THE ROAD
ファンタジックな物語である。しかし、将来あり得るかもしれないと思わせる恐怖小説もである。核爆発が原因と想定される情景が詳細に描写されている。街々の建物はことごとく焼き尽くされ、木々は葉を一枚も残さず黒く炭化した幹を残すのみ、通りに人影は無く、焼き爛れて頭蓋骨を剥き出した死体が溝に転がっている。空には死の灰と思われる塵芥が風に舞って陽の光も遮えぎられて薄暗く不気味である。風に舞い上がる灰とは別に雪や氷雨が絶えず降リ注ぎ、夜は火がないと凍え死ぬほどに冷たくなる。そんな世界にどうして生存しているのか、彼とその息子ふたりだけがただひたすら苦難の旅を続ける物語である。この二人だけの登場人物に名前は無い。読者の私とその息子の物語なのかもしれない。このような絶望的な世界にあっても彼は最愛の息子を励まして、飢えと戦いながらひたすら旅を続けるのである。読者の私が彼だとしたら同じに振舞うだろうと、思わず話に引き込まれていく。手押し車を押しながら灰色の山野、河水の絶えた峡谷を幾つも横切り、とぼとぼと歩き続けるのである。持ち物は雨露を凌ぐビニールのターフ、寒さを凌ぐぼろ毛布と僅かな水のみ。そして、途中偶然に廃屋と化した空き家で見つけた食物。それだけが飢えを凌いでくれる。明日という日の希望は無い。それでも毎日南に向かって、海岸を目指して何日も野宿をしながら大陸を横断していくのである。飢えと疲労で絶望した息子はもう歩くのが辛くて、母を恋偲び死にたいと言う。そんな息子を彼はどんなことがあっても生き続けなくてはならないと、いたわり励ますのである。彼にも確信は無いが海岸まで行けばきっと希望があると願いつつ歩き続けるのである。途中で盗賊に襲われ時に身を守るためのピストルは携行していた。たまに怪しい人影や、彼ら同様に当ても無く彷徨う人たちを見かけることはあっても、幸いにもそれを使うことは無かった。そんな苦労の末にたどり着いた海岸も、座礁した難破船が散在する薄気味悪い灰色の波浪が押し寄せる冷たい暗黒の世界であった。疲れ果てた彼は持病の喘息が悪化して、海浜のくぼみに身を横たえたまま、息子が見守る傍らで死ぬ運命となる。それまでは死にたいと言っていた弱気の息子が彼の死に際に、父に向かって貴方のことは忘れない。貴方がいなくても毎日心の中の貴方に語りかけると、次の世代にも語り継いでいくと誓うのである。そんな息子の前にその日から養父母になってくれるであろうと思われる男と婦人が現れて、一緒に旅を続けようと優しく声を掛けてくれるのであった。こうして息子は毎日父のことを語リ継げる人にめぐり合えたのである。今の世に欠けていると言われる父子愛を、私はキリスト教のことは知らないが、作者は黙示録的に表現したのだろうか。
父子愛をテーマにした稀有さのため? それともキリスト教徒の好む黙示録的表現に対して? あるいは類稀なるアドベンチャー小説? のためだろうか、現在全米の人気を独占している小説である。2007年のフィクション部門でピューリッツア賞、全米で有名なテレビ・トークショーで ”Oprah Winfrey's Book Club ”に推薦され、またニューヨークタイムス紙の書評欄では'07年7月現在14週連続ベストセラーとして紹介されている。―
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