く方式 その81〜その90

その81
 

 今回も「指を使って計算する方法」についてお話します。
 前回、おかあさんが「4」と言ったら親指から順に「1」「2」「3」「4」と折り、薬指を折った時点で手を膝にする、というところまでやりました。次は「5から10」までをします。
 まずひとつの方法は「左手の小指を折ったら5、次にその小指を伸ばして6、薬指を伸ばして7・・・親指を伸ばして10」というように同じ手で数える方法です。これですと、問題を解くときでも鉛筆をもったまま数えることができ、すぐに答えを書くことができます。日常の生活場面でも片手ですませた方が何かと便利です。しかし、「いったん折った指をまた伸ばす。それが違う数字を意味する」ということを理解するのは少し時間がかかります。
 もうひとつの方法は「左手の小指まで折ったら、次は右手の親指で6、人差し指で7・・・小指で10」というように両手を使う方法があります。これだと、いったん鉛筆を置いて両手をフリーにして数えなければなりませんので、あまりおすすめできません。(片手は鉛筆を持った状態で出来るように「利き手と反対の手」で1から5をやったのですから)しかし、この方法が子供にとって混乱しないのは確かですから、片手だけで難しいようなら両手を使ってもよいでしょう。
 さて、ここまできたらいよいよ「指を使っての計算」です。5+3=8という問題をやってみましょう。お母さんが「5」の数字をしっかり指さして「5!」と言います。そしてつぎは「3」を指さして左手の指を親指から中指まで折りながら「6!」「7!」「8!」としっかり言ったところで「8」という数字を書き込みます。答えを書くまえに左手は膝にもどしましょう。4+2=6、7+3=10、6+3=9、というようにいくつもやってみせてあげましょう。何問かお母さんが見本を示してから子供と一緒にやるようにします。ただ、このときたとえば6+1=7とすると「6に1をたすから7ほら、7でしょ」というように説明しないことが肝心です。子供にとってはやっと「親指を折って1」「薬指を折って4」というように「指を折ったり伸ばしたりする動作」と「数字」とがマッチングするものなのだとおぼろげにわかったところなのですから、いきなり「1はどの指、親指でしょ、だから7になるやないの!」とやられるとわけがわからなくなってしまいます。まず、問題の左側にある数字をはっきり言い、次に右側にある数字を指さしながら指を折り同時に左側にある数字の次の数から数唱をのせる、という作業を定着させましょう。すぐにできるようにはなりませんが、毎日数問ずつ繰り返してください。マルを書くたし算でも十分なのですが「また違う手順に取り組むことが脳のトレーニングになる」のですから、できなくてもあせらないことです。そして何度も繰り返しますが「手順を理解するトレーニングをしているのであって、概念とは無関係」と割り切ってください。これができたからといっていきなり日常生活の中で「お兄ちゃんとあなたが3個お母さんが2個食べるから数えて持ってきて!」などとやってはいけません。「手順は手順、概念は概念」なのです。

 

●ポイント

 手順を教える時に理屈で教えようとしないことが大切。




その82
 今回はデイリ―プログラム@(「その53」参照)からややステップアップしたデイリ―プログラムAについてお話しましょう。

(125)くれよん方式デイリープログラムA

 デイリープログラム@はそのまま継続してください。そこにいくつか、付け加えたものが、デイリープログラムAというわけです。

・「タン、ウン、タン、ウン、タン、ウン」のリズム打ち

・鼻呼吸トレーニング・・・口を閉じさせて(お母さんが口をつまんでもかまいません)鼻で息を吸い込むことを覚えさせます。

・ ゴックントレーニング・・・障害児には「つばを飲めない」子が多く、よだれや口臭の原因になります。また、たまったつばをのどの奥に送る時の口の動きが出来ないことが発音の不明瞭さにもつながります。ゴックントレーニングでつばを飲めるようにしましょう。やり方ですが

1.ジュースやお茶を飲む時に、あえて「ゴックンしなさい」という言葉をかけ、子供がジュースを飲み込むのに合わせて「ゴックン、ゴックン」と声をかけます。ジュースを飲み込むときの筋肉の動きと「ゴックン」の言葉をマッチングさせます。

2.ごく少量のお茶やジュース(コップの底にあるかないかぐらいの)を「ゴックン」させます。

3.いよいよつばを飲む練習です。お母さんが「ゴックンするよ」とつばを飲みこみます。その後子供の口を閉じさせて「ゴックンしなさい」とうながします。子供の口の中にはたいてい「飲み下すに十分な」量のつばがたまっていますから手順をふんでトレーニングすればいずれは自分でつばを飲み込めるようになります。

・お手伝い・・・食器をさげる、洗濯したタオルやハンカチをたたむ、敷布団、掛け布団の上げ下ろしをする、まくらを置く。シーツは非常に難しいのでもう少し先でもいいでしょう。もちろんパターン行動におちいらないように適宜、順序を変えたりする工夫は必要です。

・学習については・・・「マル書き」「マル数え」「マル書き、または指を使った計算」、「「動作文の判断学習」を付け加えて15分以内で終わりましょう。

・ 何も用事のない時に子供の両手を握りその体勢を1〜2分維持できることを目標にしましょう。これは特に自閉症の子供の必須トレーニングです。お母さんにギュッと手(特に親指の付け根)を握られて1分から2分平気な顔をしていられるようになればかなりパニックの頻度は減ります。この「手つなぎトレーニング」については次回に詳しく説明します。

 

●ポイント

 「手つなぎ」「ゴックン」「鼻呼吸」は「生きる基本」と考えて、出来なくても毎日取り組みましょう。




その83
 

 「手つなぎ」は自閉症の子供に必須のトレーニングです。自閉症状の深刻さの原因には「脳の電気的異常(放電、つまり発作)」の他に「触覚過敏」もあります。手の勝手な(奇妙な)動きを止めようとすると、その強さに驚いてしまいますが、これは運動発作を起しているからであり、「勝手に動いてしまう手を止められる不快さ」によってより大きなパニックになることがあります。また、「触覚過敏」のため「触られることの不快さ」により大きな発作を誘発することもあります。ですから、「何もない時に1〜2分手をつながれても平気になればそれだけ発作をコントロールできるようになった」ということであり、日常たえまなく起っていたパニック(かんしゃく)が減ってくるわけです。しかし、「2分」と口で言うのは簡単ですが、途中でパニックになると親指のつめでお母さんの皮膚を突き破りもするでしょうし、隣近所に鳴り響くような絶叫を続けることもあるでしょうし、蹴ってくることもあるでしょうし、なかなか大変です。パニックは発作ですから、運動野の中で面積の広い顔(歯のかみ締め、絶叫)、手(親指をはじめとして突き刺し、パンチ)、足に強烈な筋緊張が生じます。発作である以上、脳内に放電が起って大脳皮質前頭前野はまったく使えませんからコントロールがきかず、爆発的な緊張を起こしますので想像をはるかにこえる大変さです。しかし、この勝負をくぐり抜けないことには「はれものにさわるように子供と接しなければならない」状態がずっと続きます。また、どんなにパニックが強く、行動障害が深刻でも成人して施設なり作業所で「ほとんど干渉を受けず、毎日同じ生活」をすると一見安定するようにみえるので「その人のできることをやりたいようにさせてあげることが一番良い」と決め付けられがちですが、何か新しいことをしてもらおうとするとやはりパニックが起こる訳ですからこの状態を「豊かな人生」とはとても思えません。この「手つなぎトレーニング」はくれよん方式での中でも最も基本的かつ、最もハードなトレーニングといえます。学習のように「足し算ができるようになった」というような結果も見えないし、子供は抵抗するし、でついくじけてしまいがちです。しかし、手つなぎが出来ない状態ではいくら学習や作業や運動ができても「ひとたび不快刺激が入るとパニック」という危険が常にあるわけですから、お母さんは是非頑張っていただきたいと思います。下記の方法で行います。

 @最低30分は覚悟し子供の力が抜けるまで、お母さんも歯を食いしばってがんばる。

 Aパニックになりそうな瞬間には手を離してやる。

 @が最良の方法で比較的短い日数でパニックが減ってきます。無軌道に暴発していた神経エネルギーがかなりコントロールされ、少しずつ抵抗が弱まってくるのがわかります。パニックの頻度、大きさが軽減してゆきます。これはあまりにも大変だという場合Aを用います。しかし、これは「どこで手を離すか」が難しく、パニックが起こってしまって手を離せば、それこそさらにパニックの頻発、激しさを増悪させることになります。また「ひと声絶叫すれば手を離してもらえる」という悪いパターンも形成しやすいという難点もあり、遅々としてすすまず、結局やめてしまうことになりがちです。そこでB何もない時に子供の手(特に親指の付け根)をギュッとつかみその秒数を伸ばしていく、という方法が初めてのお母さんには無難です。しかし、これでいくと1年以上はゆうにかかるという覚悟をする必要があります。いずれにしても「地味でハードでつらい」トレーニングですが、自閉症児の問題行動は「発作」ですから、子供はひとりでは戦えません、子供と一緒に戦ってあげてください。
 



その84
 2つの数を比べて「多い方」を取る学習はできてきましたか?今度は「少ない」を学習しなければなりません。我々がよくやる間違いは「ひとつの概念がわかっていれば、反対概念ははじめからわかっているはず」と思いこんでしまうことです。たしかに健常児の場合は小学校にあがる前には「大きい」「小さい」「きれい」「きたない」「広い」「せまい」「新しい」「古い」もちろん「多い」「少ない」もすべて知っています。教えなくても勝手にわかる様になっていますから、そこでつまずいている子供には手の打ちようがなかったのが今までの教育です。ここではくれよん方式72,73で一応パターニングできた「多い」に加えて「少ない」を習得させる方法について考えましょう。
 

(127)「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1」の数唱が出来るようにしよう

 1から500までをスラスラ言えたり書けたりするからといってその逆が出来るとは限りませんこれが出来ないとマルけし引き算や指折り引き算で一応答えが出せたとしても、まったく実感のない「数の操作」のみに終わってしまいます。順を追ってやり方を説明しましょう。

@1から10までのカードを用意します。今回は一番右(子供からみて)に最初に10を置き、順に左へ「9」「8」「7」と置いていきます。「10」「9」「8」・・・と声を出して読むように促します。何回か声を出して言えたら、今度は「10」をまず一番右に置き、次は「9」の場所(まだ何も置かれていない)を指さして子供が「9」というのを待ちます。子供が「9」と言ったらカードを置きます。次は「8」の場所を指差してください。子供が「8」と言ったらカードを置きます。言えなかったら先にお母さんが「8」を置き子供に「8」と言うように促します。これを繰り返してお母さんの指さしに合わせて1つ少ない数を言えるようにしていきます。

A次はカードなしでお母さんと一緒に「10,9,8,7…1」と数唱し、1人でできるようにしていきます。


(128) 「5より1少ないのは?」→「4」の練習をしよう

 上の@、Aを毎日やり、ほぼ出来るようになったら次の段階へすすみます。
 カードを1〜5まで並べます。お母さんがまず5のカードを指さし、更にそのカードを子供によく見せてから「これは5です」と言ってください。数字の言える子には「5」と言わせてください。そしてカードを元に戻してから「5よりも1少ないのは4です」とはっきり言って4を指さしさらに少ないと言う言葉を強調しながら、それに合わせて指を4の方に動かしてください。「少ない」という音の響きと指が左へ動く(子供から見て)動きをマッチングするのが目的です。この「5より1少ないのは4」のデモンストレーションを5〜6回行ってから子供にやってみるように促しましょう。5のところに指を置かせ、お母さんの「5より1少ないのは4」の言葉に合わせて4を指さすようにさせます。これが確実にできるようになるまで「4より・・・」とか「3より・・・」のように他の数字を使うのは避けましょう。続きは次回に・・・

 

●ポイント

 「1,2、・・・10」と順番に数字を言うのと「10,9,8・・・1」のようにそれを逆にいうのとは全く別のことと考えましょう。




その85
 「5より1少ないのは4」が出来たら、「4より1少ないのは3」「3より1少ないのは2」「2より1少ないのは1」とやっていきます。そして今度は6〜10のカードを使って「10より1少ないのは9」・・・「7より1少ないのは6」が出来るようにしましょう。
 

(130)「5より2少ないのは?」→「3」の練習をしよう

 「1少ない」の次は「2少ない」をやります。お母さんが、まず5のカードを指さしてよく見せ、「5より2すくないのは」と言って4と3のカードを「1,2」と声を出しながら指で押さえます。そして「3」のカードを子供によく見せます。以前の学習で「少ない」という語と指を左へ動かす動作をマッチングしていますから、今度は「2」を強調して聞かせ、「1,2」止指を左へ2つ動かすことに注目させるようにします。これが出来たら「4より2少ないのは?」、「3より2すくないのは?」に取り組みます。そして次は6〜10のカードを使って「10より2少ないのは8」・・・「8より2少ないのは6」が出来るようにしましょう。


(131)数字カード1〜5で「少ない方をとる」を学習しよう

 まず、1の数字カードと2の数字カードを並べておき、「1と2では1が少ないよ」と何度も教えて1のカードを手にとって見せます。そして「1と2で少ない方をください」と「少ない」というところを強調して言ってからカードを取らせます。うまく1が取れたら1と2を反対に置き換えてまた「1と2で少ない方をください」と言ってカードをとらせます。ここでまた1が取れたらOKです。12,21、そしてまた12と並べてそれぞれ1がとれたら合格です。それ以上繰り返すと意識レベルが下がってしまう可能性があるので次に進んでください。次は「1と3で少ない方をください」で1が取れればよいのです。(13,31、また13と並べて間違わなくなればOKです。)次に「2と3」を行います。「2と3で少ない方をください」で2がとれるようにします。(23,32、そしてまた23)この後「1と4」「2と4」「3と4」「2と5」「3と5」そして「4と5」を順番にやっていきます。
 

(132)「多い方をとる」復習をしよう

 「多い方をとる」学習を久しぶりにやってみましょう。「少ない」ということばかり学習してきたのでパターンになって「多い」という言葉に反応できないかもしれません、そのときはまたその72、その73の手順に戻って「多い」をパターニングし、できてきたところで「少ない方をとる」のをいれていきます。@「2と3で多い方」A「1と3で多い方」そしてB「2と3で少ない方」というようにやっていってください。
 あせらず、できないところにぶち当たったら最初にもどって積み上げていく、これが知的障害児療育の鉄則です。次回は「なぜ、ここまで、スモールステップの考え方が必要なのか?」についてお話しましょう。

 



その86
 

(133)なぜスモールステップが必要なのか

 くれよん方式は学習であれ、何に対しても「スモールステップ」を最も大切なことのひとつに考えています。しかし、身体障害者に車椅子があり、スロープがあり、聴覚障害者に補聴器があり、視覚障害者点字があるように、知的障害者には「物事を理解し、習得する為にスモールステップが必要」なのです。知的障害児に何か教えようとする時「一度に3つぐらいの判断を求めていないか、一度に2つ以上の未習事項が含まれていないか」を確認することが大切です。知的障害児の脳はどうしてうまく働かないのでしょうか?このことについていつも考えていないと、「スモールステップで教える」ことはできません。知的障害児の脳の異常は「CTやMRIではちょっとわからない」のが普通です。多くの場合、形状的には問題がなく、見た目ではわからない「神経伝達物質の異常」「神経回路のもつれ」「放電」などが原因ですから、どの子に対しても慎重に接してあげることが大切です。一つの例をお話しましょう。自閉傾向の子供には「頭周の大きい」子供が沢山います。もちろん健常者にも頭の大きい人はいるわけですが、割合から言って高率と言っていいと思います。この場合、「脳室が健常者比べて少しだけ大きい」ことが考えられます。そうすると、脳室が少しだけ大きい分、側頭葉や大脳辺縁系、大脳基底核が圧迫され、萎縮することになります。このあたりは「物事を記憶し、大脳皮質前頭前野の支配を受けて現在の状況とつなげる」働きをしますから、ここに問題があると前頭前野との連絡がうまくいかず、「覚えてはいるがそれをきちんと活用できない」ことになります。たとえば、「水族園前から、81番のバスに乗って新長田に行き、そこで地下鉄「西神中央行き」に乗り換えて西神中央で降り、そごうへ行く。」ことを身につけたとしましょう。上で述べたような障害のある子は、「そごうに行く」ことは正確に出来るのですが、「水族園前から81番のバスに乗り、新長田で地下鉄「西神中央行き」に乗り換えて総合運動公園で降りてユニバー記念競技場に行く」ことはできない、ということになるのです。つまり、「総合運動公園」が「西神中央」まで行く途中にある駅だから同じバス、電車でよい」という考え方ができないのです。また一から「総合運動公園への行き方」を教えれば正確に行きますが、次に「妙法寺」まで行かせようとするとまた「水族園前から81番の・・・」と教えなければならない、ということになります。これが「記憶したことを現在の状況と結びつけられない」障害です。「はい」「いいえ」の判断学習が大切なのもこのためです。「知っている」ということは大脳辺縁系で十分こなせる仕事であり、「知っていることを今、自分のいる状況と照らし合わせて判断する」ことは新皮質前頭前野の仕事になりますから、「はい」と「いいえ」は「脳のリハビリ」訓練なのです。つづきは次回に・・・

 



その87
 「スモールステップ」とは何でしょう?学習課題であれ作業課題であれ、やりとげるまでの過程を可能な限り細分化していくことが何よりも大切です。つまり、「スモールステップ」とは「課題の細分化」のことなのです。課題を細分化するとき、「この手順で教えたら子供は一切混乱しない」ということをいつも確認しながらプログラムを組む必要があります。それだけではなく、子供の生活する環境そのものをととのえて、混乱をさけるようにしてあげることも大切です。今回はそのことについてお話しましょう。
 

(134)なぜ「うまく伝わらない」ことが多いのか?

 今会議中だとします。我々はとても重要で関心の深い内容について話し合っているとき、発言する人の言葉をしっかり聞こうとしますね。そのときよほど大きい音でないかぎり、イスをひく音や咳払いなどなどの、雑音は気になりません、これはなぜでしょうか?
 我々の脳の中では受け取った刺激は脳幹網様体へ送られこれによって脳が覚醒し、さらにそこから視床へ行きます。視床では」「覚えておくべき情報」と「どうでもよい情報」を選別し、覚えておくべき情報を海馬や大脳辺縁系へと送っていきます。そしてそのプロセスのなかで、大脳基底核というところが「いま、必要な刺激以外は除去する」フィルターの働きをしてくれますから、我々は雑音にまどわされないのです。また、会議中に他の仕事に没頭しているようなとき、逆に今度は会議の発言が「不必要な刺激」、つまり雑音ですから、「聞こえてはいるが情報として処理せずそのまま消えていく」ことになるのです。このように我々の脳は2段3段がまえで必要な刺激だけを受け取るようになっているのです。知的障害児の場合、なかなかこうはいきません。自己刺激行動に熱中しているような場合、脳幹網様体がちゃんと仕事をしませんから、「覚醒すらしていない」状態で、その動きをとにかく止めないことには何も伝わりません。また、大脳基底核に問題があると、すべてに刺激が同じように情報として伝わってしまい、非常に混乱します。ですから、伝えたいことがある時は、出来るだけ他の刺激のレベルを下げ、伝えたい情報だけが強調できるようにしてあげることが大切です。知的障害児にとっては、我々が普通に「楽しく」生活しているよりはやや「静かな」「落ち着いた」環境が適しており、一度に何人もの話し声が錯綜したり話し声と音楽が重なるような環境はあまりよくないということになります。続きは次回に。

 

●ポイント

 「刺激の選別」が難しいので、伝えたいことが強調できるように工夫しましょう。




その88
 

(135)刺激の量と質をコントロールしよう

 前回、「知的障害児にとってはやや静かで落ち着いた環境が適している」とお話しました。成人施設や作業所、養護学校高等部などには「よく会話もでき、とても活発でしっかりしている」人がたくさんいます。しかし、その人たちが一般の人たちと一緒に生活する場では別人のように黙り込んでしまい、表情も硬くなることがよくあります。これはなぜでしょう?もちろん、一般に考えられているように「劣等感」が他の人との交流を妨げているのも事実です。しかし、それだけではありません、我々がふだん会話するときの「テンポのはやさ」についていけないからです。1対1でなら、軽度の知的障害者は相手の言葉に意識を集中し、会話の流れをつかむことができます。しかし、我々は1対1で話すよりは4〜5人で話すことが多く(はじめは1対1であっても横から会話に加わってくる人がいるので結局4,5人になる)、その中で1人が話せばそちらに、また別に人が話せばその人に、というように矢継ぎ早に「今聞くべき刺激」が変わってゆきます。受け取るべき刺激を絞り込むことの苦手な知的障害者にとっては、情報の処理が間に合わず、とてもついていけません。そのために会話の中に入っていくことを避けようとするのです。一緒に生活している人がそういうことを配慮してあげないと知的障害者は暮らしやすくならない、ということです。また、配慮された環境の中でコミュニケーションを重ねることで知的障害者の脳は発達し、だんだんと無理なく会話の輪にはいれるようになるのです。
 

(136)「知覚過敏」もスモールステップで克服しよう

 大脳基底核は情報のフィルターであるとともに、「不必要(無意味)ない知覚を抑制する」大切な働きがあります。たとえば、「バンソウコウを傷口にはる」という場合、バンソウコウの感触などあまり気にしないというのが普通です。傷がひどい時はその傷の痛みが気になりますし、「はり方が不安定で取れてしまいそうな時はそのことが気になるでしょう。しかし、バンソウコウが皮膚にくっついている感触そのものについてはまったく気になりません。これは「バンソウコウがくっつく感触」を学習した大脳基底核が「もはや不必要と判断してその刺激感が入ってこないように抑制してしまう」からです。これが「慣れる」というメカニズムです。このメカニズムに問題がある人は「大脳基底核が不必要な刺激を抑制してくれない」ので、身体にふれるやや強めの刺激にすべて過敏に反応してしまいます。バンソウコウをはがさずにいられない、靴下のゴムのところをかきむしる、着られない服がある、散髪ができない、歯医者が大の苦手、つめを切らせない・・・など「なんで?」と思うような行動の原因のひとつにこういったことがあるのです。次回はどうやって克服していくかをお話しましょう。

 

●ポイント

 1人が話し終わらないうちに次の1人が話し始めるような会話は出来るだけ避けよう。

  「知覚過敏」も脳に原因があります。




その89
 「知覚過敏」は「不必要(無意味)な知覚の抑制ができない」ために起こってきますから、トレーニングとしては、「注意を集中すべき刺激を他につくり、不必要な刺激の影響を抑える」ことが有効です。例えば「バンソウコウははがさずにはいられない」という場合、バンソウコウを貼ったらすぐに大きな刺激を与えます。その子が「おやつ大好き」ならおやつでもいいですし、見たがるビデオがあったらそれを見せてもかまいません。そういうものがすぐに思いつかない場合、歩行に出るとか、とにかくバンソウコウを貼った状態で「何かを意識して行う」ことができればよいのです。そして、学習の習慣やお手伝い、作業の習慣がついているようなら、バンソウコウを貼ってすぐに学習や作業をするようにし、その時間をのばすようにします。バンソウコウ、着るのが苦手な服などでこういうトレーニングを積むことで、他の刺激もあまり気にしなくなります。バンソウコウをはがさなくなったらつめもだんだん抵抗なく切らせてくれるようになってきた」というようになってきます。「1回経験した刺激は次から大脳基底核で取捨選択される」状態に近づいていくからです。ただ、このようにして大脳基底核が働き出し、不快だった刺激に耐えられるようになっても「散髪やお医者さんは苦手」という部分が残りがちです。これは一見「こわがっている」ように見えますが、実際は「外からの力で体の動きが止められることへの抵抗」である場合が多いのです。こういうことでお母さんを困らせるのは自閉の子ですが、自閉症の子は「手と顔にいつも力が入り、じっとしているように見えてもたえず動いている」わけですから、散髪やお医者さんの受診は非常に難しいのです。これはやはり「指1本動かさずにじっとする」静止トレーニングを積むしかありません。そして、もっともよく動いてしまう手を親指を中心にしっかりつなぐトレーニングも大切です。こうしてある程度体の動きを自分で止められるようになり、手をつながれて平気になってくれば大人しく散髪やお医者さんの受診ができるようになります。
 

(137)刺激に対して適切に反応してこそ、落ち着いた行動が出来る

 ここしばらく、刺激を正しくうけとる(集中すべき刺激に対して反応する)ことについてお話してきましたが、大脳基底核に問題があると、自分の体そのものにも過剰に反応してしまいます。たとえば、我々はふだん、心臓の拍動には全く気づかず、運動したり体に変調が生じて心拍数が上がったときだけ「ドックン、ドックン」という鼓動を意識しますね。これに対して1日中休みなく心臓の鼓動を感じてしまったらどうでしょう?落ち着きがなく、多動になってしまいそうな気がしませんか?脳の働きに支障があると、こういうことも起こるのです。くれよん方式で学習、運動、作業など「出来なかったことに取り組んでできるようにする」ことを目指しているのは「今、見るべき(聞くべき、感じるべき)刺激に集中する」トレーニングをしているということです。それによって脳が正しく働き、周囲の環境にいちいち左右されることをなくしていこう、としています。しかしそのためには教える手順(課題の細分化)が最も重要です。スモールステップによる指導が障害児療育の命綱なのです。

 



その90

 スモールステップによる「判断学習」は進んでいるでしょうか?

 @名詞に対して「はい」「いいえ」A動作文に対して「はい」「いいえ」B「今、何をしましたか?」C「ここは〜(場所)ですか?」D「今から何をしますか?」Eスケジュール表を見て「次は何をしますか?」などに取り組んできました。そろそろ次の課題に進みましょう。
 

(138)マッチングで「ありません」が言えるようにしよう

 絵と絵のマッチング、例えば「りんご」「バナナ」「みかん」の絵が三枚並んでいるとします。そして子供は手に三枚のカードを持ち、同じ絵の下にカードを置いていくわけですが、ここで1枚だけ他のカードをまぜておきます。「りんご」を置き、「バナナ」を置き、さて次は、と見ると「ブドウ」のカードが手に残っているというようにするのです。
 ここで「ありません」という意味のこと(「できない」でもかまいません)を意思表示できれば成功です。発語が難しい場合はジーッと考え込んでもよいのです。困ったような顔になればそれこそ万万歳です。判断する力が育ってきているということです。ブドウだろうがなんだろうが、とりあえず空いたところに置く、というのではまだまだトレーニングが必要です。それは注視することをせずにパターンで手が置きに行っているからです。また、イライラして体に力を入れているようでも困ります。「あれ?」という不快刺激が発作を引き起こすようでは生活にいろいろな場面で不適応を起すからです。通常のマッチングを三回ほどしてから「ありません」トレーニングをするようにしてください。


(139)「・・・はありますか?」「はい、あります」(「・・・ありますか?」「いいえ、ありません」)を練習しよう

 上記の「ありません」トレーニングで「ここに存在する」か「存在しないか」を判断するようになってくると次は「はい」「いいえ」をします。「りんご」「バナナ」「みかん」の三枚のカードをならべ「ここに『りんご』はありますか」?と質問します。「はい、あります」という答えが出なければお母さんはすぐに「はい、あります」と言ってそれを復唱させます。そして、りんごの絵カードを指さします。これを何度も繰り返してください。「はい、あります」と言ったあと子供がそのカードを指さす、という行動が安定してきたら、次は「いいえ、ありません」に進みます。「ここに『ぶどう』はありますか?」と質問して「いいえ、ありません」という答えを誘導してください。しばらくはこの質問だけを行い、子供が「ブドウ→いいえ、ありません」というようにマッチングして答えるパターンを作ります。安定して答えるようになれば、別のもの、たとえば「ここに『すいか』はありますか?」とたずねます。そして「いいえ、ありません」と答えさせます。パターンを作っていく中で「ブドウ→いいえ、ありません」「すいか→いいえ、ありません」「ぶどうとスイカ=カードの中にはないもの」というように脳を使うようになっていきます。「はい、あります」のパターニングに1ヶ月「いいえ、ありません」のパターニングにまた1ヶ月、判断して答えられるようになるまでに2,3ヶ月ぐらいは覚悟してじっくり少しずつやりましょう。

 

 

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