The Shadow of the Wind



  スペインで圧倒的なベストセラーになり、すでに20か国以上の出版社が日本も含めて版権を取得しているらしい。1945年のバルセロナ。霧深い夏の朝、11歳になるダニエル少年は、古書店を営む父親に、人々から忘れ去られた本ばかりを集めた「忘れられた本の墓場」と言う名の図書館連れて行かれた。そこはバルセロナの稀覯(きこう)本売買人組合が管理する図書館だった。そこで父親から気に入った本を1冊選ぶようにと言われて、手に取ったのが、ジュリアン・カラックス著『風の影』と云う小説であった。ダニエルはこの物語に魅せられ、その著者にも興味を持って、調べるうちに、スペイン動乱後の裏切りや殺戮が繰り返される暗黒時代の中で、カラックスが少年期から青年に成長していく過程で、家族や友人を巻き込んだ壮大で悲劇的な恋愛に関わったことを知る。一方で、第2次大戦後、ダニエル少年も青年に成長していく過程で、運命的な恋愛を経験するのだが、過去にカラックスに関わった人々が今は大人となって、ダニエル少年の運命にも複雑に絡んできて、カラッカスの悲劇的運命の解明と、最後はエピローグを含めると1966年まで、ダニエル少年の愛の物語が、ハッピー・エンドに到達する大叙事詩とも言える物語を構成している。カッラカスが恋した学友の妹ペネロープは、カラッカスの母が父に求婚されて承知しない前に、ペネロープの父に身ごもらされた実の妹であった。カラッカスとペネロープの知らぬことであったが、ペネロープの父はその道ならぬ恋を知り、両者を実の子として密かに愛しているが故に、激怒し、二人の仲を無理矢理裂くことになる。一方ダニエル少年も得体のしれない年長の友人フェルミんから男女の機微の手ほどきを受けながら、親友の妹ベアトリズと恋仲となるが、こちらも親の許しが得られないまま苦境に落ちいるのである。親が子に注ぐ憎愛の感情、少年期の友情が歪められた形で互いが望まない人格を形成していく過程など、登場人物の細やかな描写とハラハラどきどきする物語の展開は秀逸である。原作スペイン語から英語への翻訳版ではあるが、原作の優れた文学的描写は決して損なわないていない名訳だと思う。推薦度―4.5


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