ARTHUR & GEORGE
冤罪という文字が目に入ると、すぐに興味を惹かれる。今回も新聞の書評から、翻訳本では無しに、原作の電子本を見つけて読むことにした。探偵小説「シャーロック・ホームズ」シリーズの作者として有名なアーサー・コナン・ドイルが暴いた冤罪事件がテーマである。歴史事件のノンフィクションと思い込んで読み始めたたが、格調高い歴史小説であり、伝記小説であり、更にホームズばりの探偵小説でもあった。
高名なコナン・ドイルと職業は事務弁護士で無名の一市井人、事件の主人公ジョージ・エダルジの二人の生い立ちから、事件の顛末、ホームズの冤罪を晴らしていくプロセス、平行してアーサーが最初の妻と愛人のあいだで葛藤する悩ましい心情。更には、アーサーが事件の調査や小説では唯物的に問題を解決していく一方で、死生観では心霊術に心酔していて、現世と死後の世界を繋ぐ世界観までが詳細に描写されていて、実に盛りだくさんの小説である。アーサーの日常の生活は彼の作家としての成功のおかげで、裕福で優雅ではあるが、それでも病弱の妻を慈しむが故に、愛人の存在を隠し続けねばならなかった葛藤を乗り越えて再婚に至るスリリングな半生。裕福ではないが牧師の長男として、素直に勤勉に励み、実直な事務弁護士に成長したジョージが、インド人(父)とスコットランド人(母)の混血という人種的差別と容姿(極度の近視)が与える印象からの偏見で、田舎町の警察から家畜殺しの犯人に仕立て上げられていく典型的な冤罪事件のプロセスにうんざりするが、後半ではアーサーがその数々の証拠を捏造されたものとして暴いていく様は、当時でも違法な手段を使うものの、ホームズ・シリーズ同様に痛快である。結果、調査委員会が設置され、再審のうえ、冤罪と認定されるも、無罪ではなく、補償金もなく、ただ弁護士としての地位が回復されただけの中途半端な結末には、歯がゆさを覚えるが、小説ではなく事実であるからしようがない。それというのも、イギリスといえども、警察ー検察ー裁判ー内務省にまたがる官僚組織全体が犯した過ちを、自ら正さず組織防御のため、責任の所在を曖昧にしてしまう隠蔽体質が存在するからである。アーサーはこの官僚体質を国家の正義に対する恥辱として、更に踏み込んでメスを入れようと奮闘するが、彼の高名な知名度、影響力を持ってしても、この壁は突き破れなかった。人間の自己防衛、正当化本能の虚しい性は日本でもよく聞く話であるが、これは世界共通なのだと妙に納得させられたのです。
推薦度―4.0