コラム

社員の化学日記−第1話 「”思い違い”と化学」−

★早いもので,今年も半年近くが経ちました・・・★

今年はまだ半年残っているのに,こんなことをいうと鬼に大笑いされるかもしれないが,日本漢字検定協会は毎年,その年の世相を最も反映した漢字を公募し,発表している。 昨年は,食品業界や政界などで偽装事件が頻発したため,昨年の漢字は「偽」であった。

偽装はあくまでも不当に利益を得るための「うそ」であり,自然法則を追究する化学の世界において「偽」があったとすれば,それはもはや化学ではなく,単なる「作り話」に過ぎない。

★化学における「思い違い」と「失敗」★

しかし,数々の「思い違い」は化学を衰退させるどころか,その発展に大いに貢献してきた。 「思い違い」は「うそ」ではなく,知識,技術などが未熟であるがために発生してしまった「誤解」である。そこから「誤解」や「失敗」の原因が十分に検討され,新たな自然法則が明らかになっていった。

中世ヨーロッパやインド,中国などにおける錬金術も「思い違い」の一例である。「錬金術」とは,最も狭義には化学的手段を用いて貴金属(特に金)を他の金属から精錬しようとする試みのことであるが,広義では金属に限らず様々な物質や,人間の肉体や魂をも対象として,それらをより完全な存在に錬成する試みをも指すらしい。 しかし,当時の錬金術師たちは宗教色の強い,カルトな集団であったわけではなく,古代ギリシアの自然観を実験科学的に応用,研究しようとしたに過ぎなかった。万有引力を発見したアイザック・ニュートンも錬金術師であったことは遺された膨大な文献から明らかになっている。

彼らの研究の結果,当たり前ではあるが金を作り出した者はおらず,「失敗」に終わったが,その努力は蒸留などの実験技術の急速な発展につながっていった。まさに,金を作り出すことができるという「思い違い」が生んだ成果である。

巷の書店では「失敗学」なるタイトルがついた書籍をよく見かけることがある。さまざまな要因で発生した「失敗」(ときに大きなものは災害,事故に発展する場合もあるが)の原因,発生,それに対してどう対処したかなどのデータを収集,整理することによって,どうすれば未然に「失敗」を防げるかなどを知ることができると説いている。 これは化学の世界だけではなく,ビジネスや日常生活にも共通することで,まさに「思い違い」が生んだ「失敗」には「金」が埋もれているのである。

★人工降雨の「思い違い」★

「金」といえば,今年は北京オリンピックの開催年。世界各地で行われた聖火リレーは,政治問題も絡んで連日メディアで報道されていた(現在は,5月に発生した中国・四川省を中心とする大地震の被害状況を伝えるニュースが主となっている)。そんな中,北京でマラソンのテスト大会が行われた。 その大会当日,北京の天候は雨であったらしいが,その雨は中国当局が事前に計画して人工的に降らせたものらしいことが,その後のスポーツニュースで報道されていた。 そのニュースを横で見ていた小学3年生の娘が聞いてきた。
  「”じんこうこうう”って何?」
  「自然にではなく,人の力で雨や雪を降らせること」
と教えてやると,今度は妻が聞いてきた。
  「雲がなくても人の力で雨を降らせることができるの?」
確かに誰もが思う疑問であろうが,これも思い違いである。

人工降雨研究は比較的浅く,初めて研究が行われたのは1946年である。その目的は,大気中に漂っている汚染物質を雨で洗い流すためではなく,乾燥地帯の水不足や干ばつなどの対策が主たるものであった。現在用いられている方法は,飛行機,ロケットなどでドライアイスやヨウ化銀の結晶を上空に散布し,これらの結晶の粒を核として雲の中の水滴を大きく成長させて降らせるというものらしい。したがって,ある程度発達した雨雲がある場合に限り有効なのであって,全く雨雲がなく快晴の状態でいくらヨウ化銀を散布しても雨は降ってこない。 雨水となって地上に降ってくるころには,ヨウ化銀の毒性(日本では,毒物劇物取締法によって劇物に指定されている)は問題にならないくらいに希釈,分解されてしまうらしいが,それでも雨が降らなければ単に有害物質を散布しただけになってしまう。


昨年,世間を騒がせた老舗料亭では,製造年月日を偽っていただけではなく,その当時客の食べ残しを盛り付けしなおして別の客に出していたことが今年の春になって明らかになった。 記者会見で女将は「”食べ残し”ではなく,残された”お料理”」と言っていたらしい。これでは,この老舗料亭が結局廃業に追い込まれてしまったのも私たち客側からすれば当然のことかもしれない。 私たちの生活の中で最も重要な「食」に携わる方々には,このような「思い違い」は二度としてほしくないものである。

【三津 和太郎(ペンネーム)】

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