く方式 その1〜その10

その1
 障害児を育てるお母さんは皆、自分の子が社会に受け入れられ、ハンディを持ちながらも幸福な生を送ることを心から願っているはずです。お母さんが自分の子に望み、させようとすることはすべて、「子どもが幸福になるように」「親亡き後も周囲の人に見守られてすごせるように」という願いから出ることだと思います。
 しかし、いくら切実に願っても「子供にどう接してよいかわからない」「関係は上手くいっているが子供にどこまで要求したらよいかわからない」「子供の行動の意味がわからない」「障害を持つ子供に頑張らせるのはかわいそう」・・・いろいろな疑問や悩みにぶつかってしまって親子とも苦しんでいるご家庭も多いのではないかと思います。悩み、疑問を少しでも前向きに解決していく助けとなればと「くれよん方式」の実践について、少しずつ知っていただこうと考えました。
 まず初回は子供さんに接する基本的な心がまえについてお話します。

(1)お母さんがボスである

 「お母さんの指示はきちんと聞く」子供の能力を伸ばし、生活の幅を広げ、周囲の人と交流し、幸福に生きていく為の必須条件はこれです。言うことは必ず聞かせましょう。

 お母さんが「・・・しなさい」と言ったら必ずする。お母さんが「・・・してはいけません」と言ったら絶対にしない(後で繰り返すとしてもその時はさっとやめる)この関係が確立した子供はどこへ行っても適応することが出来ます。子供の幸福を誰よりも願う人の言うことが通じないのにどうやってその子供が幸福になれるでしょうか?

 健常児ならば「あなたの人生なんだから、これだけ言ってもわからないなら勝手にしなさい」と突き放すことも可能でしょう。しかし知的障害児はほとんどの場合、誰かの援助がなければ生活できないと言う現実があります。家庭では親、学校では教師、その後の社会では直接指導してくれる立場の人・・・そういった人の援助を正しく受けられてこそ、幸福な生活があるのです。

 「言うことを聞かせる」これは子供の自発性の芽をつんでしまうと考える人も多くいます。そうではありません、人の言うことを聞き理解して行動することが脳のトレーニングなのです。不快でやりたくないけれどもしかたなくやろうとする時こそその子供の脳が最も活発に働く時なのです。お母さんはボスであり、しっかり子供に強制する立場だと言うことを忘れないでください。はじめは苦労するかもしれませんが、そのせめぎ合いのなかで「子供の脳が活性化している」と思ってつらぬきましょう。子供が指示を良く聞くようになったらそれは脳が発達した成果です。くれよん方式の基本中の基本それは「お母さんはボス」というきまりです。

 

 今既に「自分はボスである」と思える方は良いのですが、現状は「どちらかというと振り回されている」、「子供が成長して体力では勝てない」方へのボスになる方法を次回からお話していきましょう。


その2
 「お母さんがボスである」ということを前回お話しましたが、ボスの意味を取り違えては大変です。ボスはこわい人ではありません。障害を持つ子供達は「こわいから言うことをきく」のではありません。「ダメなものはダメ」「よいことはよい」の2つの区別がはっきりしていて、お母さんの都合とか子供の反応で左右されないことが大切です。同じ行為をしていても「あるときはダメであるときはよい」というのがもっとも子供を混乱させ、起こさなくてもよい反発をひきおこしてしまいます。お母さんの態度がわかりやすければ子供は素直に従うようになります。では具体的にどうすればボスになれるのか考えていきましょう。


(2)ボスへの出発点

 人間の生活というのは健常児でも障害児でも多かれ少なかれパターン化しているものです。障害児の場合そのパターンが家庭生活、集団生活、社会生活の常識に合わなかったり変更がきかなかったりして問題となる場合が多くでてきます。これをコントロールできるのがボスなのです。まず出発点に立ちましょう

@ 子供の生活の中で何もいわなくても一応適応行動がとれていることに対して事前にきちんと子供の体を止めて正対して「〜くん、〜しなさい」と指示を入れてから行動させましょう。

(例)朝起きたら何も言わなくてもトイレに行く子供がいたとしましょう。朝一番にトイレに行くのはとてもよいことですが、そういうパターンができると放って置いて勝手に行かせたり「・・くーん、トイレ行きよー!」と遠くから声かけだけしている場合が多いのではないかと思います。これはたまたまよいパターンであるにすぎず子供にとっては「朝一番にトイレに行く」ことも「歩く途中に座り込む」ことも同じレベルのマイペース行動なのです。親の都合にあうマイペース行動はどんどんさせ、困ることに対してのみ制止を加えるから難しくなるのです。「よいパターン行動」の前にきちんと体を止めて指示しましょう。子供がしっかり動けることを利用して「お母さんのいうことをきいてから動く」習慣をつけていきましょう。いきなり多くを望まず簡単なことから1日1つずつやっていきましょう。「絶対に勝てる」ところから勝負していくのがボスへの出発点です。ボスは負けてはいけないのです。勝負しないところでは少々のことは目をつぶってもかまいません。勝てる勝負を確実に勝っていくことで徐々に子供は変わってゆきます

 

●ポイント

・相手の肩や手を軽く押さえて静止させて指示します。この積み重ねで「待てる子」になります。

・冷静な声ではっきり指示しましょう。言葉づかいも「〜しなさい」と改めましょう。ふだんの話し言葉とはきちんと区別して子供に「指示をきく」ことを覚えさせましょう。

・遠くからの声かけというのは「声をかけていると親が思っているだけ」実際は「声かけ」にはなっておらず「親の声だし」くらいに思いましょう。遠くからの声だしをいつも正確に聞き取れるほど子供は器用ではありません。


その3
 「体を止めて正対して指示を入れてから行動させる」ことができれば、ボスへの出発点に立ったと言えます。難しい子供の場合、その指示は「1つの指示に対して1つの行動」であるべきです。「〜君、トイレに行きなさい」「〜君、手を洗いなさい」「〜君、くつをはきなさい」・・・なぜこれが大切かというと障害をもつ子供たちは大なり小なり脳にダメージを受けていますから意識レベルを高く保つことが困難だからです。1つの目的のためにある一定時間、しっかりと行動するのはわれわれが考えるほど簡単ではないのです。自閉傾向の子は意識レベルが下がって勝手な動きを始めてしまったり、他の障害の子は短期記憶ができなくて言われたことを忘れてしまったり、いずれにしても「なんでちゃんとしないの!」とか「・・・しなさいと言ったでしょう!」などと小言を言いたくなる場面が良く見られます。また身体の各部が未分化であちこちが連動するために不器用なこと(物をドンと置いたり)をしてしまって怒られることもよくあります。悪いやり取りはできるだけさけなければなりません。

A1つの指示に対して1つの行動をていねいにさせ、きちんと見届けてそれを認めてあげましょう

(例)「〜君、新聞を取ってきてください」と指示したとしましょう。子供がとってきたらしっかり正対して受け取り「ありがとう」ときちんと言い感謝の気持ちをしっかり伝えます。他では「スイッチをつける。消す」などがもっとも簡単な指示です。難しい子供の場合はここから始めます。

(例)次のステップは「〜君、このコップを机に置いてください」などの「物を置かせる」指示です。この場合、「どのように置くか」が重要なポイントになります。自閉の子は置きかけたところですでに意識レベルが下がり、放り捨てるように置いてしまいがちですし、身体の未分化が原因で「そっと置く」力のコントロールの難しい子も乱暴な置き方をしてしまうことがあります。マイペースの強い子も非常にいいかげんな置き方をすることがあります。どの場合も乱暴に置かせてしまったあとで直させるよりは置こうとしているところで「静かに置きなさい」ときっちり言って意識をつなぎます。言葉での注意で「静かに置く」ことが伝わる子供はそれでよいのですが、できるだけ静かに言葉をかけることが大切です。言葉のコミュニケーションが現時点では取れない子供の場合は置こうとする時にそっと(軽く)介助してあげましょう。介助してそれによってできても「よろしい」「上手に置けたね」などの承認を与えてあげてください。

 

●ポイント

・正対してはっきり指示しできたときの承認もきっちりと伝わるように体の動きを止めてください。「ほめようと思った時にはもういなかった」ではいけません。

・指示に従わせる場面では一連の行動が終了するまで不要な言葉かけはできるだけさけましょう。子供の集中力をそぐことになります。


その4
 その4に入る前にその1〜その3でお話した「体を止めて正対して指示を入れる」ことが出来ているかどうかを確認しましょう。指示を入れる前に一瞬でも子供が正対して静止できている事、少なくともそのように努力していることが必要ですから出来ていない場合は今日からがんばりましょう。もし出来ていれば今回のトレーニングにスムーズに入れます。
 今回は「静止トレーニング」の第一歩です。体をきちんと止めることが出来てはじめて正しく体を動かせるということがくれよん方式の1つの大きな柱です。知的障害児は「自分の意思で体を動かしている」と一般に思われていますがそうではありません。原始反射の残存や身体各部の未分化で体が勝手に動いてしまう、あるいは動かしたくても動かないなどの問題をたくさん抱えています。多動から動作の不器用さにいたるまで基本的な原因はこれなのです。またお母さんの指示で「目的がなくてもじっとしていられる」ことがある程度できるようになれば、一緒にどこかへ行ったときに「ここで待っててよ」ということも可能になってきます。


(3)体を正しく動かす為にまず、じっと止まる

@「気をつけ」静止

 まず、子供に「気をつけ」をさせてみましょう。両足とも足の裏が地面についていますか?つま先を開き、かかとをつけて立っていますか?片足に体重をのせてしまって、いわゆる「休め」になっていませんか?両膝がぴんと伸びていますか?手はちゃんと体側にありますか?お腹を突き出したり、逆にお腹をひいて前傾したりしていませんか?

 これらのチェックポイントをすべてクリアしたとき、子供は「体の真ん中に重心を保持し正しく立っている」ことになるのです。これが長時間持続できるようになれば、多動はなくなります。多動は「重心を体の真ん中に保てない為に体が動いてしまう」というだけのことで、本人の意思とは無関係だからです。「興味が移りやすい」「集中力がない」というのは重心の不安定さに体が動かされている結果、そう見えるだけなのです。

【やり方】

 「気をつけ」と静かに言ってまずお母さんがしっかりと「気をつけ」のモデルを見せます。難しい子はモデルを見せたあと、すばやく「気をつけ」が出来るように介助します。

 学習でもそうですが介助する際は一瞬のタッチで姿勢を直させます。押したり引いたりして長い間強い力を加えていると、自閉傾向の子は触覚レベルに落ち込み反発反射を起こしてやがてパニックになってきます。自閉傾向のない子供の場合は「お母さんに拘束される→抵抗する」がパターン化し、他の日常生活にも影響してしまいます。

 

●ポイント

・「気をつけ」 → 乱れる → 一瞬の鋭いタッチで介助して姿勢を直す  乱れる前にお母さんが「気をつけ」の姿勢をやめるようにしましょう。「子供が乱れたからやめる」これはマイペース行動です「子供の姿勢」が乱れる直前にお母さんのほうで止めてしまう、というのが大切です。」1秒しかもたないときは1秒から始めましょう。

・1秒でもよいから、折にふれて数多くやりましょう。今日1秒なら明日は2秒を目指せばよいのです。 


その5
 前回「気をつけ」についてお話しましたが「上手くいった」というお母さんもいれば「なかなか出来ない」というお母さんもあられることと思います。もう少し詳しく説明してみましょう。

A「気をつけ」静止をスモールステップで達成する方法

*どこから見ていくか(直していくか)*

第1段階
  「気をつけ」といって見本動作を見せた後その体勢ができるまで素早く介助し手を離して維持できる秒数をのばしていく

(1)足の裏を地面につけさせる 

(2)内股にさせずかかとを出来るだけつけさせる

(3)両膝を伸ばさせる

第2段階
 重心を体の真ん中に維持させる(腰の位置を両手でピシッと押さえてしばらく辛抱させ手を離しても維持できる秒数をのばしていく)

第3段階
 手を体側に指を伸ばしてつけさせる

 第1段階の時は足だけに注意を集中してください。第1段階をしばらく続けているとお母さんの「気をつけ」の声、そしてそのあと介助されることが定着してきますから第2段階へと進んでいくことができます。第2段階をしばらく続けて少しでも重心を体の真ん中に止めておける様になってはじめて、体全体を見てください。多くの場合一からすべてのポイントをきちんとさせようとして中途半端になり手を押さえたかと思えば足を押さえ腰、肩とさわりまくって子供は触覚レベルに落ちこみ子供のとっても何を要求されているのか、何がOKで何がダメなのかわからず、混乱からパニックになってしまいます。

 静止トレーニングも「指示」と同じで難しい子の場合はポイントを1つに絞ってあげることが大切です。

 

●ポイント

・足の裏 → かかと→ ヒザ → 腰の順にチェックします。足の裏が4〜5秒維持できればかかとへ進みます。かかとが4〜5秒維持できればヒザへ進んでください。

・絶対に欲張ってはいけません。ただし「ここ」と決めたポイントは確実にクリアしていきましょう。

・触覚優位の子供の場合お母さんを触ろうとして手を出してきてトレーニングが成立しにくい場合がよくあります。こういう場合は、子供をいすの上にのぼらせておこなってください。触ってくるのは甘えているのではなく、目が使えない状態で触覚に頼っているのです。「心を鬼にして」子供からの接触を許さずにトレーニングすることが大切です。


その6
 「気をつけ」静止トレーニングの習慣はついてきたでしょうか?長時間の維持よりも、秒単位できっちりとやる回数をふやすことが大切ですが、今回はすべてのトレーニングの土台でありながら、案外忘れられがち、否定されがちな「手つなぎ」についてお話しましょう。

(4)しっかり手をつなげれば「人」に合わせられる

 自閉傾向のある子供は意識レベルが下がってさまざまな反射行動が出てしまって勝手に動きますし、そうでない子供も「よーく自分の行動についてその意味を考えない」為に非常にわがままな動き方をしてしまいます。
 「人に合わせて行動できる」ための基本として、しっかり手をつなぎましょう。お母さんが差し出した手をしっかり握り返す時子供は「お母さんに従う」姿勢を示しているのです。また、手をつないだあと、お母さんが自分の行きたい方向とは違うところへ自分を連れて行こうとしているに気づいたとき、おそらく抵抗を示すでしょう。しかし、「気づいて抵抗を示す」分だけ自分で勝手に好きなところへ飛んでいくよりも「脳を使っている」のです。そしてしぶしぶながらついて行こうと決めた時、つまり自分を納得させた時、子供の脳は飛躍的に発達するのです。しかし、子供が好きなところへ行こうと走り出してしまったのを強引に止めるだけでは反発を招くばかりで、特に外でやっている場合は人の目もありますから、結局は突破されてしまって逆に「反発→マイペースを通す」という悪いパターンを形成してしまいます。ボスは絶対に負けてはいけませんから手をつなぐ時は子供が自分の行きたい方向を自覚していない時にしっかりつなぎましょう。そして先手先手で子供を速いペースで歩かせて誘導してしまいましょう。子供が何かに反応してそちらへ行きかけたときやしつこく1つの方向を見ているときは一瞬強く引いて早く歩かせ、通り過ぎてしまいましょう。この繰り返しが子供を「人に合わせられる」だけでなく「やるべきことに集中できる」子にしていきます。

 

●ポイント

・お母さんが「そぞろ歩き」をしてはいけません。訓練目的で歩く時はお母さん自身がしっかり前を見て「しっかり歩く」ことを意識してください。

・自閉傾向の子供の場合、触覚優位(目よりも触覚で情報を入力する)ですから指先は目の代わりですから非常に過敏です。したがってものすごい力で手を離させようとしますが、しっかり握りこんでください。指先をしっかり握って感覚を鈍らせてあげることで指先のかわりに目を使いだすようになります。ただあまりにも力が強い場合は握っていられる時間を少しずつのばしましょう。歩く時以外に手を握ってあげる時間をつくりましょう。

・子供が自分から手を握ってくるというのはマイペース行動ですから注意してください。あくまでもお母さんが差し出した手に応じることが出来てはじめてトレーニングの意味があるのです。子供から手をつないできた時や、腕を組んできた時はいったん手を離させてあらためてこちらから握るようにしてください


その7
 くれよんでは毎週の活動の終わりに必ず集団歩行をしています。また、月に1回、山登りトレーニングもしています。春、夏の合宿でも歩行トレーニングをプログラムに組み入れています。なぜ、当たり前とも思える「歩行」にここまでこだわるのでしょうか?今回と次回は「歩行」についてお話します。

5)「困った行動」は正しく歩けないから起こる

 子供さんの歩く姿を見てください。自閉傾向のお子さんの場合、つま先歩きをしていませんか?内股になっていませんか?かかとから着地していますか?すり足になっていませんか?前かがみになっていませんか?手が上にあがっていませんか?急に走り出したりしていませんか?急に立ち止まってどこを見ているかわからない目になっていませんか?手たたきをしていませんか?ピョンピョンとんでいませんか?壁や電信柱をさわって歩いていませんか?急に「ドン!」と座り込んだりしませんか?自閉傾向はないと思えるお子さんでも上に当てはまるところはありませんか?特にダウン症のお子さんの場合、自閉症児の内股とは逆に外股になって脚を開き気味にし、左右に体重移動しながら小股で歩くような格好になっていませんか?「歩いてたまるか」というふうに脱力してすわりこみませんか?こういう歩き方が実は「困った行動」の原因になっているのです。
  「重心を体の真ん中に保ち、しっかり前に脚を出し、かかとから着地して指の付け根で地面を蹴って力強く前に進む」形で歩行が出来れば、多くの問題行動が解消します。悪い歩き方を放置すると、身体の分化が進まないので手も器用になりません。動きが不自然ですから身体に負担がかかり、身体を動かすこと自体をきらうようになり、肥満になったり性格的にも頑張りのきかないわがままなタイプの人になってしまいがちです。最も基本的な動きが不自然なのですから技術を必要とするスポーツなどの動きを身につけるのは非常に困難になります。
 また、自閉症児の場合の奇妙な歩き方は意識レベルの低下による原始運動、反射によって起こるものですから歩行トレーニングによって意識レベルを高く保ち、反射を抑制することで日常生活に中でも人の指示がよくわかるようになり、無意味な行動や多動が軽減します。そのためにくれよんでは毎回、歩行に力をいれているのです。

 

●ポイント

・手つなぎをして、お母さんのペースで歩かせてください。就学前の子の場合はお母さんが普通に歩く速さ、1年生以上になればお母さん自身が「早歩き」の速さでどんどん前進してください。

・座り込みやすい子の場合は子供の左手を自分の左手で握り、右手は子供の腰あたりの当てていつでも押せるように、あるいは座り込みそうになるのを引っ張りあげる為に備えてください。

・手は下に降ろさせましょう。特につないでいない方の手を出来るだけ下に降ろさせ不必要な動きを止めるように心がけましょう。

・歩行が非常に難しい場合(手を離そうとする力が強すぎる、すぐに座り込むなど)静止トレーニングと同様に10秒の持続からはじめて少しずつのばしていきましょう。


その8
 今回は歩行についていろいろ具体的にお話したいと思います。

@身体にマヒや変形があって歩行困難な場合
 困難だからといって歩かないでいると不自然な形が固定してしまい余計に歩けなくなります。徐々に距離を伸ばすうちに歩ける身体になり気持ちも前向きになっていきます。

A肥満の場合
 脚を開いて左、右、左、右と横への体重移動をしながら小さな歩幅で歩く人がよくいます。(ダウン症の人に多い)こういう人は身体の真ん中に重心を保てないのでふだんでも左→右→左→右と体重移動しながらゆれておりピシッと静止できません。ですからすぐ動き出すことができず結果的に「かたまっている」「拒否している」と思われてしまうことが多いのです。最初はそうだったものが、かかわりを求める意味でその姿勢をとるようにもなり、「がんこ」のレッテルをはられたりします。こういう人はとにかく歩行トレーニングを積んで「脚を前に大きく出す」ことで重心も真ん中に保てるようになり、動けるようになってきます。「しんどくても頑張ってほめられる」ことも大切です。

B自閉の場合
 すり足は重心を身体の真ん中に保てず前へ飛び出てしまう(つま先から着地)のが自己刺激に進んでしまったものです。つま先歩き、ピョンピョン飛びは足の反射、手たたき,手ふり、上体のロッキングは自然発生的身震い運動、立ち止まりは意識のとぎれ、「ドン!」と座るのは身震い運動による緊張が下半身にも及んだもの、というように無意識のさまざまな動きがスムーズな歩行をさまたげています。急な走り、スキップも足の反射が強く出たものです。早いペースでしっかり手つなぎ歩行することで反射を出させずに歩き続けるとこういった行動が確実に減り、日常生活も落ち着いてきます。

 以上のように歩行トレーニングはあらゆる障害に非常に有効な基礎トレーニングです。お母さんと毎日、(10秒の持続からはじめて)10分でも落ち着いて手つなぎ歩行出来れば大きくかわってきます。ある程度歩けるようになると、山登りがとても効果的です。上り坂や悪路は意識レベルを上げ、頑張る心を育て、しっかり足元を見る力をつけることが出来ます。体力にあった(ややきついくらいが適当です)アップダウンのある道の歩行を心がけましょう。くれよんでは集団で歩きますがこれは「集団で動いていることを意識する」「集団のペースに合わせ、自分の位置(順番)を守る」などのプラス面があるのです。

 

●ポイント

・お母さんと1対1の歩行の場合は悪いやり取りを避けなければなりません。子供が座り込もうとした時2回ほどは腰のあたりを引っ張り上げて強引に歩かせてください。それでも続けて強い力で座り込もうとするときは早めに手を離してあげてください。早めにと言うところが大切です、そうするとマイペースながらも歩き続けてくれます。そしてチャンスを見てまたこちらのペースで手つなぎ歩行に引き込みましょう。1対1の歩行中に座り込まれてはトレーニングにならずボスの座が遠のいてしまいます。


その9
 くれよんの療育の大きな柱に「学習」があります。くれよんの定例の活動は公園での療育と室内学習を交互に行っています。障害児教育ではあまり学習を重視しないという考え方が一般的です。「楽しく遊ぶ」中で子供たちは学んでいく。学習よりも「生活の中で経験を積む」ことが大切とよく言われます。今回からはそういったことを考えてみましょう。

(6)「日常生活の中で経験を積む」ことは困難である

 「はさみを取ってきなさい」→「ほらほら、一番上の棚にあるでしょう!」→「一番上の棚でしょ、よく見なさい!」→「真ん中のピンクの缶にはさみが立ててあるでしょ!」→「ちがうちがう、ピンクの缶、ピ・ン・ク!」→(そばまで行って)「ほらこれやないの!(指さして)これは何?」→(子供)「はさみ」→「ほら、わかってんのやったらさっさと取りんかいな!」日常生活で経験を積むというのはこういうことを指すらしいのですがこのとき子供は@「棚」というものがわかっておりA「一番上」という位置がわかりB「ピンク」という色を認識してはじめて「はさみ」にたどり着けるのです。さらにその前提として指示が出てから「はさみ」を取るまでの間、意識レベルを維持することが必要です。「日常生活の中で経験を積む」為には実にこれだけの条件を備えた子供でなければ不可能だということです。上の例ですと子供の意識には目の前にある「はさみ」を手に取ったことしか残っていないのです。

(7)「遊びの中で学ぶ」ことはさらに困難である

 「遊ぶ」ためにはどんなことが必要でしょうか?積み木を積んで1人で遊ぶ場合を想定してみましょう。積み木を積むことによって出来上がるものに対する「イメージ」が必要です。(家を作ろう、町を作ろう・・・)崩れないように積むバランス感覚も必要です。ジグソーパズルの場合はどうでしょう?積み木よりもとっつきやすい(自分でイメージしなくてもよいし、崩れる心配がない)ですが、これにしても完成図の中でこのピースがどこに相当するかを見抜く力、はめ込む為に向きを逆にしたりする力、はめ込む時にしっかりと押し込み、上手くはまらない時に微調整する力などが必要です。ミニカーはさらに簡単なはずですが、これを「タイヤで走る車」と認識してしっかり走らせる力が最低限必要です。積み木をただ並べる、パズルのピースをただ触っている、ミニカーを一列に並べる、タイヤを手で回してその回転を見ている、こういったことを「遊び」と称して自由にさせたとして、子供たちは何を学ぶでしょうか?「勝ち負け」がわからない子供がゲームを楽しむことは可能でしょうか?ジャンケンに負けた者がみんなを捕まえる役の鬼になるという約束事を理解すること、「もういいよ」とみんなが言うまで目をとじていなければならないこと、これは、どうやって教えればよいのでしょう。
 「遊ぶ」ことは「考えること」なのです。障害を持った子供たちに「遊べ、遊べ」と強要することは「考えろ、考えろ」と追い込んでいるといっても過言ではありません。

 

●ポイント

・お母さんと向かい合って学習することで、子供は(1)人に合わせること(2)人とやり取りをすること(3)人の言うことを理解しようとすること(4)物事にはルールがあること(5)達成した時の喜び(6)出来なかった時のくやしさ・・・などを最短距離で学べるのです。日常生活の経験から学ぶことや遊びの中で学ぶことの土台は机上学習なのです。


その10
 「同じ」ということが理解出来るかどうか?これが学習のというよりも人間生活の中で最も大切なことなのです。絵カードのリンゴも実物のリンゴも「同じ」リンゴ、この服とあの服は「同じ」色、この木とあの木は「同じ」高さ、山田君と田中君は「同じ」男性で、「同じ」日本人、あの子この子は「同じ」年で「同じ」学校、この道を通ってもあの道を通っても「同じ」場所にいける、カレーライスとライスカレーも「同じ」・・・そして言語もリンゴの絵とリンゴは「同じ」物だと言う約束事でリンゴの絵=リンゴという記号化がなされるのです「AもBも同じことだ」と認識することが知的活動をする上での基本中の基本です。「同じ」がわからないから強烈なこだわりが生まれるのであり、「同じ」がわかってこそ「違う」ことも理解出来るのです。

(8)「同じ」がわかる第一歩は絵カードのマッチング

 まず、お母さんと机をはさんで向かい合って(正座がベストですが難しければ椅子でもかまいません)絵カードのマッチングから始めましょう。リンゴと椅子の絵カードを2組(まったく同じもの)用意してください。子供の方に向けてリンゴと椅子のカードを1枚ずつ置きます。そしてそれぞれのカードの下に同じカードを1枚ずつ置いて見せてください。(リンゴの下にリンゴ、椅子の下に椅子のカードを置きます)そのあと、下においたカードをもう一度お母さんが手に持ち、まず「リンゴ」から子供の目の前に提示してしっかり見せ、子供がよく見たことを確認したうえで渡し、「リンゴ」の下に置かせます。上手く置けたら次に「椅子」を渡します上手く置けたら大成功です。これが上手くいくということは「お母さんの手本動作をよく見、机の上のカードもよく見、提示されたカードもよく見て手本動作通りに(手本動作の意味を理解して)置けたことになります。渡す順番、置くカードの配置を逆にしてもうまくいけば新たに1組のカードを増やします。まず5枚(5組)を目標にしましょう。それがクリアできたら、また「リンゴ」と「椅子」2組にもどして今度は1枚ずつ渡すのではなく2枚とも子供に渡してしまって置かせましょう。こうすると1枚ずつもらうよりもはるかに難しくなります。意識レベルの下がりやすい子はカードを提示されることで覚醒して注視出来ているのが、自分で持ってしまうと途中でとぎれてしまって注視できなくなってしまいやすいからです。自分で持って5枚置けるところまでいけば、後は比較的スムーズに10枚まで増やしていくことが出来ます。10枚までいけば学習に対する態勢はしっかり出来ており、多くのことを吸収できるでしょう。まず最初の2枚(2組)にチャレンジしてみてください。これが出来れば豊かな可能性が開けてくるのであり、あとはお母さんがボスとしてのテクニックを磨けばよいのです。

 

●ポイント

・決して間違わせてはいけません。間違えて置きそうな時はさっと介助して正しい位置に置かせましょう。間違ったのを見て「何してんの!よく見なさい!」と叱っても無駄です。見ていないから間違うのであり、渡すときに見ているかどうか確認することが大切です。見ていないときは渡してはいけません。

・身体に不自由な部分がある場合や、身体が未分化の場合は意思と反してとんでもないところに置いてしまったり、両手が同時に出て適当に置いてしまうことがあります。まず「手はヒザ」にし、かならず片手でカードを取らせてください。

 

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