◆パペット◆第24回 by日向 霄 page 3/3
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『元気そうで何よりだ。君達のおかげで、今まで大人しく体制に従っていた市民達も、ようやくポリスに巣くう虚偽と腐敗の現実に目を向けようとしている。実に喜ばしいことだ』
「そうかね。市民達がデモを起こしているという話は聞かないが」
きっとまだ市民達は高をくくっている。いずれ秩序は回復し、それなりの正義が実現するだろうと。どんなにがんばって掃除をしたところで、またすぐに埃はたまっていく。生活に支障を及ぼすほどでない限り、目をつぶるのが賢いやり方だ。
『いずれ起こる。いや、起こさねばならない。いくら公安が軍事的に圧倒的に優位であろうとも、全市民を掃討するわけにはいかない。無人のポリスを支配しても仕方がないのだから。それに、公安の内部にも必ず疑問を抱く人間がいるはずだ。自分達がやっていることは正義ではないとね。それが肝要だ。我々の武器は銃ではない。倒すべきは敵の肉体ではなく、誤った精神だ』
つまり相手を洗脳するってことか? これだから秘密結社なんてものは。
「それで、俺達に何をしろと?」
何の魂胆もなく犯罪者を匿う馬鹿はいない。この男が俺達を英雄視しているはずもない。この手の活動家にとって、救国の英雄とは自分自身を指すべき言葉なのだから。
『同志ジャン。君なら呼びかけられるはずだ。未だ自身の過ちに気づかぬ者達に。君は誰よりもよく公安の虚偽を知っている。そして同志ユリーはその生きた証拠だ』
ユリーだって? それで隠語にしたつもりか。たとえ俺のファーストネームを知らなくたって、話の流れですぐにそれとわかるじゃないか。
「演説でもしろってのか?」
『君には真実を語る義務がある。それは君の目的でもあるはずだ。そうであればこそ、わざわざ危険を冒して地上へと舞い戻ってきたのだろう?』
ムトーは思わず息を呑んだ。
知っているのか、こいつは? こいつこそが人形使いなのか? それとも、ただ鎌を掛けているだけ?
『君の思うところをレコーダーに吹き込んでおいてくれたまえ。我々の上に女神の公平なる裁きが下らんことを』
一方的に無線は切れた。最初から、否やは許されていないのだ。
ハーヴェイはボイスレコーダーを置いて出て行った。どんなふうに何を喋るかはまったく自由らしい。別に俺達の良心を信じてるというわけではなかろう。録音など、あとでいくらでも編集がきく。都合のいいところだけ切り貼りして流すつもりなのだ。最悪の場合、使われるのは声紋だけかもしれない。
「いい機会じゃないか。この際全部正直に話しちまえばいい。誰か一人ぐらい信じる奴がいるかもしれない」
そう言って、ジュリアンはマイクに向かって話し出す。『俺はジュリアン=バレル。そう呼ばれている男。記憶喪失』と。
善良な市民の耳には届かなくとも、少なくともタカムラはこの録音を聞く。あの男は一体どこまで知っているのか。何を聞き出したいんだ?
もちろん、相手の望む答えを出してやる必要はない。どのみち俺は何も知りはしないのだ。すべては疑念。堂々めぐりを繰り返す俺の妄想。ただ一つ確かに知っていると言えるのは、レベル6に“楽園”が存在するということだけ。
それだけは事実で、そしてそれだけは、口に出してはいけない気がする。
深く息を吸いこみ、ムトーは話し始めた。
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