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  イラク戦争からの帰還兵に自殺者の多いことに着目した著者は、傷病とは別に精神的障害PTSDを患って帰還した兵士たの多いことに気づく。そんな兵士たちの帰国後の実際の生活の詳細な記録である。兵士たちは、戦場で目の当たりにした惨状を、家族ことに妻に、ましてや他人には語りたがらない。自分一人の胸のうちに抑えたまま、日夜罪の意識に苛まされて精神的に落ち込んだ日々を過ごしている。著者はその語られなかった体験を、幾人かの例を挙げて、リアルに描き出すことに成功している。
 読み手は、その体験談にうんざりさせられる。戦争が悲惨なことは承知しているつもりでも、具体的にどういうことかは知り得ない。先の大戦から70年余り、我々日本人の記憶もすっかり風化しているから、こうした書で戦争の惨状を知っておくことは決して無駄ではない。戦争開始を決めるのは政治家である。我が国の政治家たちも、戦う準備をしなくてはならぬと最近鼻息が荒くなっていて閉口する。何を守るために戦いに挑むのか?米国は何を守るために、このイラク戦争を仕掛けたのか?当時日本でもその是非が問われたが、是として米国に与した経緯がある。しかし実際に戦うのは兵士になるまでは普通の市民であった人たちである。何を目的に敵・味方に分かれて殺戮戦を展開しなければならないのか?戦場に出た時、何もしなければ、自分は敵に殺されるという恐怖に襲われて、見境なく過剰防衛本能が働き、罪のない敵国の一般市民(老人、女、子供)を殺害したのである。また、なんの援助もしないうちに同僚の兵士が目の前で惨めに戦死していくのを見たのである。戦場に行く前は善良な市民であったものが、何を目的に、何を守るために、このよう過酷な目に遭わねばならないのか?自分が頑張らないと、あとに残された家族が、国民一人ひとりが、このような惨めな目に遭うのだろうか?明確な目的意識もなく、ただ自己の防衛本能のためにのみ人殺しを犯したという罪の意識に陥り、その自己嫌悪から精神的疾患を患うことになる。妻は、命を失うことなく帰国した夫の姿に喜ぶも一瞬で、生活力も失せて、逆に家族を守るどころかその家族を傷つけ兼ねないほどの精神障害を抱えた夫と荒んだ生活を強いられることになる。軍でもこの問題の重大さに気がついて、様々な治療プログラを提供するけれども、目覚ましい治療成果を挙げるには至らないままである。
 もうひとつ、語られていないが、精神障害を患った兵士たちが、どうのような理由で戦場に応召されたかという背景が疑問として残る。現在の米国は徴兵制度ではなく、志願制のはずであるが、彼らはどのような動機で志願したのか?志願に際しては、戦争の目的はどのように説明されたのか?応募すれば、どのような特権が得られるのか?彼らが納得できる説明、条件であったのか、やむを得ぬ事情があったのか、そのあたりの背景がもう少し明確であれば、これからの軍隊の在り方の指針になるのではと思われて、残念である。
 
推薦度3.0



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