心から願うもの.12












 梅雨の合間の青空が広がる。
 式場となる、海に近い施設には親族や友人が集まってきていた。
「おめでとう、智史。安志、知香ちゃん、よかったな」
 伯父の翔が一番に声をかけてきた。傍には伯母の麻衣が微笑んでいる。
「サンキュ、伯父貴。・・・仕事、休ませてしまってすんません」
 智史がぺこり、と頭を下げると、翔は瞬間目を丸くした。
「随分殊勝になったなあ、智史。・・・それも全部、あきのさんのお蔭か」
「・・・・・まあ、そう、だろうな」
 視線を泳がせて答える智史に、翔は温かな瞳になる。
「本当に良かったな、智史。成長しあえる関係が持てるっていうのは大事なことだ。これからも大切にな」
「ああ。麻衣伯母さんも、亮介叔父さんも優花叔母さんもありがとう。じいちゃんとばあちゃんもありがとな」
 みんなが笑顔で祝福してくれて、智史は照れもあるが、晴れやかな気持ちになっていた。
 親族との挨拶が済むと、今度は友人たちが近寄ってきてくれる。
「おめでとう、智史。ようやく念願叶ったな」
「俊也、サンキュー。伸治もよく来てくれたな」
「当然じゃん! 実香子も今頃椋平さんのところに行ってると思うぜ」
 幼稚園の頃からと中学からの同級生である2人は、今でも智史の大切な友人たちだ。
「紺谷さんも変わりないんだな、伸治」
「ああ。俊也に会えるのも楽しみにしてたぜ、実香子のヤツ。それにしても、晴れて良かったよな、智史。一昨日なんか結構な降りだったのに」
「それは俺も思った。挙式が屋外のプランだから、どうなるかと思ったが・・・地面もかなり乾いてるみたいだしな」
「しかし、屋外での挙式なんて、よく承知したな、智史。志穂ちゃんから聞かされた時は僕もかなり吃驚したよ」
 そう。今日の挙式は披露宴会場となるレストランの外にあたる、海辺の公園の中で行われる。
 列席者の椅子や祭壇はきちんと並べられてはいるが、基本、誰でも見ることが出来る場所だ。
 智史とて、本音はそんな見世物になるような場所は勘弁してもらいたいところなのだが、このプランを倫子から提示された時の、あきのの瞳の輝きようを見れば、拒絶出来る筈がなかった。
「・・・いーんだよ。俺は添え物だからな。今日の主役はあきのなんだから」
 ぼそり、という感じで応えた言葉に智史の想いが込められている。
 そう感じて、俊也と伸治は顔を見合わせ、それから笑顔になった。
「・・・ま、頑張れよ、智史」
「俺も後学のためにじっくり見させてもらうとするわ」
 あまりありがたくない励ましをもらった智史だった。
 




「あきの〜、おめでとう! 凄く綺麗だよー」
 ウェディングドレスに身を包んで座っているあきののところに、実香子と理恵が会いに来てくれた。
「ありがとう、実香子、理恵。来てくれて嬉しい」
「こちらこそ、お招きありがとう。あまりにも早くて、ちょっと吃驚したけど」
「まあ、早いと言えば早いかなー? でもやっと夢が叶うね、あきの。大麻のお嫁さんになりたいって、高校の頃から言ってたもんね」
 実香子の笑顔に、あきのはゆっくりと頷いた。
「幸せにね、あきの」
 理恵も笑顔でそう言ってくれる。高校生だった頃から、自分と智史のことを応援し、見守ってくれていた2人からの祝福は何よりも嬉しい。
「ありがとう」
 あきのも、心からの幸福な笑顔で応えた。
 程なくして、挙式の時間となり、実香子と理恵は参列者の席に着くために控室を出て行った。
 入れ替わりに、総一郎が入ってくる。
 あきのはゆっくりと立ち上がって、僅かに頭を下げた。
「お父さん、ありがとう」
「あきの・・・」
 総一郎は厳しい雰囲気を滲ませたままで眼鏡のフレームの中央を指で押し上げた。
「・・・しっかり、やりなさい。きっと、美月も喜んでくれているだろう・・・幸せに、な」
「・・・はい」
 あきのはそっと総一郎の腕に手を添えて、歩き始めた。





 青空の下のヴァージーンロードを、総一郎と共にゆっくりと歩く。
 時折吹く潮風があきののベールを揺らす。
 祭壇の前には、司式の牧師さんと智史が立っている。
 キーボードで結婚行進曲を弾いているのはなんと知香だった。
 総一郎から智史へと、あきのの手が渡されてから、彼をじっと驚愕の表情で見つめると、軽く苦笑が返ってきた。
 どうやら、知香が奏楽をするということは智史も聞かされていなかったようだ。
 讃美歌を歌う時は、翔や麻衣、亮介、優花が綺麗な歌声を披露してくれた。
 誓約をし、指輪を交換して、ベールを持ち上げられてそっと頬にキスされる。
「一緒に、幸せになろうな」
 小さく小さく囁かれた智史の言葉に、あきのは何度も頷いた。
 幸せで幸せで嬉しくて、どうしようもなく胸が痛かった。
 こんな痛みなら、いくらでも味わいたい。
 温かくてやさしい祝福に包まれて、あきのはふわりと花が開くような綺麗な笑みを浮かべた。
 それは、智史を、そして参列している全員を幸せな気持ちにしてくれるような笑顔で。
 智史も、素直に笑顔になってあきのを見つめ、ごく軽いキスを唇に贈った。
「ここに、2人が夫婦であることを宣言します」
 牧師さんの声ではっと我に返り、式の最中で人目が沢山あることを思い出した智史は内心で冷や汗をかくが、もう遅い。
 頬を赤く染めながらも、嬉しそうに微笑んでいるあきのを見て、肚を括る。
 退場の時には、参列者だけでなく、いつの間にか周囲に集まっていた通りすがり人たちからも大きな拍手をもらって、照れ臭さのなかにも幸せを感じる智史とあきのだった。




 披露宴も笑みが溢れていた。
 海の見える、明るい会場内で、近しい身内と友人たちだけということもあってか、和やかな雰囲気が智史とあきのを包んでくれている。
 会場にはあきのの実母・美月の両親である、あきのの祖父母も招かれていた。
 総一郎の両親は早くに他界しているので、あきのにとって、血の繋がった祖父母は美月の両親だけだった。
 椋平の両親の席には、小さな写真が飾られている。
 倫子の願いで持ち込まれた美月の写真は、普段から椋平家のリビングに飾られている遺影だ。
 写真の母も、継母の倫子も笑顔で、父の総一郎も笑みこそないが、穏やかな表情で見守ってくれている。
 大麻家の両親である安志と知香もやさしい表情で。
 親たちに、そして、親族に、祝福されていることの幸福が、今、ここにある。
 終盤には再度、知香がピアノ演奏をしてくれた。伸治、実香子、俊也、理恵の4人も歌とスピーチをしてくれた。志穂と香穂も、悠一郎を加えた3人で歌をプレゼントしてくれた。
 両親への花束贈呈では涙ぐんでしまったあきのだが、それでも、笑顔は絶えなかった。
 隣に立つ智史と共に、生きていく。そして、2人で幸せになる。
 今日はその為のスタートだから。
「・・・ねえ、智史」
 全てを終えて、ドレスから普段のワンピースに着替えてから、あきのは同じく着替えてボタンダウンシャツとスラックス姿になった智史に話しかけた。
「何だ、あきの」
 あきのはそっと彼の手に、自分の指を絡めた。
「・・・ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします」
 その言葉と仕草に、智史は僅かに瞠目し、それから、しっかりとその手を握り返して笑みを浮かべた。
「こちらこそ」
 空いた方の手でそっとあきのの顔を仰がせ、唇を重ねる。


 ずっとずっと、一緒に。
 2人の、心からの願いがようやく、叶った。






END






 









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