く方式 その11〜その20

その11
 「同じ」がわかることの大切さを今回もお話しましょう。手遊びをしても全然反応のない子供さんも多いのではないかと思います。「自分ひとりだったら飛んだりはねたり手をたたいたりするのに、どうしてまねをしてくれないのだろう?」と疑問に思われたことも多かったでしょう。結局「興味がない」「する気がない」という結論になってしまったことと思います。そうではありません。「まねをする」=「同じ動作をする」ということが伝わらないからです。手をあげたり、腕をまわしたり、首を回したりする動作が出来ることと、人がしているのを見て同じ動きをすることはまったく別ということを忘れてはなりません。絵カードで考えるとよくわかると思います。「絵カードを手に持つことができ、絵をチラッと見ることができ、ポイッと床に置くことができるからといってマッチングができるとは限らない」のと同じことなのです。[自分が持っているカードの絵と置いてあるカードの絵が同じであることと、置いてあるカードの下に並べておくのを理解すること]=[人が腕を横に広げた形は自分が腕を広げた形と同じであることと、人がやったあとに続いてその動作をすることを理解すること]ということを知っていないと子供の無反応振りに苛立つばかりになってしまいます。「同じ」を理解して動作模倣ができればかかわりの幅は広がります。

(9)動作模倣の第一歩は動作模写

 絵カードのマッチングだけでなく、鉛筆を持っての学習を開始しましょう。お母さんと子供の間に紙を2枚置きましょう。お母さんがまず自分の側にある紙に右から左に大きな動作でシュッと線を引きます(子供が左利きの場合は左から右)すぐさま子供に鉛筆を持たします。そうすると子供は目の前をシュッと動いたお母さんの動作につられてシュッと線を引いてくれます。これが「動作模写」です。これはコロロETセンターの石井聖さんが開発した優れた方法です。「動作模写」の名のとおりこれは「動作」を写しているのであってシュッと引かれた線を見て真似して引いたのではありません。いわゆる「つられ動き」です。しかし、これが人のまねをして手をあげたり、腕をまわしたり、手遊びをしたりすることの第一歩なのです。そしてこれが動作模写だけでなく、お母さんが引いた線と自分が引いた線が「同じ」であることに気づき、文字の模写へとつながっていくのです。シュッと上手く横線がひけたら、今度は縦線を引いてみましょう。それが順調にいけば「前で人が何をしていても無反応」の世界から脱出する足がかりをつかんだことになるのです。

 

●ポイント

・子供の目が机の上の紙、お母さんの持っている鉛筆にきちんと向いた瞬間に大きな動作で素早く線を引いてください。そのあと1秒以内に鉛筆を渡してください。最初のうちはタイミングが少しでも遅れるとできなくなってしまします

・スムーズにかけない場合は先の太いマジックやサインペンを使用してください


その12
 くれよんでは公園での療育の時に必ず「腕立て静止」「鉄棒のぶら下がり」を行っています。なぜでしょう?これは「体の力を抜くことを覚える為」と「意識レベルを維持する為」です。「筋力をつける為」ではありません。ここを間違えると療育の根本が崩れてしまいます。

(10)手を正しく使う為の第一歩は「腕立て静止」

 ソファかベンチにひざから先をのせ、手のひらを全部ペタンと床につけ、ひじをピンとのばして「腕立て静止」の姿勢をとってみてください。上体の力、特に肩から腕にかけて力が抜けているのがわかると思います。逆に肩をいからせ、上腕に力こぶを作るように力を入れた状態では数秒ももたない、もしくは「腕立て静止」の姿勢そのものがとれないことがわかっていただけるはずです。障害児の生活の中ではこの力の入った状態がとても多いのです。自閉症児は新生児が体に力を入れてブルブルッとふるえる「原始運動」が色濃く残っていますから周期的にググーッと体を震わせて力んだり、手たたきをしたり、体をたたいたりします。これが「他の人という対象」を得てパターン化すると「人をたたく、つきとばす、つねる」などになり、自分の体をたたくことが感触遊びになって常同化すると「失明するまで目をたたく」ことになったりします。
 カバンやバケツを腕を曲げて持ってしまう、かさは柄の上の方を持ったり、肩にかけてさしたりする。普段歩く時手がいつも上の方にある。すべて「原始運動」によって体に力が入っているからです。また自閉傾向のない子供でも身体が未分化ですから、手を上にあげて力を入れてバランスを取る動作が多くなりがちです。分化というのは身体の各部分がそれぞれ別々に、目的にあわせて動かせるようになる、ということなのですが、その為には必要な部分に必要なだけの力をいれ、それ以外のところは力が抜けていなければならないのです。
 障害を持った子供は自分の意思とは関係なく力が入る為にいろいろな問題が生じるということです。「腕立て静止」で力を抜くことを覚えてもらいましょう。そして、この姿勢をとり続けるとき意識レベルの高い状態がつづき、手たたきや体たたき、指先の感触遊びなどをしないでいる時間が増え、「手を手として」使えるようになってきます。同じ目的で「鉄棒のぶら下がり」も有効です。これも力んだ状態では数秒ももちません。

 

●ポイント

・「腕立て静止」がまだ難しい子供は、へその下までを床につけて上体をそらせる「オットセイ」から始めてください。同じ効果があります、このときはあごを軽く支えて上を向かせるようにしてください。

・「腕立て静止」の姿勢からすぐにお尻をあげてしまうときは「オットセイ」をやってそれが長時間もつようになってから「腕立て静止」にうつって下さい。

・「腕立て静止」をやりながら指先をピクピク動かしたり、手の位置を変えたり、片手で顔をかいたりしたら、その時が「力が入った」瞬間です。「ぶら下がり」なら落っこちている瞬間ですから、そういうことを繰り返しながら延々とやっていても無意味です。「気をつけ」と同じように完璧な姿勢を1秒からのばしていきましょう。


その13
 今回はまた学習についてお話しましょう。「同じ」を理解することの大切さはお話しましたが、次に大切なことは「記号化」を身につけることです。「記号化」とは、たとえば「。」を文の終りを表すということにしましょうとか、「、」は文を区切る時使いましょう、などの約束を作っていくことです。物の名前も記号です。時刻を見る機械を「とけい」という文字(記号)であらわす約束事を日本にすむ人々の間で決めているわけです。他の国では“WATCH”という記号を使う約束を作っているということですから、言語というのは「記号を使って物事をあらわしていく」約束事の集まりといえます。これは実に複雑な約束事なのですが健常者は4歳にもなればひとりでにこの約束事を理解し受け入れてどんどん進んでいきます。それに対して障害児の中には「すべての物には名前という文字記号がついている」という約束事を理解していない子も多いのです。ここで注意することがひとつ、「手を洗いなさい」と言ったら手を洗うし「靴をはきなさい」と言ったら靴をはく子供が本当にそのことをわかっているかどうかです
 水道の前で「手を洗いなさい」、げた箱の前で「靴を履きなさい」というように、その物の前でそのものズバリの指示をすることが多くなりがちです。そのときその子供は言葉の意味に関係なく相手の声を笛の合図のように聞いて手じかにあるものでパターン通りの動作をしているのかもしれないということです。言葉の意味ではなく、合図と周りにあるものの視覚的理解だけで行動している子供は、本当に大変なストレスの中にいますから、「語彙の少ない」子供には「だいたいわかっているだろう」ではなく、きちんと「物の名前」という記号から教えていってあげてほしいものです。

(11)「記号化」の第一歩は絵と字のマッチング

 りんごの絵カードと「りんご」の文字カード、いすの絵カードと「いす」の文字カードを1組ずつ用意しましょう。子供の方に向けてりんごといすの絵カードを置きます。そしてそれぞれのカードの下にそれをあらわす文字カードを置いてみせてください。その後文字カードをお母さんが手に持ち、まず「りんご」から子供の前に提示してしっかり見せ、子供がよく見たことを確認したうえで渡し、りんごの絵カードの下に誘導します。今まで同じ絵があったところに「りんご」という文字を置くことによって「りんごの絵」と「りんごの文字」は同じ意味をあらわすんだということを理解してもらうわけですから、誘導して正しく置かせてパターニングすることがまず必要です。何度も誘導してから、自分で置かせてみて上手くいったときにはじめて「いす」のマッチングにうつります。あとは絵カードのマッチングと同じ手順でやってもらったらよいのですが、この学習は「よく見て」「同じを理解する」だけだった同じ絵のマッチングとは違って「記憶」が重要になってきますから大脳皮質の活動が一気に広がります。置けるカードが10枚を越えてくれば後はドンドン覚えていってくれます。これが「健常者の脳の使い方」に近づく第一歩になるのです。

 

●ポイント

・カ ードや実物を見てどんどん名前が言えたとしても、書けなければこの学習が必要です
・文字を書けるようになるためにはまず文字を図形としてとらえて物とマッチングしていき、文字の模写へとつなげていきます。


その14
 “くれよん”では文字を覚える時、「なぞり書き」は一切しません。普通、小学校では覚えるべきひらがなを何度もなぞり書きさせ、筆順や形も一度に身につけさせます。健常者ならこれで覚えていけるのですが、障害を持った子はなかなかそうはいきません。健常者は「生活するのに必要な記号としての言語を構成する文字を覚えている」という意識があり、「なぞった形を覚えてその通りに書けるようにしなければならない」という事がわかっているからこそ、なぞり書きを繰り返すうちにひとりで書けるようになるのです。

 障害を持った子供がなかなか文字を書くようにならない理由はいろいろあります。

@「文字」という概念がなくなぞり書きも「細かい点と点をつなぐ作業」としかとらえない

A記憶力の問題で、文字を見ただけではもちろん覚えられず、なぞり書きをしてもやはり「点と点をつなぐこと」に手一杯になって覚えるところまでいかない。

B身体が未分化で手を思うように動かせず、字の形をコントロール出来ない

Cまた自閉症児のなかには文字を書くけれども文字を図形としてとらえて視覚的に記憶出来るが、それが「文字(言語の構成要素)」だとはわからないという人もたくさんいます。

 「物には名前という記号がある」ということをマッチングで理解し模写によって「見本と同じに線を引く」ことを身に付け、文字の習得へと進んでいきましょう。

(12)動作模写のレパートリーをひろげることでひらがなへ(第一段階)

 お母さんがシュッと線を引いた後、子供がつられてシュッと線を引いてくれたら次のステップへと進みましょう。シュッと横線を引くのを@とします。

Aお母さんが手前から向こうへシュッと縦線を引き、すぐに子供に鉛筆を持たせてください。シュッと縦線を引いてくれたら成功です

Bお母さんが右から左(子供が左利きの場合は左から右)に2本続けて横線をひき、すぐに子供に鉛筆を持たせてください。シュッシュッと2本横線を引いてくれたら成功です

Cお母さんが手前から向こうへ2本続けて縦線を引き、すぐに子供に鉛筆を持たせてください。シュッシュッと2本縦線を引いてくれたら成功です。これで、─、|、=、||、がお母さんの動作をまねして引けたことになります。これで「ひらがなへの第一段階」はクリアしました。

 

●ポイント

・お母さんが─を引いたのに子供がなぐりがきをしようとしたり、│を引こうとするような時は素早くやり直してください。紙も新しいものにかえて「今のはダメだ」ということがよくわかるようにしてください。

・少々不完全でも子供の手が確かにお母さんの見本を模倣して動いた時は、それで0Kにしてください。「もっときれいな線を引かせよう」としてやり直させると子供は「何がよくて何がダメなのか」わからなくなり混乱してしまいます。1回でもそれらしく書けたらそれで終り、次にうつってください。

・この段階ではサインペンやマジックをぎゅっと握りこんで持っていても結構です。お母さんの動作につられてくれれば大成功です。


その15
 その1〜その14でいろいろなことをお話してきましたが生活の中に「静止」「歩行」「学習」などのトレーニングを組み込めているでしょうか?ある程度1日の生活の中で習慣化できているという方は順調にボスへの道を歩んでおられることになります。しかし、障害児の療育は一筋縄ではいかないことも事実です。中には「とても出来そうにない」とか、「これだけ頑張っているのにちっとも子供の状態が変わらない」とか悩んでおられる方も多いのではないかと思います。今回はうまくいかない原因についてお話しましょう。

(13)かんしゃくを起こしたり、席を立ったり、姿勢を崩したりする子と格闘しながら長時間やってはいけない

 障害児の中で「本当に勉強やトレーニングにあきあきして」嫌がる子はほとんどいないと思ってください。自閉傾向の子供の場合、「これとこれをやって、ここの所でカンシャク」というパターンになる子がたくさんいます。また常同行動が起きてきて注視できなくなり、意識レベルが下がったところを制止されてパニックになることもあります。順調に課題をこなしているように見えても同じものをずっとやっているとパターン行動になってしまい意識レベルが下がりパニックを起こすこともあります。自閉傾向ではない子供も「嫌がっている限りお母さんはずっと相手をしてくれる」為にしつこく反抗を繰り返す子が多くいます。こういった場合やればやるだけ難しい子になっていきます。

(14)子供が自分でやりだすのを気長に待ったりしてはいけない

 学習も姿勢保持トレーニングも脳の上位中枢をしっかり働かせるのにとても重要であることは間違いありません。しかし、途中でやめてしまってしばらくしたらまたおもむろにやり始めるというようなことがあるのではないかと思います。「学習は良いことだから」「自分でやる気になるのが大事だから」と考えて許してしまいがちですが、子供にとっては学習を途中で止めるのも、「ここで待っててよ」という指示を無視してどこかへ行ってしまうのも同じレベルの行動だということを忘れてはいけません。これを放置すると「出来る課題は増えているのにますます扱いにくくなる」ことになります。

(15)「学習」「トレーニング」だからといって好きなだけさせてはいけない

 お母さんが終わろうとしたにもかかわらず、「もっとやる」と主張する子もいます。そういうとき「やる気があってえらいね、じゃあ今日はもっと頑張ってみようか」とやってみたくなりますが、これはいけません。子供にとっては「お母さんが終らようとした学習を続けてやろうとする」のも、「お母さんが制止するのをきかずに他人の家の冷蔵庫をあけてジュースを取り出す」のも同じレベルの行動だからです。マイペース学習を認めていると「いくら計算や漢字が出来ても生活にはちっとも生かせないんだからやっても無駄だ」という考え方に当てはまる子供になってしまいます。

 

●ポイント

・学習やトレーニングの始めと終りは必ずお母さんが決め、従わせなければなりません

・トレーニングは短くてかまいません。「正しいトレーニング」を1分間すれば(13)(14)(15)に当てはまるトレーニングを2時間するより効果があります。


その16
 質の高い」トレーニングとは「始め」「終り」「メニュー」を全てお母さんが決めてしまい、それを実行することです。大切なことはこれです。

(16)良い姿勢が崩れる前にこちらからやめてしまう

 たとえば、模写ひとつ終わったら姿勢をくずし、直させて二つめの模写をしたら机をバンとたたき、それ以上やったらひっくり返る子供がいたとしましょう。その子供の場合はきちんと座らせて線を一本ひかせたらさっとかたずけてしまえばよいのです。次の日もその次の日もそれで終わって結構です。そのうち線一本引いた後もじっと座っている瞬間ができます。その時2つ目の課題を与えて出来たとたん子供が何らかの反応をする前にかたづけてしまいましょう。静止トレーニングも同様で「気をつけ」が出来たらその瞬間に終わってしまえばよいのです。次もその次も、そして心の中で(あくまでも声を出さずに)「1」から「1,2」「1,2,3」と慎重に増やしていくのです。学習と静止トレーニングは生活のなかで最も訓練的色彩の強い時間ですから、ここを完ぺきにすることがとても重要です。ここで一切の悪いパターンをつけないように慎重にやっていけば日常生活にしっかり般化してくるのです。

(17)ほんの少しでよい、ただし毎日、完璧に

 上にあげた例は極端な例ですが、それくらいの気持ちで日々のトレーニングのやり方を見直していただければと思います。「長時間のハードな内容」「少しでも難しい内容」にとらわれてしまってはいけません。また、陥りやすい間違いに「学習をスムーズに進める為にさまざまなパターン行動を容認する」というのがあります。たとえば「導入の為に最初は必ずシールはり」とか「課題と課題の合間をビーズ通しでつなぐことに決まっている」という場合、学習時間の半分以上をそれに費やすことになり、それがなければパニックになるような悪いパターンが出来たりします。学習が「こだわり」を助長してはなんにもなりません。手順をきっちり決め見通しが立ちやすくなればたしかに学習は進みますが「学習のための学習」ではなく、「生活のための学習」をしているのですから、こだわりを認めて学習を延長したり高度化しても意味はありません。また、2〜3時間の学習やトレーニングをお母さんが家事と両立することはまず不可能ではないかと思います。やったりやらなかったりではなく「毎日」「完ぺきに」「こんなのでいいのかと思うぐらい少しだけ」やりましょう。その時子供のとった完ぺきな受身行動がたとえほんの少しであっても生活に生きてくるのです。ほんの少しのトレーニングが楽しくなってくれば親子とも生活のリズムが上向いてくるはずです。

 

●ポイント

・「今から勉強します」「礼」など大げさなことは極力やめてなにげなく、すっと勉強に引き込みましょう。「終わります」の合図もあまり明確な決まりきったものはやめましょう。パターンにこだわらず、学習に応じられることが日常生活に生きてきます。

・“くれよん”では1時間程度の学習やトレーニングをしますが、ここでは人の出入りや移動、話し声やいろいろな音の中で学習することで耐性をつけること、学習内容のチェックが目的です。お母さんの家庭生活の中での療育目的は「良い関係の確立」です。


その17
 「質の高いトレーニング」を短い時間から定着させながら、少しずつ「できること」を増やしていきましょう。

(18)絵と文字のマッチングをひたすらふやそう

言葉は「約束事の集まり」だと以前、お話しました。絵と文字のマッチングをだんだんふやしていくことで「記号化」という約束事に気づいていってくれます。そこで5枚以上マッチング出来るようになってきたら「りんご」の文字カードを渡すとき、「りんご」と声に出して言うようにしてください。お母さんの声を聞きながらマッチングしていく中で、絵と文字による視覚刺激だけでなく、お母さんの声による聴覚刺激を手がかりにすることを覚えていきます。つまり、耳を使い始めてくれるのです。

(19)50音の聞き取りをしよう

お母さんの声を聞いて絵と文字をマッチングできる枚数が30枚以上に達したら並行して独立した「あ」「い」「う」・・・の文字カードの聞き取りを始めましょう。まずは「あ」と「い」の2枚から始めます。1文字だけのカード、というのは視覚的な刺激としては非常に弱いですから、やり方を間違えると子供は混乱して意識レベルが下がり、目も耳も使えなくなって間違いを繰り返したりパニックになったりします。まず、「あ」を教えたいならば、左に「あ」、右に「い」を最初に置いたら徹底的に左の「あ」を取らせます。つぎに「あ」と「い」の位置を反対にしやはり「あ」から取らせます。どちらに置いても「あ」を取れるようになってはじめて、「い」から取らせます。どちらに置いても「い」を取れるようになったら、つぎにようやく「あ」から取らせたり「い」から取らせたりを混ぜていくようにします。たった2枚だからといって、いきなり「あ」から取らせたり「い」から取らせたり、クルクル位置を変えたりしてはいけません。「今、何をしっかり聞き取らなければいけないのか」を明確にすることが大切です。このようにして「あ」「い」の2枚が場所を変えても順序を変えても取れるようになったら「う」を加えます。この時まず一番はしに置いた「う」からとらせ、それを徹底して繰り返します。そして真ん中に置き換えてやはり「う」からとらせ、それが定着したら左端に置き換えてやはり「う」から取らせます。このあとようやくランダムにとらせていきます。子供の前に並べるカードは5枚ぐらいが適当ですから「あ」〜「お」の次に「か」を加える時は「あ」〜「お」の中から1枚をはぶいて差し替えてください。

 

●ポイント

・「今から勉強します」「礼」など大げさなことは極力やめてなにげなく、すっと勉強に引き込みましょう。「終わります」の合図もあまり明確な決まりきったものはやめましょう。パターンにこだわらず、学習に応じられることが日常生活に生きてきます。

・“くれよん”では1時間程度の学習やトレーニングをしますが、ここでは人の出入りや移動、話し声やいろいろな音の中で学習することで耐性をつけること、学習内容のチェックが目的です。お母さんの家庭生活の中での療育目的は「良い関係の確立」です。


その18

(20)目だけでなく耳も使えるようにしよう

 前回、「お母さんの声を聞きながら30枚以上、絵と文字のマッチングに成功するのに単音のカードはさっぱり取れない」子供のことをお話しました。こういう子供は「目で見たものが何であるかを調べる」部分(後頭葉)は働いているのですが、「耳に入った音がなんであるかを調べる」部分(側頭葉)はお休み状態なのです。健常者は本を声を出さずに読んでいる時も目で物を見、それを読む自分の声を聞き、その情報が「物事を覚えたり考えたりする」部分(前頭前野)に送られ、いろんなことを思ったり考えたり行動を決めたりするのです。われわれが「同じこと」だと思っているようなこと、「みかん」という文字は「mikan」と聞こえるものだと思っていることは実は脳のまったく別の部分が同時に働いているから同じことの様に思っているだけなのです。ですから50音カードが取れない子供は「みかん」という文字はしっかり見て覚えているけれども「mikan」とは聞こえていないということです。「みかん」という文字を「mikan」と聞こえるようにする為には今度は視覚という情報を排除しなければなりません。絵があるといつまでも「使えるほうの部分」つまり視覚野に頼り続けてしまうからです。といってもいきなり聴覚だけを使わせようとしても無理がありますから、「みかんの絵」「みかん(文字)」、「はさみの絵」「はさみ(文字)」のマッチングをお母さんの声と共に充分にやったあとで「みかん」「はさみ」の文字カードの聞き取りをやってみましょう。視覚を使った記憶に助けられながら、お母さんの声を聞いて弁別できるようにしていくのです。聞き取りの仕方は前回お話した「あ」「い」の聞き取りと同じよう「みかん」なら「みかん」ばかりとらせて、位置をかえても大丈夫になったあとで「はさみ」にうつる、というにしてください、この聞き取りが30枚を越えてきたらまた、単音の聞き取りに挑戦して見ましょう。かなり出来るようになっているはずです。この手順なしでもある程度スムーズに最初から単音の聞き取りが出来たという子供は後頭葉視覚野も側頭葉聴覚野も健全ですから、意識レベルの低下によって「必要な目の動き(文章なら文字を追う、絵や写真なら全体を見る)をさせる」部分(前頭眼野)が働かない為に学習が進まない、行動がまとまらないと考えて次のプログラムを組んでいくのです。

(21)目をきちんと動かせるようにしよう

 目でものの形を見ることができ、音も弁別刺激としてきけるようになったら、「目をきちんと使う」ようにしましょう。マッチングと聞き取りはカードに目が行くようにお母さんがあの手この手で工夫されたことと思います。自分で持ってマッチングした場合でも途中やはりとぎれてしまうこともあると思います。対象物を注視し追い続けることが出来ないと「あきっぽい」「集中力がない」子供だと思われてしまいます。前頭眼野をしっかり使えるようになればよいのです。その為には2点つなぎ、同じものの線つなぎ(10対10まで出来るようにしましょう)、迷路が有効です。今までにトレーニングの手順をふんできた子供なら市販の幼児用のものでも刺激の多さに惑わされずにこなせるようになっていますから、取り組んでみてください。もちろん手作りでも結構です。

 

●ポイント

・出来ない原因になっている部分を働かせる為に、他の刺激を取り除くことをいつも考えましょう。


その19
 目と耳を同時に使えるようになることの大切さを前回、お話しました。健常な人は何も気づかず目と耳を同時に使って刺激(情報)を受け入れていますが、障害児(者)は一般に、「目が優先で耳を使うことがとても苦手」です。マッチング、聞き取りに加えて、模写でも耳を使うトレーニングをしなければなりません。

(22)模写に言葉をのせて耳を使わせよう

 ―、|、=、||、○、などの模写が定着してきたら「ヨコ」「タテ」「マル」の言葉を言いながら手本を示すようにしましょう。ただし、定着してからにしてください。まず、「目を使わせる」ことが先決ですから、あまり早くから声をのせると声の刺激に左右されてきちんと見ることが出来なくなります。動作模写だけで失敗しなくなり、動作を見なくてもあらかじめ書かれた手本の「―」を見ただけで横線を引けるところまできたときに「ヨコ」と声をかけます。そしてこれが正しくできるようになったら、今度はまた声をかけずに書かせることをやってみてください。(声を聞いてからでないと書かない、というパターンが出来ては困ります。)

(23)聞き書きをさせよう

 ―、|、=、||、┼、くらいまで「声をかけての模写」が出来てくれば今度は何も見せず「タテ」といえば「|」、「ヨコ」と言えば「―」をひけるようにします。このとき、子供は「タテ」と聴覚野(側頭葉)できき、見本なしで自分の頭の中で「|」を思い浮かべ(後頭葉視覚野が働き)、そして前頭前野から運動野(前頭葉)に命令が出る、という正しい脳の働きをするようになるのです。これが「実際にないものを思い描く」つまり「イメージ」することの始まりなのです。われわれは考え事をしている時、絶えず何かの場面をイメージして耳(聴覚野)で自分の言葉や他人の言葉を聞き、目(視覚野)でその情景を見ているのです。ですから「タテヨコ」ときいて「┼」と頭の中で見てそれを書く、この作業が大げさに言えば「障害児が自分の世界を持つことの始まり」と言えるのです。最初は「タテ」で「|」、「ヨコ」で「┼」というように1本ずつ声をかけて結構です。定着してきたら「タテヨコ」と一気に言ってから「┼」をかけるようにします。

 

●ポイント

・「ヨコ、タテ、タテ」()、「ヨコ、ヨコ、タテ」()、「ヨコ、タテ、マル」()のように3つ一気にいったあとで書けるようになることを目標にしましょう。

・現在ひらがなを全部書けている子供の中には「いす」の絵を見て「いす」と書けても「い」を書いてごらんと言われて書けない子がいます。それは視覚だけを使って書いているのですからこのトレーニングをしましょう。(「いすの絵」から「いす」という図形の視覚映像を記憶しているに過ぎません)。


その20
 学習について脳の働きの面からいろいろお話しているところですが、今回は障害児に学習させるにしても日常動作をさせるにしても、どうにもやっかいな「手の動き」を止めることについてお話しましょう。

(24)親指の付け根の膨らんだところをギュッと押さえてあげよう

 人類が「万物の霊長」として君臨しているのは、直立二足歩行の次に、「親指と他の4本指が対向して使える」ことが大きな要因です。これによって手がいろいろな目的に使用でき、道具を用いた生活が可能になったのです。今、何もしていない時、お母さんの手、特に親指は力が入っていますか?入っていませんね。何か持つ時だけ必要な力を親指に入れますね。では親指に力を入れて反り返らせたり逆にグッと力を入れて小指側に曲げたりしてみてください。その状態で手を上手く使って何か出来ますか?出来ませんね。そうです、この状態が特に自閉傾向の子供には「自然発生的、周期的」におとずれるのです。上体全体に入った力が、親指の付け根を強く緊張させるものですから、われわれには出来ない動き(マッハの手たたき、大音響の手たたき、体たたき、机たたき)などが超速で出るのです。親指に爆発的な力がこもっていますから、たたいた時には子供といえども、ボクサー並の破壊力があり、親指が強烈ににぎりこまれるのにつられて他の4本指も超速で屈曲しますからつねったときのパワーもすごいものがあります。たたく、つねるなどの行動以外の「ただ指をあれこれ妙な形に素早く動かしている」ように見えるときでも、その手を止めようとすると猛烈な力が入っていることがわかります。親指の付け根の膨らんだところが「急所」なのです。ふだんからこの部分をギュッとにぎり、力が入って動くのを止めましょう。大きなパニックを回避できます。なにしろ「急所」ですから、パニックが起きてしまってからではとてもさわれるものではありません。起こりかけでもお母さん一人では不可能ですからやりすごしましょう。もし2人がかりで押さえられるなら、片手ずつ担当して頭突きや蹴り、かみつきに注意しながら親指の付け根を止め続けてください。その状態で力が抜けるまで押さえ続けられたら問題行動はかなりの期間、おさまります。

 ではパニック、自傷、他傷のない子供についてはどうでしょう?この場合も、親指と他の4本指の対向に問題があることが多いですから、しっかり訓練すると行動がスムーズになります。

(25)親指と人差し指の対向に「パーラービーズのペグボード」を使おう。

 小さいものを親指と人差し指でしっかりつまむことを学べれば何でもよいのですが、集中力を必要とし、なおかつ面白い、というのが「パーラービーズのペグボード」です。パーラービーズをペグボードにさし、模様を作り、アイロンをあてれば美しいコースターが出来ますから、子供の作品を家庭で利用できて動機付けにもなります。是非やってみてください。特にダウン症の子供は人差し指に親指が添う形で(やや親指が反り返る形で)力が入りやすいですから、こういう教材でしっかり小さいものをつまんで親指と人差し指を向かい合わせる訓練をしましょう。

 

●ポイント

・パニックの強さ、大きさは親指の付け根に入る力の強さに比例します。

・小さいものをつまむトレーニングを出来るだけやりましょう。 

 

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