◆パペット◆第24回 by日向 霄 page 1/3
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幸せか、とムトーは考える。俺にとって幸せとは何だ?
「おまえのように、惚れた女の一人でもいれば良かったんだろうがな。俺にとっちゃそんな考えはまったくの矛盾だ。俺達に糸をつけて面白がっている人形使いを捜し出すのが俺の目的で、言ってみりゃ『幸せ』だってのに、それが俺自身だなんて」
そんなものはただの言葉遊びだ。
「家族は? 天涯孤独ってわけじゃないんだろ?」
ジュリアンの記憶の中に、家族に関するものは一つも見当たらない。幼い子どもの自分を夢に見ることがあっても、周りの景色はいつもぼやけているのだ。人形に親などはいない。きっと俺は無から作り出されたのだろう。
そしてムトーもまた、家族とは縁遠い男だった。
「いないわけじゃないが――、いないようなもんだ。弟は六つで死んじまったし、それをきっかけに両親は離婚。二人とも再婚して、俺は十五から一人で暮らしてる。もう何年も会ってない」
口を利いてさえいない。自分に家族がいたことなんてすっかり忘れていた。向こうだってそうだろう。俺の存在を思い出すことは、不幸な結婚を思い出すことだ。幼くして死んだもう一人の息子のことを。
きっと二人とも肝を潰したことだろう。まさか犯罪者という形でその存在を突きつけられることになるなんて。
疎遠とはいえ実の親だ。公安がマークしないわけはない。また互いに罪をなすりつけあったろうか。『あなたがちゃんと面倒を見ないから』『そもそもおまえの育て方が悪かったんだ』……。
一転勲章を授与されるかと思いきや、このクーデターだ。気の毒に、俺と血がつながってるというだけで拘束されているかもしれない。
「我ながら薄情なもんだ。俺のせいで父や母がひどい目に会ってるかもしれないってのに、たいして胸も痛みゃしない。もし彼らを人質に取られても、きっと俺は投降したりしないだろう」
むしろそれなら、まったく無関係の人間に危害を加えられた方がこたえるような気がする。
「憎んでたのか?」
「そうだな。そんなふうに考えたことはなかったが。少なくとも、幸せとかやすらぎって言葉を連想できるほどには、愛しちゃいない」
どっちが上等な人生だろう? 膨大な記憶を抱えていながら、誰も愛した人間を思い出せない男と、たった一つ、愛する女の記憶だけを抱えている男と。
「じゃああんたは、もしからくりが全部わかってしまったらどうするんだ? ゴールにたどり着いて、でもまだ生きてて人生が続いてたら。また何か大変な疑惑をでっち上げる?」
ジュリアンの言葉に、ムトーはため息をついた。
「嫌な奴だな、おまえは。難しいパズルが解けた時の喜びってのがあるだろ? 別にそのパズルが解けたからって何かもらえるわけじゃなくてもさ。俺はただ知りたいだけ、その先のことなんて考えちゃいない。ただ」
ただ、そう、一つだけ。必ず成し遂げなければならないことがある。
「おまえは必ず彼女のもとへ帰す」
そうしてもし、まだ自分も生きていたら。一緒に楽園に留まるだろうか。どんな真相を話そうと、あの老人はきっとびくともしないに違いない。彼は言うだろう。『それで、何かが変わったかね』と。
ジュリアンは少し驚いたような顔をし、そして微笑んだ。
「あんたの方が、よっぽど酔狂だ」
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