Not a Penny more Not a Penny less
正当に百万ドルを稼ぐのは難しい。不法に入手するのはやや簡単である。こうして手に入れた百万ドルを蓄えておくのが一番難しい。この3つを成し遂げることができるのが、ポーランド移民で孤児として育ったハーヴェイ・メトカーフである。株式取引所のメッセンジャー・ボーイとして働くうちに、内部情報を利用した不法なインサイダー取引の手法を身につける。と、物語りは始まる。ドロドロとした闇金融の世界が展開し、どのように暴かれていくのかと期待が膨らむが、さにあらず、これはユーモア・痛快小説である。株取引の手法を知り尽くしたハーヴェイは、長じて高名な(裏では悪質な)投資家になりあがる成功者だった。イギリス政府の北海油田開発政策に便乗して、油田開発のペーパー・カンパニを設立し、油田を掘り当てたが如き噂を流すことで、株価を操作して素人の投資家たちからいとも簡単に100万ドルを騙しとる。
欲にかられて投資した医師、画商、貴族の3人は全財産を失って、泣き寝入りするところだったが、もう一人の投資家で天才的数学者の誘いで、失った100万ドルを協力して取り戻そうと画策する。偽の絵画を逆にハーヴェイを騙して高く売りつける。モンテカルロの高級賭場に潜入して、ハーヴェイに密かに薬物を混ぜたコーヒーを飲ませ、急性腹痛を引き起こし、胆石が原因で直ぐに摘出手術が必要と、命の恩人になりすまして法外な治療費を出させる。アスコット競馬場では、優牝馬を所有するハーヴェイが優勝することを見越して、勝利後に感激したハーヴェイをおだてに乗せて、オックスフォード大学に匿名で高額の寄付金を出させることに成功する。最後に策のない貴族の場合は、偶然にもハーヴェイの一人娘と恋仲となり、結婚することで、策したわけではないがたまたま多額の祝い金をハーヴェイから贈られて、4人は目出度く失った合計100万ドルの回収に成功する。
前半ではハーヴェイが緻密に合法的にしかし悪徳に、株価を操作して、100万ドルを稼ぎだす手法は、ハーヴェイが全く隙を見せない冷酷な影の大悪漢のように思わせるが、後半では、順に4人の痛快な策略に簡単に騙されていく様は、底抜けのお人好しに見えて、全くの別人格者であるのが不自然に思える。ユーモア小説の所以でやむなしとする。
推薦度 3.0