The Inheritance of Loss



 ブッカー賞はイギリスの文学賞。世界的権威のる文学賞の一つ。その年出版の最優秀長編小説に与えられる。この小説は2006年度の受賞作。インドの若手女流作家の作品である。
 1980年代インド・ネパール国境のヒマラヤを仰ぐ小さな田舎町に暮らす人を通して、人種、民族、部族、カースト制度、内乱等が個々の人生に重苦しくのしかかる様子を悲劇的でなく、淡々と語っている。重苦しくやりきれない人生を背負ってきた老人は、希望を次の世代に託すけれども、若者もまた老人が歩んだのと同じ道を辿り始めていることに、読者は気付かされる。主人公の少女サイは両親の不慮の事故死により、田舎町で祖父と一緒に暮らすことになる。祖父は引退判事としてひっそりと暮らしていた。若き日に一族の希望を担って英国に留学し判事職に就くが、留学中は有色人種としての偏見の元、孤独に過ごした。貧困ゆえに留学前に持参金目当ての不本意な結婚をしていて、帰国後は娘が生まれる前にその妻を実家に追い返し、死に追い込むという暗い過去を持っている。その娘サイの母は、長じて孤児だったサイの父と駆け落ちする。父は優秀でインドの宇宙飛行士となるが、ソ連へ訓練派遣中に交通事故で母と共に亡くなる。サイは祖父の下で家庭教師のギアンに恋するが、ギアンは貧しいグルカ族の出身で内乱を起こすグルカ自由解放戦士と内通し、判事宅から猟銃を盗み出す。サイは彼との恋と彼の裏切り行為に悩みつつも彼を諦めきれない。彼も裏切り行為を後悔するが、彼女の心を取り戻せずにいる。判事の世話をするコック兼下僕には息子がいて、彼もまた貧困から抜け出そうと息子を不法移民としてアメリカに送り出す。その息子のビジュは低賃金で稼いだ僅かな蓄えを携えて内乱のインドに父を心配して一時帰国するが、カルカッタから故郷へ向かう途中、解放戦士に身包み剥がれて全てを失う。一方で判事は大切な愛犬を内乱の最中に略奪されて半狂乱である。インドが抱える歴史的背景を主人公を含めた個人の日常に巧みに織り込んで現代インドの諸問題を表現するだけでなく、人は若い日から絶えず重荷を負い、問題を解決できないまま、次の世代にも美田を残せないと言うことを考えさせる物語。文体は省略が多くその表現や比喩は非常に難解。もちろん語彙も難解。しかし中味は濃密で読み応え十分。推薦度―4.0


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