お母さんの生南FCレポート 12/20 長居競技場・交歓会試合


「おかあさん、レガースここに置いてあったん知らん?」
「そこに、置いてあったらそこにあるやろ?」

12月20日試合の朝、そんな会話から始まった。



長居競技場、人工芝でできるということを「初蹴り」の詳細決定会議に3年代表サブで出席させてもらったとき安原監督がうれしそうに話してくれた。
「みんな喜ぶと思いますよ」増田コーチも自分の事のようにうれしそうに話してくれた。
{意味わかるかな?}心の中で息子の顔を思い浮かべながら、つぶやく・・・・。
案の定、そんな朝から始まった。

「試合があるってわかっていんのに、用意しときーな!」親も文句を言いながら探す。
...そんな、試合だった、人任せなサッカー、そんな風にも見えた。

”俺が一生懸命しても....” 「しらけたサッカー」、そんな風にも見えた。

“自分のために!”が無いから、“チームのため!”も無い、ここ最近の5年の試合は、疲れた子どものサッカーを見ているようだった。好きなことに集中できる環境が少ないのかも知れない、
親がかまい過ぎなのかも知れない、自由のようで本当は自由じゃないのかもしれない。
反省しながら、あれこれ哲学する...
いままで、言い訳すると叱っていた私もひょっとすると聞いてあげて、それを解説してあげないと
だめなのかなと初心が揺らいだ。
 大人になって、「あの時あの人が、ああいっていた事がその時わかっていたらなぁ」そんな反省の中で生きている私にとって、ついつい愚痴っぽく説教してしまう。それもまた反省の種になってしまった。
子どもはのびのびと、一生懸命打ち込み、勝ったら無償に喜び、負けたら涙をながし、そんな子どもを理想に描いているかも知れない。子供にだけ、理想を押し付けても子供にとってはえらい迷惑かもしれない。そんなことを思いながら、試合は1勝1敗で終わった。
難しい技術面はわからないが言う事は「ねばれ!」「ホローせな!」「あきらめるな!」「自分で行け!」「根性だせ!」の世界である。

私が「できる事」といえば、(息子が好きでしているサッカーなので、「できる事」という事もないが)
自分自身「しらけない事」くらいかな?、とふと思う。もっと人の為に、得にならない事をすることかな?サッカー好き少年の為に、昔のサッカー好き少年だった大人が、人工芝を用意してくれる、その熱い情熱を伝える事かな?

そんな事を思いながら、長居競技場を後にした。

レポートby海士豊美


Copylight(c)2002-2007 Ikunominami Football Club. All Rights Reserved.