A STRANGENESS IN MY MIND




  トルコの片田舎からイスタンブールに出稼ぎに出ている父とともに暮らす少年ムヴルトが主人公の物語。ムヴルトは12歳になった時、出稼ぎ中の父に連れられてイスタンブールで中学に通学しながら、昼間はヨーグルト、夜は"ボザ"というトルコの伝統飲料水を行商して暮らしている。近所には一家で出稼ぎに来ている親戚一家がいる。
 その親戚の二人いる従兄弟の兄の結婚式に出席した時、その花嫁の残る二人の妹のうちの下の妹サミハに一目惚れして、その後三年もの間ラブレターを送り続けたうえで、親の許しを得ないまま、親友でもある親戚の従兄弟のうちの弟の助けを借りて、駆け落ちをしてしまう。闇の中を、本人であることを確かめないまま必死の思いで逃げてきたものだから、初めて顔を見たとき想いを寄せていた彼女ではなく、その姉のレイハだったことに仰天するところから話が始まるから、きっと喜劇に違いないとの期待が膨らむが、案に相違して通俗的なロマン小説であった。自分が思いつめた妹娘でなく姉の方と駆け落ちしてしまったのだが、あとの祭りである。開け落ちを仕組み手助けしてくれた従兄弟からも彼女を必ず幸せにするようにと釘を刺さされたものだから、気を取り直して結局は親の許しも得て、祝福された結婚をすることにはなるから、波乱はひとまず落着する
 ここから、彼の40年にわたるあるときは幸せな、ある時は苦多き人生が淡々と展開していくのだが、これがノーベル賞作家の手腕だけあって、その魅力的な表現にグイグイと引き込まれてしまうから驚嘆である。貧しい地方の寒村からイスタンブールに何百万人もの人が出稼ぎに押し寄せてくるが、いつの間にか、郊外の他人の私有地あるいは公有地に無許可のまま小屋同然の"ゲジェコンドゥ"と呼ばれる家屋を建てて住み着き、スラム街を広げていく様が異国の話であっても目の当たりの現実のように目に浮かび、その凄まじいヴァイタリティぶりに驚かされる。
 そして、ムヴルトとレイハふたりもこうしたスラム街で、二人の可愛い娘を得て、行商を続けながらもたくましく幸せな日々を送るのだが、3人目の子を身ごもった時、生活の苦しさと男子を望む気持ちを図りかねて、躊躇しているうちに無理な堕胎を試みたがために、レイハは死亡してしまう。長女は再婚を反対するが、親戚からの強い勧めもあって、かって思いを寄せた美人の三女との結婚を果たして、念願を叶えたように思うが、何か心には違和感が漂うのである。
 この波乱に満ちた人生に重ねて、他方で何百万にも膨れ上がったスラム街が、国主導の都市再開発でみるみると眼を見張るような高層ビルの立ち並ぶ近代都市に変遷していく、この光景の変遷ぶりと国家運営の変遷もあって行商が疎んじられていく人情の変化も併せてムヴルトは、12才の時に初めてイスタンブールに出て来た当時を思い出して、年月の経過以上の違和感を覚えるのである。
 この違和感は何か?イスタンブールも美人のサミハではなく、失くした最愛の前妻レイハあってこその居場所であることに気づくのである。美しい物語である。
 推薦度 4.0



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