美母戦隊ミンキーママ
その1『PTAから始まった!』 byひゅうが霄


 朝8時40分。市立あかね幼稚園に子ども達が登園してくる時刻。先生やお友達に元気に挨拶する可愛い声に混じって、送り当番のお母さん達の井戸端会議の喚声がさわやかな朝の空気をびんびんと震わせている。
「ね、聞いた? 昨日またミンキーママが出たんだって!」
「知ってる! あたし見た!」
「えーっ、嘘ーっ、あんた河辺町じゃないでしょ」
「ミホちゃん家に遊びに行ってたんだもん。カッコ良かったわよ〜。って、あたしが見たのは後ろ姿だけだけどさ」
「なんだ、顔見てないの? っていうかさ、ホントにいるの、そんな戦隊シリーズのバチモンみたいな奴」
「だってこれで3回目でしょ。見た人いっぱいいるよ」
「でもさぁ、なんでミンキーママなの? なんで女なのよ? どうせだったらイケメンばりばりの戦隊ヒーローじゃなきゃさ。見てもしょーがないじゃん」
「それ言えてる〜」
 近ごろ巷に流行るもの。巨人、大鵬、卵焼き――じゃなくて、謎の戦隊ヒロイン、ミンキーママ。
 はぁ、っと大きくため息をついたところで。
「あ、木戸さん。木戸さんどう思う? ミンキーママが新手の番宣だって方に500円、どう?」
 えっ。
「だってさ、そんな正義の味方なんてホントにいるわけないじゃない、絶対なんかの宣伝だって! きっともうちょっとしたらテレビかなんかで始まるのよ。最近そーゆーの、自治体がやってたりするじゃない、『お掃除戦隊ワケルンジャー』とかなんとか。一口500円、乗らない?」
「いや、あたしはちょっと……」
 乗れるわけないだろー。当のご本人なのにさっ。
「もったいないのぉ。真実正義の味方である方に賭けといたら儲かるではないか」
 そそくさと園庭を逃げ出し、家路を急ぐ(って、家までたったの5分だけど)帰り道、耳元でじじぃの声がした。
「うっさい、しゃべんな! 誰かに聞かれたらどーすんのよ」
「そっちこそそんなに大きな声で独り言言っとると怪しまれるぞぃ」
 ばしっ。
 自分で自分の耳の後ろ叩いて。あー、全く、自分まで痛い。
 そう、あたしの耳元、髪の毛の中にはじじぃが一匹住んでいる。丁度『犬夜叉』に出てくるノミの冥加じーちゃんみたいな奴が。そんでもってあたしは。
 あたし、木戸玲子(きど・れいこ)は、ミンキーママの一員、ミンキーブラックだったりする。



 こんなはずじゃなかった。断然、こんなはずじゃなかった。可愛い一人息子の暁(あきら)がやっとこの春幼稚園に入園して、めでたく増えた自分の時間を目一杯謳歌するはずだった。映画に行こうか、スイミングに行こうか、はたまたフラメンコなんて習っちゃおうかな。いやいや、まずは今の内職より実入りのいいバイトを探して、それからそれからマンガを描くのだ! 子どもの頃からの夢、復活!
 ああ、それなのにそれなのに。バラ色の春が来る前に、あたしはPTAの役員に当たっちゃったのだ。別にそれ自体はしょーがないし、役員に当たっただけで人生お先真っ暗になるわけでもないんだけど。
 入園式はまだまだ先の3月下旬、第1回PTA役員会議でさらにめでたく副会長に当選。当選ったってくじ引きだよ。会長以下、副会長、会計、母親代表と全部くじ引き。普通、そーゆーのって園からの推薦とか、将来市会議員にでもなりたいお父さんとかが立候補するもんだと思ってたけど。
「皆さん公平にということで」
 年長の親も年中の親も、幼稚園初心者も引っ越してきたばかりの人も、下に赤ちゃんのいる人もおかまいなく。
 またあたしもこーゆー時に限って当たるんだよなぁ。お年玉年賀ハガキの記念切手すらろくに当たらないっていうのに。しかも引いた紙には『福』の文字。先生、これって『副』の間違いですかぁ。
「あ、すいません。ついうっかり」
 って、あのねぇ。喧嘩売ってるとしか思えないんですけど。
「それでは会長、矢沢伸明さん。副会長木戸悟さん。会計倉橋和也さん。母親代表は里見芳美(さとみ・よしみ)さんでよろしいでしょうか。承認される方は拍手お願いいたしまーす」
 ぱちぱちぱち。
 はい、おめでとう。
 当たったよ、副会長。がんばってね、ダーリン。
「へ? 俺? 幼稚園の会議って、だって昼間だろ? 行けるわけないじゃん」
 そうなのだ。なんでか役員の名前はみんな「保護者=父親の名前」になってるけど(だからこそわざわざ「母親代表」なんてのがいるんだけど)、実際動くのはあたしら母親に決まっている。ったくね。むかつくよな。
 まぁでも会長じゃなかっただけましか、と思っていた。その時は。
 なんせPTA会長と言ったら早速入園式でご挨拶しなきゃいけないし、運動会でも卒園式でも、とにかく代表として前に立たなきゃならない。なんかあったら責任だって取らなきゃなんないだろう。たかが幼稚園のPTAにどんな大変な「何か」があるのかは知らないけれども。
 それに比べれば副会長は、せいぜい会議の司会進行をさせられるぐらいのもので、文責を負わされることもない。執行部の他の3人、そして先生達とうまくやっていけさえすれば、スミレ色の幼稚園生活ぐらいは送れるはずなのだ。きっと、たぶん。
 実際、会計の倉橋和也さんならぬ倉橋淳子(くらはし・じゅんこ)さんも、母親代表の里見芳美さんもうちと同じ年中組のお母さんで、すぐにうち解けることができた。倉橋さん家の翔太(しょうた)くんと暁はその後一番の仲良しになっちゃうし、里見さん家の夢月(ゆづき)ちゃんは男の子2人のアイドルだ。
 問題は。
 そう、問題は残る一人、PTA会長矢沢伸明さんならぬ矢沢理恵子(やざわ・りえこ)にあった(←既に呼び捨て!)。
 大体がこの人、めでたく会長に当たったその瞬間、妙なリアクションをしていた。「まぁどうしましょ、いいのかしら、いやぁ、もう、まぁ、ほんとに困るわ〜」と言いながら顔は喜びを抑えきれない感じで。
 今だから言える話だけど、あの時もちろん矢沢理恵子は喜んでいたのだ。だったら最初から立候補すりゃあいいんだよなー。くじで当たったふりをするなんて本当にいやらしい。もっともあたしら残り3人の執行部員にしてみれば、彼女が立候補で当選しようがくじで当選しようがどっちでも迷惑なのは一緒だったけど。
 入園式の3日前に行われた最初の執行部会議の日、彼女は8分遅刻してきた。前回の会議の時も、今どき珍しい『派手なおばさん』だなぁと思ったけど、その日もやたらに派手だった。派手というか、なんかはずしている。別にあたしもそんなにセンスのいい方じゃないし、人のこととやかく言えた義理ではないけど、しかしフツーに幼稚園に来るのに黒のヒョウ柄のセーターとか着るか? ラメ入りのスカーフするか? 同じくヒョウ柄のアクセントの付いたピンハイヒールも、金の大ぶりピアスも、もちろんこの後どっかへ出かけるためのものかもしれない。しかしこの人一体何歳なんだって思わずにいられない、『一昔前のおばさん』スタイルなんだよなぁ。髪型もいかにも毎朝カーラーで巻いてます、って感じだし、口紅はかなりきつめの朱色、輪郭ばっちり、ついでにむっとする香水の匂いまで。
 ものの見事に『マンガに出てくる嫌なおばさん』。
 そして口を開けば。
「あら〜、皆さん、ごめんなさい。お待たせしちゃって。出がけにちょっとお客様がいらしたもんだから。何しろ、うち、主人がハヤカワ電子の支社長でございますでしょ、引っ越して早々色々とお付き合いが大変で。おほほほ」  ああ、今どきこんな懐かしの『ざぁます夫人』が存在していいものか。あまりにもステレオタイプな悪役じゃないか。こんなの投稿マンガに出したら“発想力貧困”で即ボツだぞ。
 しかし第一声で驚いていてはいけない。
「んまーっ、学芸会がないとおっしゃるの? 秋の音楽会とかお遊戯会とか、お子達の日頃の練習の成果を見せるようなものが何もないって? え? 3学期? 発表会? 呼び方はどうでもかまやしませんわよ、あるんですのね? ああ、良かった。学芸会もない幼稚園だなんて……これだから公立の園は困りますわ。私学があればそちらへ入ったんですけど、この辺まったく選択の余地がないんですものねぇ。中学や高校にしても数が少なくて。皆さんよく我慢してらっしゃること。
 それはともかくその、発表会でしたかしら? お芝居とか、ございますわよね? 主役はPTA会長の子息、うちのカンナちゃんでよろしいわね。当然そういう決まりでございましょ? でなきゃ何のための会長かわかりゃしませんものねぇ」
 ……おいおい。皆様のための会長じゃねーのかよ。
 何でも矢沢の子どもがこの3月まで通っていた隣の県の私立幼稚園では、PTA会長の子どもが学芸会の花形、王子様もしくはお姫様をやるというのが伝統になっていたらしい。カンナちゃんのお兄ちゃんの樹人(みきと)くんも王子様をやったそうだ。つまり、矢沢、PTA会長2度目。
 やるか、普通。会長2度も!
「いえ、でもうちの園ではそういうことは……。劇といっても別に白雪姫とか浦島太郎とか、そういうはっきりした主人公のあるお話はやりませんし、みんなが主役という感じで……」
 と、最初は反論を試みた園長先生と主任の川端先生。
「何寝ぼけたことおっしゃってるんですか! 私が会長を務めさせていただく以上、そんないい加減なことはきっぱりやめさせていただきます! 年中組はともかく、年長組にはきっちりと見応えのあるお芝居を演じていただきますわ。ええ、衣裳や舞台装置等、何でも必要なものはPTAが用意いたします!」
 ってこら、そんなこと勝手に決めるな!
 唖然茫然、あまりのことに声を失ってしまったあたしら3人の目の前で矢沢は熱弁を振るい、ついに先生方降参。
 そして。
 自分の娘が主役を確保したとなると矢沢、
「あら、もうこんな時間! それじゃあたくし、カンナちゃんのバレエのレッスンがございますので。失礼」
にこやかに退場。
 マジかよ……。
 実際学芸会騒動だけでたっぷり45分使ってしまったので、その日本当に議論しなきゃいけなかった諸々の事案は全部先送り。
「申し訳ありません、一通り簡単にご説明しますので、今度の2回目の役員会議までに執行部からの提案等、まとめておいて下さいますか。あ、去年の役員さんのノートもありますし。参考になさっていただいて」
 というわけで、次の日あたしら3人、また幼稚園に集まったのだった。
「なんか、釈然としないね」
 里見さんが言った。
「っちゅーか、先が思いやられるよね。あの会長と1年間付き合ってかなきゃならないかと思うと」
 あたしが答えると、倉橋さんがビシッと言った。
「付き合う必要なんかないんじゃない。無視よ、無視。どうせあの人学芸会以外に興味ないわよ。衣裳たら何たらえらそーなこと言ってたけど、それだって絶対こっちに丸投げよ」
 確かに。
「うん、でもあーゆー人って、何にでも口だけは出しそうじゃない。文句だけは」
「なんか最悪。せっかく幼稚園楽しみにしてたのに。あーあ、なんで母親代表なんかに当たっちゃったんだろ。あの日に戻ってくじ引きやり直したーい」
「今度は会計に当たるわよ」
「えーっ、いやーん」
 ――この倉橋さんの辛辣さがあたしは好きだ。
「くじと言えばあいつ(←もはや“あいつ”呼ばわり)、よくうまい具合に会長なんか当たったよね。あの口ぶりじゃ最初っから狙ってたんだよ。やりたいんならさっさと立候補すりゃいいのに、わざわざくじ引きやらしてさ。当たっちゃったから仕方ない、みたいな顔して受けてんの。超むかつく」
「世の中不思議とそーゆーことになってんのよ。善良な人間が迷惑するように。あーゆー輩って良くも悪くもパワーあるからね、さしずめ前の日に御祈祷でもして当たりくじ引き寄せたんじゃない」
 至極もっともなしびれる意見を倉橋さんがクールに言った時だった。
「その通りじゃ! いや、君、鋭いのぉ。ほんに鋭い」
 どこからともなく妙な声が。
 あたし達、互いに顔を見合わせ、辺りをきょろきょろ見回し。
 もちろん誰もいない。幼稚園の隅っこ、『おかあさんの部屋』と銘打たれた小さな部屋にはあたしら3人と里見さん家の下の子、もうすぐ2歳の詩月(しづき)ちゃんしかいない。もちろん廊下にも誰も見当たらず、園庭で遊ぶ暁や翔太くんの姿がかいま見えるだけで。
「えっと、それで今度の会議の議案なんだけど」
「年間行事の検討だよね。特に7月の夕涼み会のやり方について」
「7月のこともう決めるの?」
 気味の悪い謎の声なんか聞こえなかったことにするあたし達。わざとらしく頭を突っつき合わせて資料をひっくり返す。
「こらー、無視するでないっ!」
 声とともに机の上、あたしらの視線の真ん中にぼんっ!と小さな煙が上がり。
 じーさんが立っていた。体長わずか10p足らず、白い髭に杖を持った、できそこないの福禄寿みたいなじーさんが。
「誰ができそこないじゃ、誰がっ!」
 ぱこっ! じーさん、ノミのようにジャンプしてあたしの頭を杖でぽかり。小さいくせにけっこう痛い。
「じぃ、じぃ」
 ぱちぱちと拍手して、なぜか詩月ちゃん大ウケ。机の上のじーさんに手を伸ばす。はっ、と気づいた里見さん、慌てて詩月ちゃんを引き戻して。
「何なの、あんた」
 倉橋さんが訊いた。
 じーさん、もったいぶった咳払いを一つ。
「おっほん。『何なの、あんた』と訊かれたら、答えてあげるが世の情け」
 ロケット団か、おまえは。
「愛と真実の正義を貫く、ラブリーチャーミーな白仙人、東流斎(とうりゅうさい)とはわしのことじゃ!」
 って、大見得切られてもな。仙人だって?
「なんだか知らないけど、続けて『ホワイトホールが待ってるぜ』なんて言ったらぶっ叩くわよ、じーさん」
 何事にも動じない、この倉橋さんの冷静さがたまらん。
 倉橋さんに冷ややかに睨みつけられたじーさん、ぽりぽりと頭を掻いた。
「まったく近ごろの娘っ子は礼儀を知らんのぉ。一昔前ならわしら仙人に向かってそんな口を利くような奴は首打たれても文句は言えんかったもんじゃ。あー、まったくなさけない」
「で、その、ありがたーい仙人様がどのようなご用件で姿を現してくださったんでしょうか」
 本当に仙人だと信じたわけじゃないけど。そもそもこんなちみっこい、人形みたいな年寄りが口利いて動いてるっていうところからして全然現実味がなくて、たちの悪いぺてんにかかってるような気分だったんだけど。
「さっき、なんか『その通り!』とかおっしゃってましたよねぇ。矢沢のくじ引きの話で」
 あのはた迷惑な“ざぁます夫人”が悪人パワーで当たりくじを引き寄せた、って倉橋さんが言ったら、このじーさんが現れたのだ。してみるとこのじーさんも矢沢の悪パワーの副産物なのでは? あたしらがあいつの悪口を言うと懲らしめに出てくるのだ。ひぇーっ、怖すぎる。
「アホ。逆じゃ、逆! わしは白仙人、おまえさん方をあの黒仙人の手先から守るために来たんじゃ」
「黒仙人?」
 じーさんの話を要約すると。
 世界には善のパワーと悪のパワーがあって、昔から闘いを繰り返してきた。仙界も白と黒、二つに分かれて争い続けている。悪に傾いた人間は容易に黒仙人の操り人形となり、人間界において代理戦争を繰り広げる。
「あの矢沢理恵子という人間はな、黒仙人達がこのゆかり野市に送り込んだ尖兵なのじゃよ」
 …………。
 あたしら3人、再び互いの顔を見合わし。
「行こか」
「うん、場所変えよ」
「あ、うち来てくれてもいいよ」
 そそくさ。
 付き合ってられるか、ってーの。
「こらーっ、無視するでないと言うとろーがっ!!」
 じーさん怒りの鉄杖がぽかぽかぽかとあたしら3人の頭を打ち。
「座れ!」
 じーさんが叫んだとたん、立って部屋を出ようとしていたあたし達、どすんとものすごい勢いで尻から床に叩きつけられた。
「何すんのよ、このくそじじぃ!」
「うるさい、人の話をしまいまで聞かんからじゃ。ほれ、椅子に座れ!」
 再びじーさんの言葉とともに、あたし達の体はひゅんっと空中を滑って椅子へ。
「しゅごー、しゅごー」
 すごい、と言いたいのだろう。詩月ちゃん、再び大ウケ。にこにこして拍手する詩月ちゃんに向かってじーさん、ピース。……あのな。
 しかしその力を認めないわけにはいかない。白だか黒だか知らないけれど、ともかく妙な力だけは持っている。あたし達を無理矢理椅子に座らせる程度の力は。
「あのさ、じーさん」
 腕を組み、さっきより更に冷たい視線をじーさんに浴びせながら、倉橋さん――ああ、もうめんどくさい、淳子だ、淳子。淳子が口を開いた。
「百歩譲ってあんたがいい仙人だったとしてもさ、信じられるわけないでしょ。大体あたし、世の中を単純に善悪に分けようっていうどっかの大統領みたいな考え支持してないし、いくら矢沢理恵子が困ったおばさんだとしたって、あの程度の人間、『クラスに一人はおりまんな』って奴でしょうが。自分の子どもを目立たせたいだけのただの親バカでさ。迷惑だけど、子ども虐待して死なしちゃうようなのに比べたら実害ないわけ。それを“黒仙人の手先”とか言われてもねぇ」
 いやぁ、実に正論。ぱちぱちぱち。
「甘い! 甘いぞっ! 実害が出てからでは遅いのじゃ。学芸会だけで済むわけがなかろう。すぐに彼女は幼稚園を好きなように動かし始めるぞ。のびのび元気に、が信条のこの園を、私立のお受験校のようにされてもよいのか」
「だからさ」
 今度はあたしの番だ。
「なんで世界を二分して争ってる悪者が、わざわざ幼稚園なんかに魔の手を伸ばしてくんのよ。あまりにも小さいでしょうが、やることが」
「そうよねぇ。小泉さんに取り憑いて日中戦争を始めさせるとかだったらわかるけど、矢沢さんに取り憑いたってねぇ。――あ、でもあたし思うのよ。絶対金正日にはなんか憑いてるって。あなたいい仙人だったらそっち行った方がいいと思うよ。日本にだけはミサイル撃たないでねって」
 芳美ちゃんって、フリルひらひら、髪にはリボン、顔も童顔でいかにも可愛らしい子なんだけど、見た目に惑わされてはいけない。これでなかなか、言うんだよねぇ。
「わかった。結局あんたも小物なんでしょ。ホントに位の高い仙人は北朝鮮だのイラクだの、世界を股にかけて頑張ってるのかもしれないけど、所詮あんたは幼稚園のもめ事に首を突っ込むぐらいしかさせてもらえないと」
 ううむ。蜂の一刺しならぬ淳子の一刺し。これは痛い、痛いぞ〜。
 図星と見えて、じーさん、口をぱくぱく、体をわなわな。
「ば、ば、ばっかもーんっ!!」
 じーさん、叫んだ。その小さな体から出たとは思えないほどのくそでかい声で。
「世の中がそんなに単純だと思っとるのか? どこかの国の大統領一人がバカだからと言って、それで本当に世界全部が悪くなると思うのか。自分達小市民はいつだって平和を望んで正しい道を生きているとでも言うんじゃろう、え? 悪いのはみんな国か? 政治家か? 目の前で年寄りが転んでも手も差し伸べんくせに善人づらするでないわ」
 ギクっ。なんでこいつそんなこと知ってんだ? ついこないだ――一昨日だったか、暁と公園から帰る途中、目の前でおばあさんが転んだんだ。自転車ごとひっくり返って。あっ、と思って、おばあさんと目が合って。どうしようと思った瞬間、後ろから来た自転車の男の子(たぶん高校生)がさっと自転車止めて、おばあさんを起こしてあげた。
 別に、あたしだって助けようと思わなかったわけじゃない。ただ、目が合った瞬間、おばあさんがバツの悪そうな、「見られた!」って顔をしたもんだから。
「スーパーでよその子どもが勝手にお菓子の袋を開けていても知らんぷり、マンションだからってゴミは毎日出し放題! そーゆー日頃の行いが地域の平和を乱し、果ては国の平和を乱していくんじゃ! 敵は己の裡に在り! 真実の悪が狙うのは、人間一人一人の弱い心じゃ。国家の存亡なんぞ何万年と続いてきた善悪の闘いに比べれば屁でもないわっ」
 ……至極もっともなような、でもやっぱりただの屁理屈のような。
「悪かったわね、よその子を叱る勇気がなくて」
「だってしょうがないじゃない、紙おむつとかすぐ溜まっちゃうんだもーん」
 苦虫を噛み潰す淳子と、ぷっと口をとんがらかす芳美ちゃん。二人とも身に覚えがあったわけね。なんかこう、重箱の隅をつつくようなみみっちい攻撃だけど。
 ため息をついて、あたしは言った。
「わかったわよ。あんたの言うこと信じりゃいいんでしょ。あんたはいい仙人で、矢沢理恵子はこのあかね地区の平和を乱すため送り込まれた悪い仙人の手先。で、何? あたし達にどうしろって言うの?」
「そりゃ決まっとる。戦うんじゃ」
「戦う? 矢沢と?」
 じーさん、重々しくうなずいて。
「彼女の背後にいる黒仙人どもとな。おぬしらは今日からわしら白仙人の僕(しもべ)、正義の味方としてこのゆかり野市の平和を守るのじゃ」
「ちょっと、そんなこと勝手に決めないでよ。なんであたしらがあんたの下僕にならなきゃいけないわけ?」
 淳子、反論。
「そりゃ仕方なかろう。PTA役員なんじゃから」
 なんでやー。そんな話聞いたことないぞー。役員に当たるともれなくけったいな仙人じじぃが付いてくるなんて。
「誰がけったいなじじぃじゃ。言うとくがな、わしが下界に姿を現すのはかれこれ150年ぶりなんじゃぞ。おぬしら、選ばれて光栄と思え。それに、わしの僕(しもべ)になるということはそれ相応の力が使えるようになるということじゃ。しがない育児ママが正義のヒロインになれるんじゃぞ。ほれ、こんなふうに」
 すいっとじーさんが杖を一振りすると。
 きらきらきらっ☆ 目の前の芳美ちゃんの姿がピンクのお星様の輝きに包まれ。
 一瞬にして芳美ちゃんはレースのミニスカ、胸にハートのスパンコール。編み編みブーツに仮面をつけた、超怪しい美少女(?)戦士に。
「えーっ、嘘ーっ、セーラームーンみたぁい!」
 おいおい、喜ぶなよ、芳美ちゃん。
「ほれ、そっちの2人も」
 ってこら、ちょっと待てぇ!
 と、制止する間もあらばこそ。あたしと淳子、それぞれオレンジと水色の光に包まれて。
 ぎょえー、やめてくれー。オレンジのふりふりレースなんて最悪やないかぁ。
「可愛いっ!」
 だから喜ぶなって、芳美!
「こぉのくそじじぃ、何勝手な真似してんだよっ!」
 淳子、怒りの鉄拳。かわすじじぃ。
「気に入らんのか? 似合うとるぞ、ひょっひょっひょっ」
 なんちゅう笑い声だ。じーさん、あたしと淳子がフリルアレルギーなのを知っててわざとこんな格好にしたな。
「わかったわかった。じゃ、これでどうだ?」
 淳子とあたしの繰り出す拳をのらりくらりと交わしながら、じーさんがくるりと杖を回した。
 するとあらあら不思議、あら不思議。今後は紫と黒の光があたし達にまとわりつき。
 淳子は紫のタキシード、そしてあたしは黒燕尾。
「きゃー、宝塚みたぁい!」
 だから喜ぶなよ、芳美。
「着てみたかったんじゃないのかぁ、え? 憧れのタカラジェンヌ、男役じゃぞい」
 うっ。そりゃ好きだけどさ、宝塚。
「よぉく見てみぃ。少々補正も効かしてある。上等じゃろうが」
 補正?
 あたしと淳子、『ラ・セーヌの星』もどきの仮面ごしに、互いの姿をしげしげと眺め合った。
 なんと衣裳だけでなく、髪までセットされている。淳子はストレートのセミロングに紫のメッシュが入り、あたしはウルフカットを横に撫でつけられてまさしく男役風。メークもばっちり、耳にはピアス。そして二人とも、やけに腰の位置が高くなっていて。
「悪いけど木戸さん、そんなにスタイル良くなかったよね、さっきまで」
「うん。倉橋さんも」
 あたし、もともと痩せてはいたけど、足は太かった。長くもなかった。
 なるほど、“補正”ね。
「かっこいいよ、2人とも!」
 よくよく見ると芳美ちゃんもちょっとスリムになっている。顔もなんかさらに童顔になってるような。うーん、しかしこの宝塚男役+セーラームーンもどきのスリーショット、なんか超怪しいコスプレ大会みたいなんだけど。
「どうじゃ。悪くなかろう。名付けて……そうじゃな、ミンキーママってのはどうだ? ミンキーブラック、ミンキーピンク、ミンキーパープルじゃ!」
 ――おい、それって『魔法のプリンセス・ミンキーモモ』のまんまパクリちゃうんか?
 喜んでいいんだか悲しんでいいんだか、その日からあたしら3人、謎の戦隊ヒロインになってしまったのだった。


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