NEWTON AND THE COUTERFEITER




  タイトルの「ニュートンと贋金づくり」からは、迷探偵が登場するパロディものを想像したが、 本書は小説ではない、偉大な17世紀の物理学者にして近代力学の開祖と崇められている 万有引力の発見者、ニュートンの伝記物語である。しかし、ただの伝記物語ではない。驚きの展開である。
 前半は若くして、貧しい農家に生まれたニュートンが理解ある周りの人々の援助から、 ケンブリッジのトリニティ大学に入学し、苦学しながら近代力学の法則を大発見した 経緯が淡々と語られている。変人で、友人も少なく、ひたすら研究と実験に明け暮れ た結果であったことは言うまでもない。一躍ヨーロッパ中に近代科学の開祖・天才児としての 名を轟かせることになる。 しかしその後は、天才科学者としての名声ほどには際立った成果が出ることも無く、 物理学を離れて錬金術の研究に没頭する日が続いたが、こちらでも成果が上がらずに、 屈辱的な失意の日を過ごすことになる。本人も錬金術は実現不可能と結論付けて撤退してしまう。 とはいえ、生涯大学の教授職の身分は保証されているから、生活には困らないのだが、 大学の狭い部屋で、無為に過ごすのが退屈で仕方がない。後の半生は、もっと収入のいい 仕事をしてみたくなり、人を頼ってロンドンに造幣局の監事職を見つけてもらった。
 ここからは、我々の知らない天才物理学者の後半生になるが、まさに小説のようである。 造幣局監事とは元来閑職で、周に2〜3回職場に顔を出せば良いということで、政官界に 経験のない大学教授の再就職先に相応しい職場とのことだったが、当時の英国はジェームス U世を倒したウィリアムV世の治世下で、折から領土拡大政策を進めるフランスとの長期にわたる 戦争中であり、膨大な戦費が必要だった。ところが、英国の通貨(銀貨)は、粗雑なハンドメイド であったから、少しづつ削り取られて額面はフランスと同じでも両目不足のため、フランス銀貨に 交換する目的で国内から銀が大量に流出していた。そのため、戦費調達の税収が予算不足と なり経済は大混乱に陥っていた。財務省は銀貨を精巧に機械で再鋳造することに改めたから、 造幣局は忙しくなる。銀貨鋳造の責任者は長官で、監事の任務は施設の管理のみであった はずだが、別に贋金犯罪の取り締まりも任されていたのである。 ここに登場するのが、贋金作りの名人ウィリアム・チャローナである。警察機構の発達していない 時代の取り締まり活動は非常に難しく、捜査に未経験のニュートンには荷の思い仕事であった。 当初は気が進まなかったが、学者時代同様の緻密かつ粘り強い働きで、犯人を厳しく追い詰めて いく展開は圧巻である。
 また、銀不足を補うために、紙幣や債権さらには債権付き宝くじなど、現在の貨幣制度の原型が 誕生した経緯とか、犯罪者の告発に物的証拠がなくても犯人に不利な自白や第三者の証言が 有罪の有力な手がかりになった等の当時の法体制の時代考証等も興味深く読めた。
 推薦度 ー 4.0



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