書けない手紙
あの人が、結婚するという話を聞いた。
いつしか、名前を耳にしても、胸がきりきりと痛んだり、息苦しくなったりすることがなくなっていた。
そして今、彼女が誰かの元へ嫁いでいくと知ると、心から祝福したい気分になった。
長らく使っていなかったレターセットを、引出しの奥から引っ張り出す。綺麗な薄紫の封筒が目に眩しかった。
便箋を一枚取り出して、いざ机に向かったが、
言葉が、出てこなかった。
何を書いても陳腐になりそうだし、何を書いても迷惑がられそうだった。
あの人の人生に、もう僕は関わってはいけないのだ。
あの人の航路に割り込むことは許されないのだ。
そのことを、今更ながらに思い知った。
『お幸せに』と書いて、破り捨てる。
『おめでとう』と書いて、破り捨てる。
『さようなら』と書いて、破り捨てる。
そして、気がつくと、
目の前には、残り一枚になった真っ白な便箋があった。
白紙のまま、宛名を書いた封筒に入れて、封をし、切手を貼った。
差出人の欄は、空白のまま。
どうしても書けない手紙を、心の中でしたためる。
灰皿の上で、封筒に火をつける。
燐の匂いと白い煙が、エアコンの風にたなびいて消えた。
――了――
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