THE LONG ROAD HOME



 まだ幼児に過ぎなかった私にも、戦中と戦後暫くの間のひもじい思いをした記憶は、今、70年を経ても消えることはない。更に、成人してから聞かさたり、読んだりした、幾10万を超える日本人敗残兵の極寒の地シベリアでの抑留と過酷な強制労働の話、満州から民間人が引き揚げる際の悲惨な逃避行の話等は、胸に深く焼きついて離れず、戦争がもたらす残忍さを、人として決して容認してはならいと、心深く刻まれている。
 今、改めて本書に巡りあって、一層、その感を深くした。
 我々日本人は、戦後の話として、ヒットラーによるユダヤ人に対する残酷な「ホロコースト」事件を、歴史上の大悲劇として印象付けられているが、戦中・戦後のヨーロッパの悲劇がどれほどのものであったか、ホローコートにも匹敵する残忍な行為がヨーロッパ全土に繰り広げられ、数千万に昇る人たちが、必ずしも戦闘行為で殺戮されたのではなく、戦争がもたらす不条理な残虐・残忍な行為で犠牲になった事実を、この書で知らされるのである。今、折しも、ヨーロッパの人たちがシリアからの難民問題の取り組みに苦慮されている事を見ても、戦争は決してあってはならないのである。
 今の若い世代の人たちは、戦争がもたらす不条理を理解できないのだろうか?戦争を起こさないという、難しい命題と向かい合う政治家のいないことが無念である。敵対行為を抑止すると称して、戦闘手段を合法化する政策を平然と掲げるのは、余りに安易で残念でならない。
 安保法案を掲げる自民・公明の代議士たちは、この書を一度読んでほしい。
 戦争は戦闘行為だけでなく、兵士の生死の問題だけでなく、国家間の戦争遂行の裏で、政治や軍事ではコントロール出来ない不条理な悲劇を一般市民に負わせるのです。「政府や軍は、残忍な行為を命令しない」との言い分は通じません。一旦戦争が始まれば、生死の境に置かれて人は、狂人と化すのです。そこでは法も秩序も保てません。国民の生命と財産を守るなんてことはあり得ないのです。敗戦国だけでなく、戦勝国も多くの生命と財産を失うことになるのです。
 この書を読んで、戦争のもたらす本質を理解できない人は、身勝手な権力亡者です。いざとなれば、同盟国の盟主に亡命を求めて、自分の生命と財産だけは保証されると信じている亡者です。
 さて、この書の緻密な記録の掘り起こしにより、難民問題の扱いの難しさが明らかになりました。今も数10万に及ぶシリア難民がヨーロッパに押し寄せて、国際的な大問題になっていますが、第2次大戦後のヨーロッパでも、千万人を超える難民の取り扱いに戦勝連合国や敗戦ドイツがどれほど苦労したが克明に記されています。
 一口に、難民は人道的に放置できないと言うけれども、人道的とは、我々一人一人が難民一人一人を救出できる覚悟があって言えることで、よほどの奇特な人でなければ個人の力では救出出来ないのです。組織的に取り組まねばならないのです。どの組織が、何処の国が責任を持って取り組むのか?費用の負担は?戦後処理の問題として、一筋縄で解決できない問題に、当時の欧米諸国や国際援護組織が如何に取り組んだかを、生々しく記録したドキュメントです。
 戦争は戦闘員や兵士の生死の問題ではありません。それ以上に一般市民が想像を超える不条理な苦難を強いられるのです。戦争体験のない世代がこのことに思い至らず、戦争を手段とする政策を許してはならないのです。
 
推薦度4.0



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