アマ小説家の作品

◆パペット◆第2回 by日向 霄 page 2/3
「ああ、そうか。俺は、トラップに落ちて、それで―――。じゃあここは、レベル6なのか?」
「ええ。そう呼ばれている所よ」
 ジュリアンは目だけ動かして辺りを見回した。
 狭い部屋だった。殺風景な、コンクリートの箱。壁はいびつにゆがんでいる。テーブルに置かれた一輪の赤い花と、そしてマリエラと名乗る女の若さだけが、この部屋に華やぎを与えていた。
「おまえは俺が誰だか知っているか?」
 マリエラは首を振った。
「いいえ」
「なぜ俺を助けた? なぜ銃を奪わなかった? 何が目当てだ」
 ジュリアンはベッドに寝かされていた。きちんと手当てをされた状態で。
「だって、仕方がないわ。あなた、ここで倒れたんだもの。ひどい怪我をして。そんな人、放り出せないじゃないの。銃は、エネルギーが、切れてたから」
 言われてジュリアンは初めて、手にした銃に目をやった。エネルギーパックは空だった。
「はっ、こりゃいい」
 ジュリアンは笑った。猛烈な笑いの衝動に襲われて、傷が痛むのもかまわず笑い転げた。驚いたような、怒ったような顔をして自分を見ているマリエラがおかしくて、ジュリアンは笑いに息をつまらせながら言った。
「殺し屋が聞いて呆れる。武器の状態も確かめないなんて。ねえ、お嬢さん。こう見えても俺は殺し屋なんだぜ。地上じゃちょっとは名の知れた、凄腕のテロリストなんだ。信じられるか?」
 マリエラは再び首を振った。
「そうは見えないわ。でも、たぶんそうなのね」
「本当にそうなのさ。俺はジュリアン=バレル。俺の首には10万リールの賞金がかかってる。あんたは運がいい」
 皮肉な笑いを浮かべ、こともなげに自身の境遇を述べるジュリアンを、マリエラは不思議なものを見るように眺めた。
「どうして? そうしてそんなこと―――。逃げてるんじゃないの?」
「逃げてたさ。逃げて逃げて、エネルギーパックのスペアがなくなるまで逃げて。脅した相手に介抱されるまで逃げて。でも、もうだめだ。遅かれ早かれ捕まるのなら、賞金は美人にくれてやった方がいい」
 そんな言いぐさは似合わない、とマリエラは思った。傷ついた獣がことさらに威嚇の声を上げるように、この人は精一杯強がって背伸びをしているのだと、なぜかそう思った。
 だって、あんなにうなされていたのだもの、と。
 ふいに、扉を叩く音がした。
 ジュリアンの顔付きが変わった。油断なく身構える。跳躍に移る前の猫のように。
 ノックの音は続いている。
「マリエラ。マリエラ。いないのかい?」
 しわがれた声。
 マリエラはジュリアンを見た。
「隣のデビ婆さんよ。出ないと怪しまれるわ」
「別に俺は、出るなとは言っていない」
 すこしむっとした顔で、マリエラは戸口に近づいた。
 部屋の中が見えないよう自分の体を盾にしながら、そっと扉を開く。
「ちょいと砂糖を切らしちまってね。分けちゃもらえないかい」
「ごめんなさい、あたしも切らしたままなの」
「そうかい、そりゃあ―――」
 老婆の顔がひくついた。
「怪我でもしたのかい? 薬の匂いがするねぇ。消毒薬のような」


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