コラム

日本の四季を化学する−第11回 桜の化学−

4月といえば,入学式,入社式と新しいスタートを切る時期です。これらにつきものといえば,桜ですね。まあたらしい服装をしてどことなくぎこちないフレッシュマンの姿には,満開の桜の花びらがなぜかよく似合います。そこで今月は桜についてです。

1)桜と日本人

桜の定番「ソメイヨシノ」 桜の定番「ソメイヨシノ」

桜(学名: Prunus)はバラ科サクラ属に属する植物で,現在日本国内でみられるものはソメイヨシノやシダレザクラなどに代表される園芸,農業利用のために育種(遺伝的に改良すること)されたものがほとんどで,野生種としてヤマザクラ,オオシマザクラ,エドヒガンなど10種ほどが認められています。

果実は「サクランボ」として食されていますが,すべての品種において果実が食用に適しているわけではなく,一般に缶詰やジャムなどの加工食として食されているものはヨーロッパを起源とする品種であるセイヨウミザクラの果実で「酸果桜桃(さんかおうとう)」ともいわれています。生食用としては,「赤いダイヤ」とまでいわれる「佐藤錦」(ヨーロッパ原産のナポレオンと黄玉を交配させた品種)や「紅峰洲」「アメリカンチェリー」「ナポレオン」など約50品種があります。

街路樹などの園芸・観賞用として今の時期に花をつけ,日本では春の代名詞として花見でにぎわう風景も春の風物詩の一つとなっています。しかし,欧米や中国など他国では桜の花をめでながら宴を催すような慣習はどこにもなく,欧米では観賞用ではなく果実の実用性を重視し,同じアジアの国である中国でさえも桜の花よりも同じバラ科の植物である梅や桃の花の美を讃えました。

2)古代日本人と桜

ソメイヨシノの桜並木 ソメイヨシノの桜並木

日本人は1200年前にはすでに桜の美しさを認知していたようで,「万葉集」には50首の歌に桜が歌い上げられています。さらにはその実用性についても認識していました。縄文時代の遺跡である「鳥浜貝塚」からは柄に桜の樹皮が巻きつけられた石斧と弓が出土しており,狩猟の儀式に関係していたのではないかといわれています。

また花見は,現代では花をめでるというよりはお酒を飲む理由とされがちですが,桜の開花は農作業の開始時期を知らせる重要な指標であり,古代の花見はその年の豊凶を占う農耕儀式であって,桜の花に宿った神々とともに豊かな稔りをあらかじめ祝うためのものであったとの説もあります(「サクラ」の「サ」は穀霊を指し,「クラ」は神座を語源とするとの説もあります)。「古事記」には桜の木で亀甲やシカの肩甲骨を焼いて,そのわれ具合から吉凶を占っていたとの記述が残っており,呪術的にも桜は重要な役割を果たしていました。

3)桜の用途

桜は観賞用(花),食用(果実)以外にも以下のような用途があります。

桜の用途
桜湯 桜の花を塩漬けにしたものをお湯に入れると塩分が溶け出し,花びらが開いてくることから,婚礼などの祝い事の席でお茶の代わりに使われます。お茶は「お茶を濁す」ことに通じるとして嫌われているためです。
桜餅 道明寺粉でつくった小豆餡入りの饅頭を桜の葉を塩漬けにしたもので,柔らかくて毛が少ないオオシマザクラの葉が用いられます。
生薬 ヤマザクラの樹皮(外皮と木部の中間の内皮)は「桜皮(おうひ)」といわれ,鎮咳剤などの生薬に用いられていたそうです。
草木染め 桜の木部を使って桜色に染色する。
その他 学校の校章,警察や自衛隊の紋章のデザインに桜の花を象ったもの,各種木製民芸品の樹皮による装飾など。

4)桜の葉の成分

桜餅を食べたり,桜湯を飲んだりするとわずかにバニラに似た芳香臭がします。この芳香臭はクマリンという物質の匂いです。でも塩漬けにする前の桜の葉や木に生えたままの葉からは芳香臭はしません。塩漬けにする前の葉の細胞中ではクマリンはクマリン酸の配糖体(「グリコシド」といい,グルコースなどの糖類と結合した状態にあるものをいいます。)として液胞(細胞液という液体で満たされた膜構造体)内に存在していますので,芳香臭はしません。しかし,塩漬けにしたりして細胞が死ぬと,液胞の外の酵素の加水分解反応によってクマリン酸が糖から切り離され,さらに閉環反応によってクマリンが生成し,芳香臭がするようになります。

クマリン酸とクマリン クマリンの生成

ただし,クマリンには経口摂取した場合には肝臓毒性があることがわかっているので,食品添加物としては認められておらず,人工的に桜の香をつける場合には別の物質が使用されるそうです。ですから桜餅を食べるときに桜の葉も一緒に食べる方もいらっしゃいますが,多量に食べる場合には注意したほうがいいでしょう。しかし,お湯に対してはわずかにしか溶けませんので,桜湯を飲んでもクマリンの毒性の影響は全くありません。

人工合成されたクマリンの工業的な用途としては,フランスのウビガン(Houbigant)社は1882年に人工合成したクマリンを使って香水を調合することに成功し,フジェール・ロワイヤル(Fougere Royale)」と名付けて発売し,人口香料を使った香水のさきがけとなりました。また,クマリンは紫外線を照射すると黄緑色に発光するために,日本や英国では脱税を目的とした不正軽油流通の防止,摘発を目的として灯油やA重油に添加されています。

5)桜染め

草木染めという染物があります。植物の花,葉,樹皮などを用いて繊維を染色する技術で,桜を使って花びらの色のようにピンク〜薄いオレンジ色に染め上げる染物のことを特に桜染めというんだそうです。実はこの桜染めには桜の花は使わずに枝などの木部を使われ,表面の樹皮をはがした木部から煮出した色素液が染色液に用いられます。

シアニジン シアニジン

桜の木に含まれる桃色系の色素はシアニジンというアントシアニン系色素で,花びらよりも黒い樹皮と木部の間にある内皮に多く含まれています。アントシアニン系色素は六角形の芳香環の周囲に多くの水酸基(-OH)を有するため,同じく水酸基を数多く有するセルロースでできている綿などの繊維と親和性が強く,綿繊維の表面に吸着して色あざやかに染めあげてくれます。また染色液のpHを変えたり,媒染剤(染料の繊維との親和性を強くさせるためのもので,一般には鉄,アルミニウム,すずなどの金属イオンの溶液を用います。)を使用すると,繊維の種類を変えたり,色合いを変えたりすることができます。

※参考文献

1)「植物と行事―その由来を推理する」湯浅浩史著,朝日新聞社(1993).

2)「薬物代謝学―医療薬学・毒性学の基礎として」加藤隆一,鎌滝哲也編,東京化学同人(2000).

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