THE WHITE TIGER



   2008年度の英国ブッカー賞受賞作品。インドを視察訪問するという中国の温家宝首相に、「今インドの何を知ろうとしておられるのですか?本当のインドを知るには、インド首相が閣下に申し上げる説明よりも。私の人生に耳を傾けてください」と手紙を書く風に語り出している。アメリカをバックにする、自由主義陣営の一員として目覚しい発展を遂げつつあるインド社会の自由(民主主義)が、体制は違うが同様に経済発展している中国の首相に、「世界で一番自由を愛する国の閣下」と皮肉をこめて、中国の総理に向かって、主人公の貧しい生い立ちから、如何にして現在の財を築き上げたかを、とつとつと語っている。昔からのカースト制度がインド国民の99.9%を占める貧しい社会に未だに染み込んでいて、多くの人々は歴史的に無意識のまま馴らされているので、その鳥かご(掟)から抜け出せないでいる。民主主義とは無縁のそんな不条理な世界から抜け出して、貧しい主人公が財をなすには、運転手として仕えていたお人よしの主人(雇い主)を殺すという罪を犯す以外に方法はなかった。人知れず殺したその主人の所持金を元手に事業を起こし、成功に至った経緯を語っている。断片的な知識として既に知っていたことではあるが、まさに現代インドの抱える問題を赤裸々に描ききっている。贅沢と極貧が混在するインド大都市の表通り、裏通りの描写、日常茶飯事に繰り返される上流階級と政治家、中産階級と警察署との間に賄賂が介在する必然。地方農村のつつましい生活風景など、まるで内部告発もどきにインドの恥部を曝け出していて、ややウンザリであるが、一方で、このような不条理を過去の白人社会は当然として有色人種を支配し続けてきたのであり、その支配から抜け出そうと敢えてアンチ・モラルな殺人という行動に出てしまったこの物語のように、経済発展が続く限りは、いずれ白人が支配する世界は崩壊し、近い将来、黄色、褐色、黒色の人種が世界を征服する時代がくること間違いなしと、作者は大胆に予言している。体制は違えども、中国とインドは、有色人種同士で白人支配から自由を獲得する目的が同じだから、協力しようと呼びかけているのである。バナナ人種(表面黄色だが、中身は白い、所謂白人思想)と言われる我々日本人はどちらに組すれば良いのか?心胆を寒からしめる物語である。 秀作。 推薦度:4.5


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