コラム

社員の化学日記 −第83話 「見方かわれば・・・」−

昨年の秋,引っ越しをした。

子供が小さいうちは可能な限り郊外の緑が多いところでと,大阪府下ではあるが奈良県との県境に近いところに住んでいた。 娘の高校進学を機に,11年間住み慣れた町から通勤通学により便利な大阪市内へ引っ越した。 引っ越した途端,特別区設置の賛否を問う住民投票があり,ニュースでも大々的に報じられたとおり,結果は反対多数で否決。 僅差ではあったが,昔から住んでいる人が多い南西部の地域は反対が多く,逆に新興住宅地も多い北東部は賛成が多かったらしい。 同じ大阪市民でも暮らした時間や立場,見方が違えば,全く反対の意見を持つようになる。

政治の話はこれぐらいにしておいて,高校に進学した娘は5月が1学期の中間試験。 結果はナイショ(個人情報(?)なので)だが,本人としてはそれなりに満足のいく結果ではあったらしい。

しかし,物理だけができが悪かった(これも化学屋の血であろうか)。 普段ならばこちらが話しかけてもろくな返事もしないのに,珍しく試験問題を片手に教えて欲しいといって来た。 お母さん(元理系女子)に質問したのかと聞くと,教えてもらったが,よくわからなかったとのこと。 高1の1学期前半はどの科目も中学教科の復習が中心。 物理の場合,高校物理の導入部分である古典力学の前段階として物体の運動や速度の合成などが中心らしい。

自分も物理は得意な方ではなかったが,この辺の内容ならばとまさに"どんとこい状態"。質問してきた問題はおおよそ以下のようなもの。

「船が毎秒6m(6m/s)の速度で幅720mの川を垂直に渡ろうとしている。川の流速を2m/sとするとき
 1)船は何秒後に対岸に到着するか。
 2)対岸に到着した時,船は川下の方向へ流されている距離は何mか。」

物理の問題

実際の物理現象や化学反応では種々の要因が複雑に影響し合うが,このような試験問題の場合は簡略化するためにそのような要因は排除して考えるのが普通である (化学でいうところの「理想系」で話をすすめる。この「理想系」については本コラム第74話でも触れている。)。 この場合も通常は船が流されたとしても操舵する人間(船長?船頭?)が船着き場目指して舵を微調整するはずである。 しかし,物理の計算問題では内容が複雑になるので通常はこのような人的要因等は一切排除して考える。

で,回答であるが,1)は単純に720mを毎秒6mで進むので120秒, 2)は毎秒2mで120秒間流されることになるので,目標とする対岸の地点よりも240m流される計算になる。

娘はどう考えていたか。船が結果的に斜めに進むことはわかっていたが,速度も斜めに合成しようと考えていた。 つまり船が川に対して垂直に進もうとする速度と川に流される速度とを個別に考えようとしなかったのである。 もし,船が川に対して平行に進む(川を下ったり,遡ったり)場合などは川の流速が直接船の速度に影響する(速度を合成して考える)。 しかし,上記の問題は川の流れに対して垂直に進むので進む方向は影響されても速度には影響はない。

これが数学のベクトルの問題ならばx方向成分とy方向成分を合成して考えることになろう。 しかし物理学という学問,特に物体の運動論では速さや物体にかかる力などは各方向成分ごとに分けて考えるのが普通。

娘も理解できたようで「一瞬で雲が晴れた」と言い残して自分の勉強机に戻っていった。

【道修町博士(ペンネーム)】

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