◆パペット◆第26回 by日向 霄 page 3/3
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「あなたに好意を抱いていた、ただそれだけを罪として彼女は殺されたのです。もしもあなたがそのような危険にまったく思い至らなかったとしたら、あなたほど軽率な人間はこの世に二人とありません」
そんな大げさな、と呟くジュリアンの声。
ムトーは目をしばたいた。アンの顔とサラの顔がまだ二重に見える。
「君は、なぜアンのことを」
かろうじてムトーは言葉を絞り出した。流れる汗が、いつの間にか脂汗に変わっている。一体この女は何なのだ? あの世から俺を糾弾しに来たアンの亡霊だとでも言うのか?
「アンは私の姉です」
二重写しになっていたサラの顔が自身の輪郭を取り戻す。
ああ、そうか。
サラの顔は、そもそもがアンに似ていたのだ。髪も目も唇も、背格好すらも。ただ、その堅い印象だけが違う。アンは、生きていた時の彼女は、もっとしなやかな美しさにあふれていた。
「姉はよくあなたのことを話してくれました。あなたに好意以上のものを寄せていたはずです。あなたは気づかなかったのですか? それともあなたには、姉の胸の内も、彼女の生死すらも関係がなかったの?」
アン。彼女以外に、友人と呼べる相手がいただろうか。その頭の良さ。ユーモアのセンス。でしゃばりすぎず、かと言っておとなしすぎることもない。他の誰といるより心安かった。もちろん彼女は異性としても十分魅力的だった。彼女を抱きたいと思ったことがないと言えば嘘になる。でもそうすることで友人としての心地よい距離を失うのが怖かった。
俺は臆病で、そんな俺を咎めるでもなく笑いかけてくれる彼女に甘えていたんだ。
「まさか彼女が殺されるなんて、思いもしなかった。君になじられても仕方がない。俺は自分のことしか考えていなくて――。すまない」
ムトーはサラの足元に手をついた。どう謝っても謝りきれるものではない。彼女が死んだのは俺のせいだ。俺のような愚か者と関わり合ったばかりに。
「あんたのせいじゃない」
強い口調で、ジュリアンが言った。
「彼女を殺したのはあのなんとかって坊やだろ。実に嬉しそうにしゃべってたじゃないか。あいつは自分の快楽のために彼女を殺したんだ。あんたのせいじゃない」
ムトーは首を振った。暗澹たる想いで答える。
「あいつがああなったのも俺のせいだ。あいつは特捜で俺に一番近しかった。真っ先に標的にされたはずだ。前はああじゃなかった。きっと洗脳されちまったんだ」
「そうかな。そうだとしても、あの坊やの中にもともとあった邪悪な部分が引き出されただけだと思うけどね」
「一〇〇%善だけの人間がどこにいる? 俺がいなければ、悪を引き出されることもなかった」
俺の行動は、既に二人の人間を不幸にしている。いや、このサラを入れれば三人だ。マクレガーの家族も、息子の豹変を嘆いているかもしれない。ジュリアンだって、俺が無理に追っていなければ今頃マリエラと二人、“楽園”で静かに暮らしていたろう。
そうまでして、俺が手に入れた物は何だ? 自分の馬鹿さ加減を思い知らされただけじゃないのか。
「やっと自身の罪を認める気になりましたか?」
何者かの声がした。ゆっくりと、奥の扉が開く。
「―――!」
顔を上げたムトーの視界に、マクレガーの姿があった。
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