The Remains of the Day

主人公(私)スティーブンスが過去を回顧する物語である。高邁な人格者と崇める主人のダーリントン卿に執事として忠実に使えていた若い頃の回顧談の形式になっている。執事という職業に並々ならぬプロ意識をもって取り組んできた様子を、淡々と一人称で語たっているが、執事という役割を我が身の回りに見聞した経験がないために、実像のイメージが沸いてこないので、退屈極まりない物語と言わざるを得なかった。途中で何度も投げ出そうと思ったほどである。ただ、主人のダーリントン卿が第2次大戦の前夜時に英仏独米の要人達を密かに彼の屋敷に招いて、非公式の国際会議を開き、第1次大戦後のベルサイユ条約の過酷さの所為で、ドイツが困窮していった経緯を鑑み、なんとか英仏に対独融和を働きかける場面が、いかにも現実に有り得たような話で、この辺りから漸く物語に引きつけられていった。卿は戦争を回避することに熱心なあまりに、いつしか世間からナチス・シンパとの烙印を押されて非難を浴びることになるのであるが、それは大戦後に判明する結果論であって、当時は卿がそのような役割を果たしていたとは、卿の言動を傍で見ていたスティーブンスが気が付くはずもなかった。ただ、忠実な従僕として卿の仕事が円滑に進められるように仕えていただけであった。また一方で、卿の屋敷には、当時、多くの使用人がいた。そんな中の一人、ハウスキーパーのミス・ケントンが、密かにスティーブンスに好意を寄せていたかのようであったが、彼自身は毎日の仕事に励むあまりに全く気付いていなかったのである。それが今、旅の途中で20年振りに彼女に再会して、彼女は幸せな結婚人生を歩むことが出来たのだろうか、もし彼女と結婚していれば、自分と彼女の人生はもっと幸せなものだったのではと思えるが、彼女は言う「今よりも幸せであったかも、でも人生は後戻りできないのです。私は、今ある状態が、最も幸せなのだと気づきました。」彼女と別れた旅の最後の日、夕日に映える美しい黄昏の埠頭に佇みながら、かって主人がナチスに傾倒していくことに薄す々す気づきながら、執事というものは横から口を挟むべきでない。それが執事としてあるべき”Dignity”と心得ていたこと、そしてケントン嬢への恋慕に自身気付いていなかったことなど、過去への悔悟に落ち込んでぼんやりしているとき、ふと気づくと同じベンチに座っている老人が「黄昏時が一日で一番美しい瞬間です。貴方も十分に役割を果たしてきた、今をうんと楽しむべきです。」と語りかけてきた言葉に、我に返り「全く、その通りである。」と納得するのであった。前のケントン嬢が再会時の最後に言ったことと併せて、なかなか含蓄のある結末であり、改めてこの物語の美しい描写に気付かされた。珠玉の1編である。推薦度―4.5
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