INFERNO


  『ダ・ヴィンチ・コード』で世界を席巻したダン・ブラウンの新著ということで、大いに期待したが、これは駄作であった。テーマは近年益々膨張し続ける地球人口の所為で、食物や飲料水、エネルギーの供給が十分に受けられず、人類自身の生存を危うくして地球が滅んでしまうという危機的状況を扱ったものである。ダンテが名著『神曲』に著している如く、人間は幾重にも罪を重ねて地獄(本書のタイトル”インフェルノ”の原典)に堕ちていく運命にあるから、生存の危機に直面すると、自らの家族・子供を守り、生かすために、好まずとも略奪や殺戮を繰り返す業の深さを有する生き物と言える。そのような罪を犯さぬためにも、増大する人口を抑制して快適に暮らせる世界を築くべきと主張する超人道主義的科学者集団がいる。しかし、一方で現実の世界ではWHOなる世界的な組織が、率先して病気の新しい検知法や治療法を開発し、医学的にも人道的にも疾病による悲惨な人口減を防ごうとしている。勿論、人口増大には懸念があり、産児制限の啓蒙教育やコンドームを発展途上国に無償配布する等の活動も行っているが、これはカソリックのモラルで産児制限は地獄への道との伝道活動によって妨害されている。従って、近年の地球人口は幾何級数的に増大し続けている。そのようなわけでWHOの活動は人類を守るのではなく、地球を破滅させる活動であると断罪して、上記の超人道主義活動を主導するひとりの天才的医学者が、世界を救うためにと称して、密かに世界中に病疫を流行させて死に至らしめるウイルスを開発し、これをあるところに隠し置き、あるとき時限爆弾のように撒き散らすらしいとの、謎めいた情報がWHOにもたらされる。また、この秘密の中味を世に知られずに隠し守ることを、この主導者から請け負っている警備会社が暗躍する。この警備会社もその秘密の中身は知らないまま、人口減少を目的に人類を死滅させるというウイルスが撒き散らされる日時が近づく中、ご存知主人公のラングドン博士がWHOからの極秘の依頼で、超能力を有する若い女医の助力を得ながら、その所在の謎を解き明かしながら各地を探しまわるというストーリーである。テーマの大きさの割には緊迫感と迫力不足を否めません。登場人物の誰が味方で、誰が裏切り者かのどんでん返しを頻繁に繰り返したり、追跡途上に立寄る、フィレンツェ、ベネチァ、イスターブール各地の歴史的に有名な宮殿、美術館、寺院等の建造物やその著名な芸術絵画、彫像の観光案内書もどきの解説が冗長で、スト―リーの展開と乖離して興味が半減します。ただ、皆殺しと思われたウイルスの正体が、病原菌ではなく、人間の繁殖能力を失わせる遺伝子組み換え型の不妊性ウィルスであると分かったところでは、悲惨な結末にならないように収めた著者の見識に正直ホッとした。ただ、最終的には過剰人口の危機的問題を解決する見通しが語られないまま終了する点に不満を覚えるのは私だけでしょうか?
推薦度 3.0



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