供のようで、智史はますます可笑しそうに肩を震わせた。
「そんな顔するようじゃ、まんまガキじゃねーの」
「もー、智史酷いよ! そんなに笑わなくてもいいじゃない」
「だってなー、普段のお前とあまりにも違いすぎるだろ。・・・いーんじゃねえ? ガキの頃に出来なかったんだろうしな」
 最後の方にはやさしい瞳になった智史に、あきのの胸がとくん、と高鳴る。
 どうして自分がはしゃいでしまうのか、彼はきちんと理由を察してくれている。それが嬉しい。
「・・・智史って・・・狡いね、時々」
「・・・そうか? 何処が」
 あきのの言葉に、智史は眉根を寄せる。
 その問いには答えず、あきのは智史の腕をくいっと引っ張った。
「行こう、智史。赤レンガ倉庫のお店で覗いてみたいところがあるの」
「? ・・・まあ、いいけどな・・・」
 軽く肩を竦めて、智史はあきのの言うがままに歩き出した。
 ファッションや土産物を売る店が多く出店している中で、あきのが目をつけたのは硝子製品を置いてある店だった。
「綺麗・・・」
 鮮やかな色合いの花器や器、小さなアクセサリーなどが陳列されている。
「硝子、だよな? これ」
「うん、そうよ。倫子さんにね、何かプレゼントしたいなあって思ってたの。・・・ついでに父にもね」
「・・・相変わらず『ついで』なんか、親父さんは」
 智史は僅かに苦笑するが、あきのはわざとらしく、つん、と澄ましてみせた。
「いいの。・・・実は、もうすぐなの、父と倫子さんの結婚記念日。今まで、そんなの、お祝いなんかする気になれなかったんだけど・・・これからは、ね」
 最後の方は微笑んだあきのの言葉に、智史も穏やかな顔で頷く。
「いいと思うぜ。・・・そういや、俺もしたことないなー。親父と母さんの結婚記念日の祝い、なんて」
「おじさまとおばさまの結婚記念日っていつ?」
「入籍したのは夏の初めで、式挙げたんは冬休みって聞いた気がすんだよな・・・この場合、どっちが記念日なんだ?」
「・・・それは、やっぱり、入籍、かな? でも、お式と入籍がそんなに離れてるなんて・・・何か、あったの? おばさまたちに」
 あきのが少し眉を顰める。
 しかし、智史は軽く肩を竦めてみせた。
「さあな。俺が生まれる前の話だから、俺も詳しくは知らねえんだ。伯父貴辺りに聞けば、詳しく教えてくれそうだけど・・・まあ、いいか、と思ってな。親父と母さんの仲が良いのは判ってんだし」
「・・・そっか。そうよね」
 確かに、智史の言う通りだ。
 昔に何があったとしても、現在が幸せならそれでいい。
「じゃあ、智史は来年の夏にプレゼントしてあげれば? おばさま、きっと喜ばれると思うな」
「まあ、なぁ・・・そん時になったら考えるわ」
 どこか面倒くさそうに返事をした智史に、あきのは微かな溜息をつきつつ、倫子たちへの贈り物候補を見ていく。
 あまりにも高価なものは買えないが、青がとても美しいペアのビアグラスを見つけて、それを購入することにした。
「いい色だな」
「でしょう? 智史もどう?」
「俺? 親父たちにか?」
「勿論。おじさま、確かお好きでしょう? 飲むの」
「そりゃー、好きだけどな・・・でも、親父には勿体ないぜ、こんな高いグラス。母さんはアルコールは殆ど飲まねぇしな」
「なら、こっちのタンブラーは? これなら、お茶なんかでも使えると思うけど」
「・・・ま、来年の夏にな」
 智史はそう答えたが、安志と知香に、ではなく、いつか、自分とあきのの2人で使えたらいいかもしれない、と思っていた。
 それはまだまだ、先の話だが。それでも、実現させたい願いである。
 あきのがグラスを包装してもらっている間に、智史はトンボ玉などを使ったアクセサリーをなんとなく眺めていた。
 色とりどりの硝子は不思議な気持ちにさせられる。
「お待たせ、智史」
 微笑んだあきのが紙袋を下げて近づいてきたので、智史はそこを離れた。
 それから暫く、他のショップも覗いていたが、気付くと昼前になっている。
「そろそろ昼だが、どうする? あきの」
「あ、私ね、ガレットが食べたいの」
「ガレット? 何だそりゃ」
「ん〜、フランスの、そば粉を使ったクレープみたいなもの、かな? ここのカフェで食べられるの」
 どうやらそれも、今日の目的の1つらしい。
 智史はあきのが言うままに、カフェスペースにやってきて、メニューと見本を見せられた。
「・・・ぺったんこのオープンサンドって感じだな」
「あー、ふふ、そんな感じかな? いい? ここでも」
「ああ。話のタネにはなりそうだしな」
 考えた末、智史はソーセージの乗ったものと、別のショップで買ったフライドポテトを、あきのはサーモンのとクレープのセットをオーダーして食べた。
「・・・結構イケるな」
「うん、美味しいね」
 甘くない生地は、野菜や肉類と相性がいい。
 智史もあきのも、満足して食事を終えた。



 
  


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