本の虫

◆第56回『半身』/サラ・ウォーターズ◆

 第53回で紹介した『荊の城』の作者、サラ・ウォーターズの出世作。「サマセット・モーム賞」を受賞し、2003年度の「このミステリーがすごい!」海外編で堂々の1位を獲得。……でも私は『荊の城』の方が好きだな。大体この話はミステリーなのか?って気もするし。

 時は19世紀、舞台はロンドン。自殺未遂の過去を持つ、“行き遅れ”の老嬢マーガレットは、悪名高いミルバンク監獄で慰問を始める。様々な罪で監獄に落とされた女囚たちの中に、その娘はいた。19歳の美少女シライナ。霊媒として活躍していた彼女は、交霊会のさなかに客を傷つけ、館の女主人を死なせた罪で服役していた。美しく気高く、不思議な魅力を持つシライナにマーガレットは惹かれ、次第に恋にも似た感情を抱くようになるが……。

 確かに面白いんだよ。どんどん物語に引き込まれていく。読み始めると止まらないのも『荊の城』と一緒。でも読後感がね。『荊の城』は「あ〜、良かった」だったけど、こっちは「え〜、そんな〜」なんだもん。マーガレットが可哀想すぎる。あんまり言うとネタバレになってしまうけど、「この後マーガレットは首をくくったんだろうか? 他に術があるとは思えない」っていう結末なのよ。

 マーガレットって30前の“老嬢”なのね。今は30で独身でも別に全然普通だけど、19世紀の上流階級じゃ、肩身が狭い以上の何物でもない。頭が良くて勉強が好きだったのに、女だから学校に行かせてはもらえない。理解のあった父親は死んで、“恋人”だった娘はあろうことか自分の弟と結婚してしまう。自殺未遂を図り、母親にも周囲の人間にも“変人”のレッテルを貼られ、今また自分よりずっと美人の妹が結婚しようとしている。母親は家に居座り続ける“行き遅れ”の長女を疎みこそすれ、その心中を察しようなどとはしない――。

 もう最初から思いきり気の毒なんだよ、マーガレット。だから彼女がシライナに惹かれ、どんどん溺れていく気持ちはとてもよくわかって、だからこそラストに待ち受ける悲劇がつらい。

 マーガレットの日記の間に、ところどころシライナの日記が差し挟まれる。それはシライナが監獄に入れられるより前の日記で、少しずつ謎が明かされてはいくんだけど、完全には見えてこない。ほのめかされるだけで、よくあるミステリーのように「謎はすべて解けた!」と誰かが解説してくれるようなことはないのだ。おまけにマーガレットに対するシライナの気持ちというものはまったく書かれていないので、「なんで〜、なんであんたそんなひどいことができるの〜」と言いたくなってしまうのだなぁ。シライナの気持ちを書いちゃったらミステリーにならないかもしれないけど、しかしなんか納得いかん。被害者の苦しい胸の内ばっかり読むのは疲れる。

 その点『荊の城』の方はスウとモード、2人の視点から物語が語られていて、同じ出来事がこうも違って見えるのか、ということが衝撃でもあった。マーガレットが感激し、感情を昂ぶらせて日記に書いた諸々のこともすべて、シライナにはまったく違う様相を見せていたのだろう。「この人なら自分をわかってくれる」「わかりあえる」と思ってのめり込んでいったマーガレットの、その思い込みの哀しさ。

 あ〜、次はもうちょっとすっきりする話が読みたい。

『半身』
『荊の城』上・下

以上 創元推理文庫 サラ・ウォーターズ作 中村有希訳


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