光の裏にあるもの
暑い。
真上から照りつける金色の光は、もはや殺人的でさえある。事実、全国で数人が熱射病による死を迎えているとも聞く。汗は、いくら拭っても次から次へと額や頬を濡らし、顎から滴り落ちる。焼け付くようなアスファルトに落ちたそれは、まさにあっという間に掻き消え、わずかな痕跡すら残さない。
記録的な猛暑が続くこの夏、外回りですっかり真っ黒になった腕を見つめた。半袖のせいで、肘あたりから先のみというかなり不恰好な焼け方だ。どこかで休みでも取って、海で全身まんべんなくこんがりさせたいが、なかなかそういうわけにもいかないのが辛いところだ。恋人に会う時間さえままならないというのに。
「……はあ」
どっと疲れが押し寄せてきた。いつも通る抜け道――ビルの谷間で、日陰の部分が多いことから愛用している――に足を踏み入れた。が、間の悪いことに、ちょうど太陽が真上に来ていて、こんな細い通路にも容赦なくその陽光を降り注がせていた。そろそろ昼飯も食わないと……と、ぼんやり考えながら半身の体をするすると前へ進めていると、
「うおっ?!」
突然、歩みを妨げられた。何かに、足を掴まれたような感覚が、
『よお』
……ふと見ると、確かに足を鷲掴みにされている。
なんだ?
なんなんだ一体?
『なんだとはご挨拶だな。ずっと一緒にいた仲だってのに』
地面からぬっと手を伸ばした「そいつ」は、見る間に私と同じ目線のところまで伸び上がってきた。髪型、服装、身長、体格から仕草まで、私と瓜二つだ。ただ一つ、全身真っ黒であることを除いて。
「お、お、お前は……」
『影だよ。足元にずうっと付きまとっている、あれ』
同じ声。口が動いているのだろうが、顎の動きすら把握できないほどの黒さ。
『俺達の存在って、儚いよなぁ。「主人」が陰に入っちまえば、もうそこにいられないんだぜ? で、日向や照明の元に現れた時だけ、また新たな影が生まれる。そうして、何回も何十回も何百回も何千回も新しい影が出来ていくなら、気まぐれにひょいと意志を持った影が誕生しても不思議じゃないと思わねえか?』
二次元の存在だった「そいつ」は、いつの間にか輪郭を形作り、私と全く同じ体型を持つまでになった。
『そして、いずれ消えゆく存在である自分と「主人」を、入れ替えてしまいたいと思うことも、不自然じゃないと?』
闇一色だった色も、徐々に薄れ始めた。目鼻立ちがくっきりと見え、髪の一本一本が判別できるようになり、カッターシャツのボタンやネクタイピンまでが鮮明に。
そう、そこには、私がいた。もう一人の私が。
怯える瞳を見据えながら「そいつ」がじりじりと迫ってくる。私は知らず後じさりしていた。ビルの壁にへばりついている蝉の声が、やけに遠くに聞こえた。
振り返り、陽炎立つ表道へと駆け出そうとしたその腕を、黒い掌が捉えた。と、そこから何かがじわじわと這い登ってくる。恐怖に押し潰されそうになりながら、首だけを後ろに向けた。
さっきまで「そいつ」を覆っていた闇が、私を侵食していく。
「久しぶりね」
「ああ、この間会ったのはいつだったっけ?」
「もう! せっかく少ない時間を割いてデートしてるのに、前のことあっさり忘れないでよね」
「あはは、ごめんごめん」
「……さっ、これからどうする?」
「どっか当てはあるの?」
「ないから聞いてるんじゃない」
「じゃあ、俺の部屋で飲み直そうか?」
「いいわよ。でも変なことしないでよね」
「変なことって〜?」
馴れ馴れしく彼女の肩に手を伸ばそうとする「そいつ」。
街灯に長く伸びた私の手が、救いを求めるように二次元の虚空を彷徨っているのに、彼女は気づいてくれないだろうか。
――了――
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