HITLERLAND
もしもヒットラーがいなかったら、「歴史はどうなっていたか?」のもっとも典型的な事例の実証を試みた意欲的著作である。ヒットラーが政権を握り、帝国を支配した時代にドイツに暮らした米国の外交官やジャーナリストたちの中に、明確に問題を提起した人がいなかったことを詳細に検証している。ヒットラーがいなければ、ナチスドイツはあのような強大で恐怖的な軍事独裁国家にはならなかったことは確かである。アメリカ人の当初の印象は変わり者だが、なにか人を説得する(惑わす?)話術と魅力を備えていたとの証言で一杯である。しかし、こんな変人が政権につくとは予想だにしておらず、政権についても長続きしないとたかをくくっていた節がある。もっとも、ドイツ人自身もそのような印象であったようである。良識ある一部の国民は異常を感じていても、日常は昨日と変わりがないように進行していくものである。現実に国家社会主義的政権が始まって、第1次世界大戦に敗北して受けた経済的大打撃や屈辱をどんどん晴らして、国民に自信を回復させた手腕に国民はすっかり魅せられて、知らず知らずに国全体がヒットラー礼賛一色で、遂には軍事大国からヨーロパ全土を支配せんとする野望とユダヤ民族迫害を正当化すする独裁的ファシスト国家に変貌してしまう結果になってしまった。このような日常に身をおく外国人、ましてや、民主主義を標榜し、ヨーロッパのいざこざには巻き込まれたくないとの孤立主義政策をとるアメリカ国民には所詮他所事である。変わりゆく異常な世界に向けての批判がましい見解は少ない。むしろ、その異常さから目をそらして、ヒットラーが戦争を避けるように上手く諸外国と対処するとの楽観的見解が多いのに驚く。
翻って、現代日本が置かれている安倍政権の状況を見ると、ヒットラー政権の出現時代とのあまりの類似に背筋が凍りつく思いである。永らく何も決められなかった過去の政権運営の為体と長期デフレの不況を脱却しつつあるとの幻想を巧みに利用して、国民からの消極的な支持にも拘わらずやりたい放題の豪腕ぶりである。過去の歴史的認識を曲げて、驚くことに軍事化を平然と進めているのである。そんな異常さが明確であっても、我々は平然と日常を無為に過ごしていることに嫌悪感と無力感を抱かざるを得ないのである。他所事ではない、民主主義を標榜する現代にこのような暗黒が忍び寄っていても、我々は何もできないでいるのである。この著作を他山の石とせず啓蒙書として活用できないものか?    推薦度 − 4.5