I AM PILGRIM
精緻な描写で冗舌すぎるために、無駄にページ数を増やしているが、概ね楽しく読める。場所は、ニューヨークに始まりモスクワ、パリ、そして中東はサウジ、クエート、レバノン、シリア、から紛争の地アフガン、更にはトルコとドイツにまでまたがる壮大な物語である。そして日本人までが登場するサービスぶりである。
ニューヨークの簡易ホテルで喉を鋭利な刃物で切られ、硫酸液を満たしたバスタブの中にうつ伏せ状態の女性の全裸死体が発見される。顔も指紋も判然としない。歯も全て抜かれていて歯科治療の記録との照合も出来ない。そんな殺人事件の現場検証に専門家として、主人公<ピルグリム>(名前は明かされない)が立ち会うところから物語は始まる。職業は国家最高機密に関わる優秀な諜報員であったこと、幼少時に父親が蒸発し、母親も目の前で殺されるという暗い過去を持っており、掛け持ちの養父母に育てられたアト、特殊スパイとしての活躍が回想的に綴られていく。
ニューヨークの9・11テロ事件を察知できなかった諜報活動に虚しさを感じて、組織を辞して自由に生きようと決意する。養父が残してくれたパリの豪華なアパートにしばらく身を隠しながら、経験したスパイ活動の手口の解説書を著作した。著者名はもちろん本名ではなく、既に亡くなったことになっている元諜報員ということだったが、ニューヨーク警察署殺人課の有能な刑事によって、身元を特定されてしまって、彼の仕事を非公式に応援することになる。
舞台は中東のサウジアラビア。私生活は腐敗しきている親米派のファハド王家を批判したとして処刑された動物学者の息子が、その王家への憎しみ故に熱烈なイスラム原理主義を掲げるテロリストに成長していく。その名を<サラセン>(本名は不明)と称する。アフガン戦争で勇名を馳せる戦士となり、やがて父の仇を討つために医学者となり、憎きアラブ王家を倒すには超大国であるアメリカを倒さねばならないとの結論にいたり、その方策を探る。シリアの軍事研究施設に忍び込み、天然痘の病原菌を密かに盗出し、これを種にしてワクチンの効かない新種の天然痘ウィルスを開発する。その臨床試験の痕跡を国連軍が発見し、アメリカ政府は大量破壊生物兵器の出現と判断し、秘密裏にその所在の探索に動き出す。
ニューヨークの簡易ホテルの犯人事件の捜査と生物大量破壊兵器の探索に元特殊スパイの主人公<ピルグリム>の大活躍が展開される。アメリカのスパイ衛星が<サラセン>の国際電話通信の僅かな痕跡をトルコの田舎町の公衆電話に見つけたところから、主人公<ピルグリム>の密かなテロ犯人<サラセン>の探査が始まる。
一方でドイツの製薬会社に巧みに潜り込んだ〈サラセン〉のテロ計画は、ついにその準備を終え、実行の日が迫っていた。かすかな手がかりを元に〈ピルグリム〉は、最後の望みをかけて〈サラセン〉を追跡する。まったく姿の見えなかった敵の姿がおぼろに浮かびかけ、衝撃が〈ピルグリム〉を襲う。意を決した〈ピルグリム〉はついに危険極まりない〈サラセン〉の誘き出し作戦に成功する……完結!
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