第2章 海水浴場の沖でキスをヒラメが・・無念の記録


(その1)

日本海側でのこと。
遠浅の海岸は絶好の海水浴場であることは言うまでもなく、絶好のキス釣り場でもあります。
海水浴場には貸しボ−トを置いているところもあり、この話はその貸しボ−トで
沖へキス釣りに出かけた時のこと。
朝は7時に釣りの準備をして貸しボ−ト屋さんへ行ったが、海水浴客目当てなので
まだまだ開店前。
近くの海の家の人に「何時からでしょうか」と聞いてみると、「電話してあげるわ」と
大変ご親切にしていただいた。「お〜ぃ おっちゃん!お客さんやで。
早よこんと帰ってしまうで」と頼もしいTELの内容。しばらくしてから
「押っ取り刀」で駆けつけてきたのは(それも自転車で)60歳を超えていそうな、
ほんとの「おっちゃん」でした。

「朝は8時からやから、飯を喰ってたもんで・・、直ぐ用意するからね!」との挨拶。
食事中とは、大変に申し訳のない事をしてしまった。
キス釣りは大勢の方が楽しく、この時は6人だったものだから

「キス釣りがしたいんだ。午前中一杯でも良いですか、3艘借りたいんだけど?」

「ああ良いとも!1時間¥1000だけど、3艘なら午前中で1艘あたり
¥3,000にまけたげるわ」。と交渉もすんなりと決まり、準備も手伝わせて
頂いて早々に出船しました。

沖合200m程の所に潮目があったので、この辺で良かろうと早速竿を出しました。
ボ−トですから、ちょい投げでゆっくり引いてゆくうちに、まず前アタリがあり
そしてぐぐっと強い引き。向こうあわせですからそのまま引き上げても良し、
わざとゆっくり引き上げて追い食いを待っても良しで、ポツポツ数を増やしていた
時の事です。


(その2)

ぐぐっと強い引きをたぐっていたら急に突然ずっしりと重くなった。

「なんや! 根がかりや。キス釣りで根がかりとは珍しいなぁ」

「ほんま、ついてないなぁ」と、
まだまだこの時は余裕があり「船友」とダベリながら強く引くと、
ゆっくりとですが浮き上がってきます。

「おい!こりゃ根がかりとちゃうで。ゴミを引っかけたみたいや、えらい重たいでぇ」
徐々に浮き上がってくる仕掛に「切れるなよ」と注意しながらリ−ルを巻いていた時、
海底の方からなにやら黒っぽい「物体」が浮き上がってきます。

「ほら、ゴミのお出ましや!今日はゴミ屑拾いやな!」
と言っていたとたん、竿が強烈に引っ張られ竿先が海面に浸かりました。

「おいこのゴミ引きよるで・・・ちゃうわ! ゴミとちゃう!なんやひらひらしとる、
カレイや!・・・・いや違うヒラメや!!」

「おまえさっきアタリがあってキスを引き上げよったやろ!そのキスにヒラメが
かかったんや」

「ほんまや!こりゃ慎重に上げんと・・」
俄然船上がにぎやかになりました(と言っても2人だけですが)。
慎重に、慎重にゆっくりと引き上げ、やっとヒラメが水面から顔を覗かせた時
「船友」が仕掛を掴んで支えてくれました。

「タモ!(タモ網のこと)タモ!」

「タモって言われても、タモなんか何処にあんねん。そんなん無いで」

「ほんま?・・でもこれどうすんねん。何とかボ−トにあげんと・・」
見れば「船友」が掴んだ仕掛の下で40(?)cmはあろうかというヒラメが
水面から顔を覗かせエラをパクパクと。

「どないしょう。・・・」
突然の出来事にさすがの釣り師も頭が真っ白になり茫然自失状態。
ヒラメの口を掴もうにも捕食魚の口は鋭く、そんなことをすればケガをするでしょう。
その時唯一頭に浮かんだのが、スズキを釣ったときに映すあのエラの下を支えている場面。
よしっ!このパクパクしているエラから指を突っ込んで捕まえてやろうと
この判断が間違っていた!!
右手でパクパクしているエラを掴んだ時の事いきなりヒラメが大暴れして
「あっ・・・! あっ・・・! 
あ〜っ!


(その3)

そりゃ いきなりエラを捕まれたらヒラメも驚いたでしょう。
ヒラメ仕掛でしっかり針がかりしていれば強引に抜き上げたでしょうが、
キス仕掛に掛かったキスを丸飲みしていますので、暴れた拍子に一度飲み込んだ
キスが抜けてしまい、折角かかったヒラメは海の底へヒラヒラ〜っと。

「う〜ん!折角。折角・・・・」ショックです。大変ショックです。

「お〜ぃ どないした。何がかかったんや〜!」
こちらのただならぬ様子を見ていたのでしょう、お声が掛かりました。

「ヒラメや〜!でっかいヒラメがキスに掛かりよった」
と「船友」が返します。こっちは立ち直れず恨めしそうに海面をすかして海底を・・
でもいつまでも落ち込んではいられません。こうなりゃカラ元気です。

「今のはデカかったなぁ〜!!逃げた物ぁしゃあない。又釣れるわ!」
と再び餌をつけてちょい投げしたときの事・・・・またもやキスを引き上げて
いる時に今度は、凄い締め込みが「またや!またヒラメや!」

「続けてかいな、なんちゅう奴ゃ!」

「今度は一気にボ−トに引き上げるで、一気にやで」
とポンピングを繰り返しようやく魚影が見え始めた時

「りゃりゃ、今度はえらい細長いなぁ。ダイエットしたヒラメかなぁ」

「あほ言え!マゴチやないか」

「よっし!一気や一気や」
それしかなかったのです。この時はボ−トでキス釣りなんて、初めてに
近かったのでまさかタモのいる事態になろうとは予想だにしていませんでした。

「またか〜ぁ、またヒラメか〜」との声もかかりますがこっちはそんな
余裕などありません。ようやく水面近くまで引き上げた時

「いくで〜!
1、2のサン・・・・


(その4)

『ちゃっぽん』

あっ〜っ!!

あ〜!あ〜!

あ〜あ!(2人)」どうなったか解ります?
またまた、丸飲みしていたキスが抜けてしまい、折角かかったマゴチまでも海の底へ。

「お〜ぃ 何cmや!」

「あかん!また逃げられた。」

「嘘つけボ−トの上に落ちたんと違うんか?」

「あか〜ん!」と最後は半泣きです。
みんな寄ってきます(皆っても全部で3艘ですが)

「何でタモを用意しとかんかったんや!」

「帽子があるやないか何でそれで掬わんねん!」

「Tシャツを脱いで掬う手もあるで」

「ほらっ!これはヒラメ仕掛や。貸したるさかい今度は逃がすなよ!」
みんな親切なのか、バカにしにきたのか、それとも茶化しに来たのか、
なぐさめに来たのか「とにかく今度は頑張るわ!」・・・・・って強がっても
・・・ショックが大きく立ち直れません。ヒラメやマゴチはそんなにバンバン
掛かるものではありません。
折角借りたヒラメ仕掛も働かず寂しそうです。
結局この日はさらにキスを増やしただけで納竿しました。


(その5)

後には「ボ−ト釣りにはタモを忘れずに」と言う教訓が残りました。


今では「タモが無いばっかりにヒラメとマゴチを取り逃がした男」として、


あまり有り難くない伝説になりかかっていますが、この時の教訓

「ボ−ト釣りにはタモを忘れずに」を釣友達は忠実に守っています。


次の年も、その又次の年もこのポイントを訪れていますが、私ではなく


釣友達がこの教訓のおかげでヒラメやマゴチをゲットしています。


私はって! あれ以来全くヒラメやマゴチに縁がありません


「いいもん!いいもん!こっちには、チヌ釣りがあるモン」と


強がっている釣り師になりました。

            −完



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