処方箋


 ある日、僕が働いている薬局に、ファックスで処方箋が送られてきた。医療機関からの調剤依頼は別段珍しくもないので、どこの病院かな、在庫はあるかな、とぼんやり考えながら書類を確認すると、不思議なことに患者の名前は僕と同姓同名だった。しかも誕生日まで同じ。奇妙な偶然もあるものだなぁ、と半ば感心して内容を見る。聞いたことのない診療所と医師。怪我をしたのか、痛み止めとシップ薬が処方されていた。用意はしていたけれども、患者は薬を取りに来なかった。
 その日の帰り道、アスファルトの段差に足をとられて捻挫してしまった僕は、痛む足首を引きずりながら翌朝も出社し、痛み止めを飲んでシップを貼った。ふと気づくと、例の同姓同名患者の処方薬と同じものを使っていて、なんとなく妙な感じがした。
 昼過ぎ。同じ診療所から同じ患者の処方箋が送られてきた。今度は抗生物質と解熱剤が三日分、それにうがい薬。今度も終業時間まで問題の患者は現れず、夜半から異様な寒気を覚えて僕は寝込んでしまった。診断は風邪、三日間安静。
 それからも謎の処方箋は送られ続けてきた。ステロイド軟膏が出た日の夜は、両手首に広範囲の蕁麻疹が発生。抗ヒスタミン剤と点鼻薬の時には、今まで縁のなかったアレルギーを発症して、くしゃみと鼻水に苦しめられた。整腸剤と止瀉薬を見た時には、覚悟していたものの心当たりのない激しい下痢に襲われて頬がこけてしまった。何度も診療所に連絡を取ろうとしたが、電話は使われておらず、住所もデタラメ。患者の保険者番号も記載されていなければ照会のしようもなかった。
 いよいよ薄気味悪くなってきた頃に精神安定剤の処方箋が送られてきて、バカにされてるのかとも思ったが、その日から寝付けなくなって結局使う羽目になった。胃がきりきりと痛むような気がしていると潰瘍治療薬が。もちろん胃カメラも飲んで精査した結果、やはり同じ薬が必要と判断された。
 このままどんどん薬が増えていって、抗癌剤とか難治性疾患の薬とかが処方されてきたらどうしよう、と本気で怯えていたある日、患者の名前だけが書かれていて、本来処方内容が記載されているはずの部分が白紙の処方箋がファックスされてきた。もう薬は必要ないということか、と安堵のため息を漏らすと、不思議なことに今まで全身を覆っていた倦怠感が一気に吹き飛んでいった。鏡を見なくてもわかるくらい、顔色がよくなっているのを感じる。
 あまりの気分のよさに、いい歳して口笛吹いてスキップしながら家路に着いた。自宅の玄関が見えた時、左手の細い路地から猛スピードで迫り来るバイク音と、闇に閃くヘッドライトの残光を最後に、僕の記憶は途絶えた。



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