THE BOYS IN THE BOAT
輝かしい青春の物語である。小説ではない。実際に存在した人たちの物語である。1930年代、大恐慌の傷跡が色濃く残るアメリの非常に貧しかった時代。ジョー・ランツという一人の青年の数奇な生い立ちから語り始められる。彼を巡る9人の若者たちが、ドイツ帝国のヒットラーによる暗黒の大戦が始まる直前、1936年のベルリン五輪大会のボート・エイト競技で金メダルを勝ち取るまでの奮闘ぶりを描写した傑作である。
裕福で幸せな家庭に生まれたジョーの人生は、三歳にして母が病没した時から暗転する。継母に疎んじられ、失業した大好きな父にも見捨てられ、孤児同然に独力で生きることを強いられる。これほどに惨めな人生があろうかと思われるほどの環境でたくましく成長する様には、ただただ驚嘆するほかない。実の父と継母を恨むでなく、周囲の社会からもスピンアウトするでなく、一人で生きることを習得しなければならぬと、健気に独力でワシントン大学に入学するまでに成長していく姿だけでも、大河ドラマの展開を彷彿させてくれる。大学には苦学しながらもボート部に入部し、ここでも子供時代からの苦難を乗り越えて培った根性を発揮して、頭角を顕し、レギュラー・メンバーの一員の地位を獲得する。
ここから、ボート部の仲間たちと活躍するボート部での苦闘物語が展開される。西海岸地区でのカリフォルニア大学との熾烈な対抗戦に始まり、東海岸に遠征して、名門大学との全米対抗戦やオリンピック代表決定戦の様子が次々に紹介されていく。ただ。オールを漕ぐだけの単純な競技であるが、その一戦一戦のレース振りの描写は、まるで現場で実戦を観戦しているように、手に汗を握らさせるほどの臨場感あふれる表現で感動する。
米国人は一般に自立心が強く、個性を尊重して活動するものとの先入観を持っているから、ボート競技では、「個性を捨てて、団結して、9人が一体にならねば強さを発揮できない」との論理から、技術的に漕ぎ方を詳細に述べ、いかにして一体感が結成されていくかの過程は説得力がある。コクッスの指示に従って、8人の漕ぎ手がよくぞここまで、己を捨てて皆のためにという合意が形成できるものだと、米国人の意外な一面に、またまた驚くのである。そして最後は、五輪決勝戦でのクライマックスに引きずり込まれていく。
時代はヒットラー政権の全盛期に重なって、当時のベルリン五輪大会が、その政権のプロパガンダに利用された話は、有名であるが、そのヒットラーの威光を得て、女流映画監督のレニ・リーフェンシュタールが撮影した傑作・記録映画「オリンピア」の収録の様子も、詳細にサイド・ストr−として語られており。こちらの時代考証も興味深く読むことができた。
推薦度4.5