コラム

社員の化学日記 −第89話 「想像と事実」−

今年(2015)のノーベル賞。

日本人受賞者は二人。自然科学分野での受賞でした。

この分野は日本人の得意分野で,我々にとって一番身近なものは2014年の青色発光ダイオード(青色LED)の開発。これによりすべての色がLEDで作り出すことが可能になり,今や生活の中にも電球や蛍光灯に代わって使われてきています。

今年の日本人受賞二つのうち生理学・医学賞受賞された北里大学特別栄誉教授 大村智さんの[寄生虫やマラリアなどに関する感染症研究]は,その題の通り感染症で亡くなる人々の命を救ったということ,人間だけでなく動物にも恩恵が。 昔飼っていた愛犬がフィラリアで死んだのですが,この研究のおかげで治療できるようになったのもうれしい成果です。

しかし,物理学賞 梶田隆章・東京大学教授の[ニュートリノに質量あり]は良く分からない人が多いようです。

「ニュートリノに重さがあるといってもそれがどないしたん」「なんの役に立つんや,ようわからん」とたびたび耳にします。梶田先生本人も「すぐに役立つものではありませんが人類知の地平線を拡大するような研究です」と独特な表現をされています。

確かに素粒子の基礎研究には生活を激変させるような期待はされていないようですが,僕は大いに期待しています。 この研究により今住んでいる地球,宇宙の成り立ちがおぼろげながらも見えてくるんです。

ニュートリノは物質と作用しないので,人の体やビルの壁はもちろんどんなところも素通りするので[幽霊素粒子]とも呼ばれており,正体をつかむのが非常に難しいものです。 素粒子物理学の基本法則である[標準理論]でニュートリノの重さはない(質量ゼロ)といわれてきましたが,梶田先生はその理論を覆しました。 ニュートリノは【電子型】【ミュー型】【タウ型】の3種類ありそれが飛んでいるときに別のタイプに変化する,振動とよばれる現象を発見されました。 即ち重さ(質量)があると世界に認めさせたのです。 この発見で今までの学説常識は吹き飛ばされ,新たな物理法則を作り上げることになりました。 このことにより宇宙誕生の仕組みから現代の姿になる謎が解ける可能性があります

そうした一連の研究に加え,つい最近「KAGRA」が完成したとの記事が紙面を賑わしていました。 これは重力波をとらえようという観測施設。 重力波とはアインシュタインが考え出したけどまだ誰も見つけていない現象。 重力の正体は「空間,時空のひずみ」,このゆがみが波のように伝わる現象が重力波。 意味が分からない人もこの言葉一度は聞いたことがあるでしょう。SF映画でもたびたび出てきますね。 一般相対性理論完成からちょうど100年経った11月にこの報を目にするのは何か因縁めいたものを感じます。 梶田先生はこのKAGRAプロジェクトの中心人物で「世界一番乗り」を目標に上げているそうです。

第10話「生命と水」でも書きましたが,138億年前ビッグバンにより宇宙が誕生しそのときに発生した重力波を観測することが出来れば宇宙誕生その時の状況が分かること,あわせてビッグバン時に粒子と反粒子が出来たのにどういうわけか粒子だけが残って今我々が住む世界になった 。はたして反粒子の世界はあるのか,反粒子の世界で生活している人々?も「粒子の世界はあるのかな?」と我々と同じように考えているのかどうか。

そういう世界はあるのかないのかが解明されると想像するとわくわくしてきます。

でも60歳を過ぎた自分の年齢を考えると,生きているうちに宇宙の謎が解明されるのかどうか,思うとおりにいかないのが人生だとすると,この謎が分からないままこの世を去ることになるのは仕方ないでしょう。

まあそれはいいとして 心配なのは上記受賞内容は最近の業績ではなく20年前の研究であって,現在は従事する研究者の減少と環境の厳しさにより,今後この分野での受賞は困難との声が出ていること。 自然現象に興味ある者としては寂しい予測です。

参考資料 雑誌 ニュートン 2016年1月号
         朝日新聞,産経新聞,毎日新聞

【今田 美貴男】

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